第91話 Operation Solomon

・テロリストの孤島占拠

・フランスの軍事介入

・フランス系王族の政変

 に、オリビアは心を痛めた。

「……」

 早退して、大使館で情報収集に努めている。

 然し、王宮ではネットが遮断され、殆ど何もわ分かっていない。

 頼みの綱は、突撃隊のみだが、何も王宮に動きが無い以上、彼等もまた監禁されている可能性がある。

「勇者様、如何思います?」

「確認だが、陛下に既往歴は?」

「ありませんわ」

「じゃあ、『健康上の理由』ってのは、嘘だな」

 ソ連8月政変の際にも、保守派は当時の大統領を「健康上の理由」として、国内外には、辞任を発表した。

 政変あるあるなのだろう。

 北欧唯一の独裁国家である、トランシルバニア王国での政変は世界中で報道されている。

 ———

『浴室でこの動画を撮っています。

 ここしか扉に鍵がかからないので。

 私の部屋の扉には……鍵がありません。

 私は、別荘に居ます。

 私は、捕虜の身で別荘は、刑務所に改造されています。

 全ての窓に格子が付けられていて開けられません。

 家の外には、男性の王宮警察官5人、中には女性の王宮警察官2人が居ます。

 空気を吸う為に外にも出られません。

 いつ解放されるのかも、解放時にどんな状態になっているのかも分かりません。

 自分の身の安全と命を毎日心配していますこの状況を乗り越えられるのか見当もつきません。

「一生、捕虜で再び太陽を拝める日は無いだろう」

 と警察に脅されました。

 全ての事に本当にうんざりしている状況です。混乱状態です。

 この刑務所で一生を過ごしたくはない。

 ただ、自由になりたい。

 彼らが私に何をしようとしているのか分かりません。

 全く分かりません。

 状況は、日に日に絶望的になっています……この状況に本当に本当にうんざりしています』

 ———

 監視の目を掻い潜った王族の証言が、盛んに流されていた。

 同年に起きているミャンマーの政変と比べると、国際社会の注目度は高い。

 その理由はやはり、北海油田であろう。

 トランシルバニア王国が支配しているその利益を、これを契機に得様という支配欲が働いているのだ。

 各国は、内政干渉に乗り出す。

 ロシアは、ロシア系の為に。

 イギリスは、イギリス系の為に。

 アメリカは、アメリカ系の為に。

 イスラエルは、ユダヤ系の為に。

 ドイツは、ドイツ系の為に。

 自国の住民の保護を理由に派兵の準備を始めた。

 政変を裏から操るフランスは、1番乗りだ。

 フランス大使館や領事館に軍人を送って、そこを拠点にフランス系住民保護に乗り出す。

 当然、住民投票は、中止だ。

 王冠を被ったカリオストロは、笑いが止まらない。

「これで洗衣院せんいいんが出来るぞ」

 洗衣院(浣衣院、とも)は、金王朝(1115~1234)における官設の妓院だ(*1)。

 今でいう所の公娼の様な類だろう。

 その最後は、地獄絵図だ。

 靖康の変(1126年)後、宋(960~1279)の、

・皇太后

・皇后

・妃嬪

・皇女(公主。靖康の変当時の呼称は「帝姫」)

・宗女(靖康の変当時の呼称は「宗姫」)

・女官

・宮女

・官吏

・平民

 に至る多数の女性が、遠く金に連行された(*1)。

 一部は現地で洗衣院に入れられて、性的奉仕を強要された(*1)。

 複数の幼い皇女達も洗衣院で育てられ、成長後に金国人の妻妾、或いは洗衣院の娼婦となった(*1)。

 金の捕虜となって北方へ拉致された女性の数は、宋の、

・妃嬪     83名

・王妃     24名

・皇女     22名

・嬪御     98名

・王妾     28名

・宗姫     52名

・御女     78名

・宗室に近い姫 195名

・族姫    1241名

・女官     479名

・宮女     479名

・采女     604名

・宗婦    2091名

・族婦    2007名

・歌女    1314名

・貴戚、官民 3319名

 の合計   1万1635名(*2)

 それぞれが金額を課された上で、洗衣院に入れられた。

 この合計人数は、北海道赤平市の人口に法定人口1万1105人(2020年12月31日時点)に相当する。

 赤平市の全人口が、女性であり、彼女達が丸々、捕虜になるのは、相当な衝撃であろう。

 当時の様子は、記録書に記載されている。

 ―――

『(靖康元年12月初十日の事である)

