第9話 Einsatz

 シャロンがスーパーに居たのは、全くの偶然であった。

 基地に帰る途中で見付けた店に入り、寿司を買おうとしていたのだ。

 警備員が駆け付け、野次馬を追い出す。

「あ、司。大変だったね?」

「お母さん……」

 連絡を聞いて皐月も急いでやって来た。

 偶然とはいえ、事件に巻き込まれかけた娘の精神的ショックは大きい。

 皐月を見付けた瞬間、抱擁し、その胸で泣く。

「……良い子よ。災難だったけど……あら?」

 そこで気付く。

 もう1人の子供が居ないことを。

「煉は?」

「あら? さっきまで一緒に居たんだけど?」

 皐月が来るまでの間、煉はずーっと手を握り、司の背中を擦っていた。

 にもかかわらず、皐月が来た途端、神隠しの様に消えてしまった。

「……はぐれたの?」

「分かんない」

 一難去ってまた一難。

 今度は、煉探しだ。

 溜息を吐き、2人が周囲を見渡す。

 その時、メールが届いた。

 ———

『ちょっと下痢。先、帰っててくれ』

 ———

 それを読んだ瞬間、2人は、見合わせ、

「……あははは」

「うふふ」

 笑い合う。

「このタイミングで下痢? どんだけついてないのよ」

「緊張の糸が切れたのかもね。全くもう」

 と、言いながら2人は気付いていた。

 煉が2人の時間を作った事を。

 2人は血の繋がった母子。

 当然、養子の煉には無い絆がある。

「どうせ私が来るまでずーっと傍に居たんでしょ?」

「うん」

「全く。私達に配慮するなんて。3人含めて家族なのに」

「もういいじゃない。本当に下痢なのかもしれないし」

「そうね。一応、帰ったらお粥作ろ? 馬鹿の為に」

「そうだね。愚弟の為に」

 2人は、混乱を他所に家路につく。


 同時刻。

 店内では、警備員と犯人が対峙していた。

「おい、落ち着け! 彼女を放しなさい!」

「うるせ~!」

 スイカを蹴り飛ばす。

「く、どうする? 警察は、まだか?」

「後、5分以内で来るらしい」

「この野次馬だからな」

 店内から野次馬に追い出すことに成功したものの、店の周囲はそれで一杯だ。

 人が多い分、交通渋滞が起き、パトカーの到着も遅れているもの、と思われる。

「安心しなさい」

「! 貴方は?」

 警察官の制服を来た若い男がやって来た。

「警察の矢沢という者です。危ないですから。お二人とも避難を」

「え? でもお一人で?」

「プロです。慣れていますから。ご安心を」

 矢沢は、警備員2人を追い出す。

 そして、犯人と対峙した。

「おいおい、ポリが1人なのかよ?」

 犯人は、わらう。

 何せこっちには、人質が居る。

 警備員が警察官になっても、こちらの優勢は変わらない。

「生憎、ポリじゃないんだがな。これが」

 矢沢は、帽子を脱ぐ。

「う……」

 その目付きの悪さに犯人は、たじろぐ。

 一方、シャロンは、現実逃避しているのか、警察官が来ても喜びは無い。

(待ってろ。今、助けるからな)

 警察官の本性は俺―――北大路煉ではなく、ルー・ブラッドリーだ。

 皐月に司を託した後、近くの貸倉庫で保管している制服に着替え、その足でやって来た。

 なので、警察手帳も相棒も居ない。

「……」

 俺は持っていたリモコンで室内の電気を消す。

「な!」

 真っ暗になり、犯人が動揺した瞬間、間合いを詰める。

「!」

 気配に気づき、シャロンの首にナイフを突き刺そうとした。

 寸前、

「ぐおら!」

 俺はシャロンをかばい、手の甲を差し出す。

 ナイフは手の甲を貫き、シャロンの頬は、返り血で汚れる。

「!」

 その時、シャロンの目に光が戻る。

 暗闇の中、誰かに抱かれた状態に驚くも。

(……あれ?)

