第112話 Yerushaláyim
2021年のイスラエルによるガザ侵攻は、日本でも盛んに報じられている。
一応、俺もユダヤ系の為、それが気にならない訳が無い。
開戦から10日で停戦が決まったが、年が明けた今年も、小競り合いが継続している。
世界が、
・新型ウィルス
・東京五輪
・中国の人権問題
に注目している中でのこれは、注目度が分散される為、侵攻は、イスラエルにとって都合が良い状況であっただろう。
御手製のロケットランチャーを撃ち込むハマスと、空爆で対抗するイスラエル。
ハマスは、無差別且つ予告無しに攻撃を行うが、イスラエルは、アイアンドームでそれを最大限防いだ上で、事前に攻撃目標を告知した上で、攻撃している。
近代兵器のイスラエルは、地上部隊で送り込み、一気に無力化する事も出来るが、流石にそれを行う程、感情的ではない。
———
『―――イスラエルは、
「ガザにイランが浸透している」
と非難し、イランも、
「イスラエルは、侵略者だ。恥を知れ」
と国連で舌戦を繰り広げています。
アメリカは、イスラエルに対する経済制裁案に対し、拒否権を発動させ、大統領は、
「制裁より話し合いを」
と訴えています。
イスラエルともパレスチナとも友好的な日本は、難しい舵取りが迫られています。
現時点で、首相は、
「事態を注視する」
と留まり、それ以上の動きを見せていません。
野党は、
「風見鶏」
と非難し、内閣不信任案を検討しています』
———
ニュースを観ていたシャロンが、振り向く。
「パパは、どう思う?」
「相互の憎悪は、他民族が想像出来ない程、根深いよ。話し合いで解決出来たら、もうしてるよ。それが出来たら文句無しのノーベル平和賞だ」
「……だよね」
イスラエルの建国から半世紀以上経つが、難民の帰還は果たしていないし、イスラエルの強硬姿勢も、中道左派政権時代を除いて変わらない。
四方八方を敵国に包囲された立地である以上、弱腰ならば一気に叩かれるのは、目に見えている。
生き延びる為には、核兵器を保有し、軍事大国を突き進む他無い。
俺が、イスラエル人ならば、それを支持しているだろう。
誰だって死にたくはないからな。
「……」
シーラが、パンフレットを持って来た。
今月から、俺が教鞭を執る学校のだ。
「凄いよね。インターンがここって」
「そうさな」
シーラを膝に置き、パンフレットを見る。
―――中野学校。
名前からして地味だが、その実は、軍学校だ。
日本の軍学校は自衛隊の学校や防衛大学が既にあるが、この学校は幼稚舎から大学院まで備えた国立校である。
学費、衣食住も無料。
その上、在籍すれば国家公務員扱いなので、給料も出る。
財源は、伊藤が行った議員数削減から出た予算からだ。
「居眠りしたり、仕事をしている振りだけの議員に払う位なら、未来ある子供に使うべき」
という、伊藤の理想を具現化したものだ。
その為、左派からは、「右翼養成校」と呼ばれているが、国民の多くは、この政策を支持している為、問題無い。
「教員免許、持っていないんだけど?」
「特別講師だってよ」
シャロンも覗き込む。
「前世でもしたのに?」
「その経験が買われたんじゃない?」
前世の傭兵時代、俺は度々、各国の基地から呼ばれ、臨時教官を務めていた事がある。
現代では科学の御蔭で、無人戦闘等、人に頼らず、機械で戦う様になってきた。
実際に見た事は無いが、米軍の戦闘機のパイロットは、もう戦地にはいかず、基地で戦闘機を操作し、ゲーム感覚で標的を攻撃しているんだと。
この様になったのは、兵士が殺人を犯す心理的負担を軽減する為らしい。
なので、ゲーム感覚で任務を完遂し、帰宅する、という生活様式が成り立っている、とロビンソンから聞いた。
まぁ、分からぬはない。
ベトナム戦争の帰還兵の心の傷が映画がある様に、兵士であっても場合によってはああなる。
逆に慣れ、それを狂気として描いた映画もある。
機銃掃射で非戦闘員を虐殺する場面は、流石に見るに堪えない。
また、現実ではある者が、あの戦争で歪んでいた心を更に歪め、帰国後、無差別連続殺人鬼になった程だ。
この様な例がある以上、軍部が機械に頼るのは、分からなくはない。