 宋主が二帥(粘没喝ねめが斡離不おりぶ)に面会し様としたが、拒まれてしまった。

 そこで(金側の使者である)蕭慶へ恭順の意志を伝え、人や物を貢納する事とした。

 宋朝の臣下達は口々に抗議したが、(宋の官僚ながら金側につく事とした)呉幵と莫儔とは二帥へ宋主の意を伝え、そこで親王、宰執、宗室の娘各2人、又、袞冕や車輅及び宝物2千、又、民間の女性や楽団の女性其々500人を捧げ、又、毎年に銀と絹を計200万両・200万疋を献上すれば、黄河以南の地を宋側が保持しても良いとの許しを得たのであった。

 尚、宗室の女性は其、二帥に捧げられた。

 これは『武功記』に見える』(*3)

 ―――

 その後の捕虜の運命は、残酷だ。

 ———

『開封府の港には人の往来、絶え間なく続き、婦女より嬪御まで妓楼を上下し、その数5千を超え、皆盛装を選び出ず。

 選んで収むること処女3千、入城を淘汰し、国相(粘没喝)より取ること数十人、諸将より謀克までは賜ること数人、謀克以下は賜ること1、2人。

 韋后、喬貴妃ら北宋後宮は貶められ、金国軍の妓院に入れられる』(*3)

『(洗衣院では)妃嬪、王妃、帝姫、宗室の婦女は均しく上半身を露にし、羊裘ようきゅうを被せらる』(*4)

 更には、金兵の北帰の途上においても彼女等は陵辱を受け続け、

『掠められた者、日に(毎日)涙を以って顔を洗い、虜酋(金皇帝・皇族・貴族・将帥等)共、皆婦女を抱いて、酒肉を欲しいままにし、管弦を弄し、喜楽極まりなし』(*4)

『10に9人、娼となりて、名節を失い、身もまた亡ぶ』(*4)

『辛うじて妓楼を出ても、即ち鬼籍に上る』     (*4)

 又、著者は、1人の隣家の鍛冶屋から伝え聞いた話として、

『八金を以って娼婦を買う、すると実に親王女孫(皇族の孫娘)、相国姪婦(宰相の甥の嫁)、進士夫人(科挙合格者の妻)なり』    (*4)

 ———

 とある。

 人類史に於ける、

・人身売買

・性的奴隷

・暴行

 の悪しき歴史であろう。

 カリオストロは、これをリトル・セント・ジェームズ島で知り合った中国人富豪から聞いて、王位に就いた暁には、実現させ様としていた。

 狂っている、と思われるだろうが、IS自称「イスラム国」が奴隷制度復活を宣言した様に、この様な人物が居ても可笑しくは無い。

「陛下、アメリカは如何動きますかね?」

「知らん。ただ、金の亡者だ。北海油田がある限り、我々の勝利は揺るがない」

 王宮と本土、更には国軍の基地もフランス系の王族の命令を受けた王宮警察により、支配されている。

 後はフランス軍が、孤島のテロリストを制圧すれば万事解決だ。

「勝利は誓い」


 政変は、日本政府をも動かした。

 トランシルバニア王国には、多くの日本人が居るからだ。

 欧州で最も日本人が多く住む国は、イギリスである。

 その数、約6万人。

 それに次いで、トランシルバニア王国は多い。

 イギリス      :6万2887人(*5)

 トランシルバニア王国:5万人

 ドイツ        :4万5784人(*5)

 フランス       :4万2712人(*5)

 大使館からの情報では、日本人に被害は出ていない。

 然し、いつ実害が起きても可笑しくは無い。

 政変を題材にした映画で描写されている様に、外国人は目立ち易く狙われ易いのだ。

 信介は、緊急閣僚会議を開く。

「自衛隊は、派遣出来るかな?」

 防衛大臣は、頷いた。

「はい」

 ―――

『(在外邦人等の保護措置)

 第84条の3

 防衛大臣は、外務大臣から外国における緊急事態に際して生命又は身体に危害が加えられるおそれがある邦人の警護、救出その他の当該邦人の生命又は身体の保護の為の措置(輸送を含む。以下「保護措置」という)を行う事の依頼があつた場合において、外務大臣と協議し、次の各号の何れにも該当すると認める時は、内閣総理大臣の承認を得て、部隊等に当該保護措置を行わせる事が出来る。