 本来、痴漢を疑い、恐怖を感じる場合が多いだろう。

 が、今回に限っては懐かしさを感じたようで暴れることはない。

 俺はシャロンを抱き締めつつ、犯人に脳天締めアイアンクローをかけていた。

 だがそれは、プロレス技より残虐だ。

 指で目を潰している。

「……!」

 息が出来ない。

 抗う犯人は暴れるも、どんどん力を入れられ顔が潰れていく。

 そして、リンゴのように爆散した。

 顔が無くなったことで、俺はようやく手を放す。

 首から上が無くなった死体は、グロい。

 停電である事が唯一の救いだろう。

 俺は、死体の服で手に付いた体液を拭う。

 そして改めて、抱き締めた。

 何度も言うが、停電である事が、素性を隠して出来る事である。

「……失礼ですが、お名前は?」

「……矢沢だ」

「本当ですか? 父の声と似ている様に感じますが?」

「他人の空似だろう」

 顔が見たい、と思うも暗くてよく分からない。

「大きくなったな?」

「はい?」

「元気で暮らすんだぞ?」

 次の瞬間、何かを嗅がされ、シャロンの意識は遠のく。

「お……と、う……さん?」

「ああ、パパだよ」

 気絶する間際、シャロンの目がようやく慣れ始める。

 父親とは似ても似つかない日本人の警察官だが、その雰囲気はやはり父親そのものだ。

 その1番の特徴は、優しい声。

「……」

 手を伸ばすも届かない。

 だらりと落ちたその手を、俺は拾い、握手するのであった。

 今度こそ今生の別れを決意して。


『―――スーパーで起きた人質事件は、犯人の死亡により解決しました。警察によりますと、停電になった後、自殺を図った、との事です。人質に怪我はありませんでした』

 ———

 久し振りの大事件であったが、あっという間に解決された為、各局も淡々と報じるしかない。

『危険な真似をしたね?』

 スマートフォンのテレビを消すと、ナタリーは仁王立ちで続ける。

『私が記録を改竄かいざんし、揉み消したものの気を付けなさい。良いわね?』

「ああ……済まん」

 女子中学生に怒られる男子高校生。

 チームでも情報将校と班長の関係なのだが、どうも俺は、女性に弱いようだ。

『全く貴方という人は、世界一、不幸な人間ね?』

「……」

『何よ?』

「いや、多弁だなと」

『! 反省してないわね! この馬鹿!』

 腰に両手を当てて、罵詈雑言の嵐。

 居合わせるロビンソンも驚いていた。

(まさか、ナタリーがこれほどまでに心を開くとは……)

 性犯罪で男性恐怖症の気があるにも関わらず、男性に機械音声とはいえ、多弁で感情表現豊かなのは今まで見た事が無い。

(……もしかしたら)

 ロビンソンは、嬉しくなる。

 今まで男性を毛嫌いしていた娘が、親友を気に入っているのだ。

 自分同様認めた、という事だろう。

(罪な男だねぇ)

 嗤いつつ、その光景を見守るのであった。


 事件後、シャロンは基地の病院に入院していた。

 怪我は無いが、念の為の検査入院だ。

「災難だったわね? こんな平和な国で人質事件に遭うなんて」

「これ位の確率なら、宝籤たからくじで当たりたかったですね」

「そりゃそうだ」

 上官は笑いつつ、林檎を綺麗にナイフで剥く。

 手元を見ずとも出来るのは、子育ての経験からかもしれない。

「それで、貴女から相談なんて珍しいわね?」

「はい。実はですね―――」

 覚えている限りの事を話した。

・学校で見た父親の雰囲気を持つ男子生徒

・人質事件でかばってくれた「矢沢」なる警察官

「……不思議な話ね」

「はい」

「でも、貴女のお父上は、その……言いにくいんだけど、戦死したんでしょ?」

「はい」

「じゃあ、別人じゃないの?」

「それがですね。私は、戦死とは思っていないんですよ」

「? どういう事?」

「葬式はしたんですが、遺体が別人な様な気がして、受け入れてないんです」

「……そうなの」

 上官は何度か頷いた後、スマートフォンを取り出し、ある写真を見せた。

「……これは?」

「スラヴャンスク(ウクライナ ドネツク州)にある墓標バトル・フィールド・クロスよ。お父上が属していたチーム全員が眠っている」

「……」

「でも、貴女のお父上は居ないわ。法律上、死亡宣告はされているけど、本当は、MIA行方不明だから」

「!」

 墓標を改めて見る。

 注視すると、確かに父の名はあれど、死亡日までは書かれていない。

「……どういう事なんですか?」

「私もね。不思議に思って色んな所を突っついて探したの。そしたらこんな記事を見付けたの」

 上官が次に出したのは、陸軍情報保全コマンドの資料であった。

 そこには、父親の死体の状況や死因、埋葬方法等、事細かく記載されている。

 それに添付されているのが、記憶転移の資料であった。

 

『①ある男性の例(提供者:詩が趣味)

 2001年 心臓移植後、無骨な性格にも関わらず、詩の制作開始。

 男性は、

・高校中退

・文章作成苦手

 だった為、妻は驚くも恋文を贈られ喜ぶ。


 ②心臓に先天的疾患を持った少女(7)の例(提供者:殺人被害者)

 移植後、少女は悪夢を殺人の被害に遭う悪夢を見始める。

 警察は少女と協力し、悪夢に出てくる男の似顔絵を作り、犯人は逮捕される。


 ③ある実業家ビジネスマンの例(提供者:ハリウッドのスタントマン)

 無趣味で仕事人間で、バリバリの実業家だった彼は、移植後に体育会系に』

『[臓器移植後の記憶転移についての調査結果]

 アリゾナ州立大学の心理学教授は、臓器移植を受けた人に対して調査研究を20数年間行い、移植された臓器70例に生前の記憶が残存する現象を発見した。

 例

・ある女児は臓器移植を受けた後、突然流暢な外国語を話せる様になった。

・別の女児は若い音楽創作者の心肺を受けた後、突然ギターを弾く事に夢中になり、詩を書き、作曲を始めた』(*1)

 

 信じにくいが、沢山の例がある以上、否定しようの無い事実だ。

 上官は笑顔になる。

「もし、これがお父上でなっていたら、どうなんだろうね?」

「……」

 逢いたい。

 ぎゅっと、資料を握る。

 ただただ、本当に。

 心底。

「有給取って探しにいけば良いと思うよ」

 上官の言葉にシャロンの背中は、押されたのであった。


[参考文献・出典]

 *1:エキサイト・ニュース 2020年3月8日

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