然し、最後はやはり、白兵戦が物を言う可能性もある。
アインシュタインだったか、「第三次世界大戦が起きるのは分からないが、第四次世界大戦は、石と棍棒による戦いだ」と述べた様に、白兵戦が勝利の鍵になるのは、想像に難くない。
「勇者様、行く気ですか?」
「そうなるな。インターンとはいえ、高額報酬だしな。家族を養う為に前向きに検討した方が良いだろう」
「では、『出向』という形で防衛省とも相談しますわ」
オリビアも賛成の様だ。
日本とトランシルバニア王国は、同盟国。
トランシルバニア王国の軍人が、防衛大学に留学する事もあれば、その逆も有り得る。
だが、不安要素が一つあった。
「給料ってどうなるの?」
司が、桃色のナース服で抱き着いてきた。
正月から積極的だぜ。
「公務員が二重取りは、問題でしょ?」
日本では、確かに違法だ。
最近では自衛隊の高官が、風俗店を経営していたり、婦警が風俗店で勤務していた不祥事が報道されている。
「我が国でも違法ですわ」
オリビアも膝に座る。
シーラ+オリビアの体重が、どっしりと感じる。
凄い思いが、口に出すとライカの槍で貫かれる可能性がある為、我慢するしかない。
司もあすなろ抱きで対抗。
俺の耳朶を甘噛みしつつ、正妻をアピールしている。
「じゃあ、たっ君のお給料はどうなるの?」
「二重払いですわ」
「それって―――」
「最後までお聞き下さい。勇者様は、国家公務員ですが、実際の所は、私の私兵です。従って、給料は、私が支払っています」
「? そうなの?」
「そうだよ」
尋ねられ、そう答える。
以前、何回も説明したんだけどな。
忘れているのは、それ程その辺の事は興味無いのかもしれない。
「けれども最近は、陛下が、給与体系を見直し、正式に国家公務員になりました。ですので、現時点で勇者様は、二重取りです」
「あー、そうだったな」
「たっ君、健忘症?」
司に言われたくないな。
ただ、前世では還暦越えのおっさんだったんだ。
時々、その様な事になっても可笑しくはないだろう。
「なので、今回、日本政府から支払われると、三重取りになります」
「あーあ」
シャロンが、声を上げた。
俺も言われると、同じ気持ちだ。
ちょっと貰い過ぎではある。
「パパ、今、幾ら貰ってるの?」
「その辺は、シーラが管理しているからな。俺は知らん」
シーラが、ちょいちょいと手招き。
耳を寄せると、相変わらず可愛い声で答えた。
「(月50万)」
「まじ?」
うん、と頷く。
「(殿下、政府、御小遣い。合わせて50万)」
「貯金は?」
「(1千万円位)」
「あ~。そんなに減ったか」
一時期は、もっとあったが、皐月の家の経費に充てる等して、一気に減った。
散財した訳ではないので、悪しからず。
「パパ、何だって?」
「月50万。貯金は、1千万円だって」
「パパ、お金持ち♡」
シャロンから猛烈なキス攻撃を食らう。
高校2年生でこれだから、恐らく、日本一、資産家な高校生なのかもしれない。
「たっ君は、全然お金使わないね? 使っても本だけかな?」
「そうだな」
以前は
外交特権も有している。
合法的に購入する事が出来る。
又、場合によっては経費として認められる事がある為、申請さえすれば、あくまでも俺の場合だけなんだろうが、大概は通るだろう。
衣食住もトランシルバニア王国が払う為、散財しない限り、金は増えていく一方だ。
「パパ、新婚旅行は、グアムに行こうよ」
「いやいや。国内でしょ? 内需拡大だよ」
「それを言うなら、我が国に来て下さいな。今度は、国賓待遇で御持て成ししますから」
シャロンはアメリカを。
司は日本国内を。
オリビアはトランシルバニア王国を推す。
国際結婚した以上、この様な問題は想定の範囲内だが、改めて見ると、どこも捨て難い。
「春休みだな。皆で決めよう」
旅行に行くにしても、大所帯なので、金がかかる。
皐月も幾らか出すかもしれないが、大恩人に金を出させるのは、申し訳ない。
旅行の予算の為に俺は、インターンで稼ぐ事を決めたのであった。
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