 一

 当該外国の領域の当該保護措置を行う場所において、当該外国の権限ある当局が現に公共の安全と秩序の維持に当たつており、かつ、戦闘行為(国際的な武力紛争の一環として行われる人を殺傷し又は物を破壊する行為をいう。

 第95条の2第1項において同じ)が行われる事が無いと認められる事。

 二

 自衛隊が当該保護措置(武器の使用を含む。)を行う事について、当該外国(国際連合の総会又は安全保障理事会の決議に従つて当該外国において施政を行う機関がある場合にあつては、当該機関)の同意がある事。

 三

 予想される危険に対応して当該保護措置を出来る限り円滑且つ安全に行う為の部隊等と第1号に規定する当該外国の権限ある当局との間の連携及び協力が確保されると見込まれる事。

 2

 内閣総理大臣は、前項の規定による外務大臣と防衛大臣の協議の結果を踏まえて、同項各号の何れにも該当すると認める場合に限り、同項の承認をするものとする。

 3

 防衛大臣は、第1項の規定により保護措置を行わせる場合において、外務大臣から同項の緊急事態に際して生命又は身体に危害が加えられる虞がある外国人として保護する事を依頼された者その他の当該保護措置と併せて保護を行う事が適当と認められる者(第94条の5第1項において「その他の保護対象者」という)の生命又は身体の保護の為の措置を部隊等に行わせる事が出来る。


(在外邦人等の輸送)

 第84条の4

 防衛大臣は、外務大臣から外国における災害、騒乱その他の緊急事態に際して生命又は身体の保護を要する邦人の輸送の依頼があつた場合において、当該輸送において予想される危険及びこれを避ける為の方策について外務大臣と協議し、当該輸送を安全に実施する事が出来ると認める時は、当該邦人の輸送を行う事が出来る。

 この場合において、防衛大臣は、

・外務大臣から当該緊急事態に際して生命若しくは身体の保護を要する外国人として

 同乗させる事を依頼された者

・当該外国との連絡調整その他の当該輸送の実施に伴い必要となる措置を採らせる

 為、当該輸送の職務に従事する自衛官に同行させる必要があると認められる者

・当該邦人若しくは当該外国人の家族その他の関係者で当該邦人若しくは当該外国人

 に早期に面会させ、若しくは同行させる事が適当であると認められる者

 を同乗させる事が出来る。

 2

 前項の輸送は、第100条の5第2項の規定により保有する航空機により行うものとする。

 但し、当該輸送に際して使用する空港施設の状況、当該輸送の対象となる邦人の数その他の事情によりこれによる事が困難であると認められる時は、次に掲げる航空機又は船舶により行う事が出来る。

 一

 輸送の用に主として供する為の航空機(第100条の5第2項の規定により保有するものを除く)。

 二

 前項の輸送に適する船舶

 三

 前号に掲げる船舶に搭載された回転翼航空機で第1号に掲げる航空機以外のもの(当該船舶と陸地との間の輸送に用いる場合におけるものに限る)。

 3

 第1項の輸送は、前項に規定する航空機又は船舶の他、特に必要があると認められる時は、当該輸送に適する車両(当該輸送の為に借り受けて使用するものを含む。第94条の6において同じ)により行う事が出来る』(*6)

 ―――

 懸念事項は、第84条の3の三だ。

 政変で覆された政府が、まず外国勢力の介入を好まない為、例え邦人保護でも自衛隊の派遣は、拒否する筈だ。

 然し、政変の犯人による政府を、世界は正統な政府とは認める事はまずない。

 その為、例え、トランシルバニア王国が拒否しても、自衛隊は派遣出来るだろう。

 問題は、もう一つの懸念事項だ。

「6万人を輸送するのは、困難かと」

「だな」

 日本籍最大の旅客船・飛鳥IIでさえも乗組員数は、500を満たない。

 6万人を一度に輸送するのは、ほぼ不可能だ。

「ドイツ、イギリスに一旦、ピストン輸送で避難させるのが手かと」

「そうだな。一応、北欧にも協力の御願いをしてみよう」

 改憲に動く前に大きな仕事であるが、信介は冷静沈着であった。

 日本版ソロモン作戦が幕を開けた。


[参考文献・出典]

*1:『靖康稗史箋証』

*2:『開封府状』

*3:李天民『南征録匯』

*4:『呻吟語』

*5:2017年 外務省 海外在留邦人数調査統計

*6:自衛隊法

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