第94話 ハンニバル。

「魔王石か、」


 その男はそう、隣の男に囁く。


 そこは薄暗い灯りしか無いbar。

 カウンターに座る男は、ロックグラスの氷を転がしながら。


「本当にあるのだろうか? あれは伝説ではないか?」


 と。


 語りかけられたのは黒尽くめの魔導師風な男。彼は右手でフードを目深く被って。答えた。


「いや、魔王様の存在は歴史上の事とはいえ、実在を疑うものはいない。で、あれば、公主館の奥深くに封印されているとされる魔王様の魔石がそこにあるというのも、また、可能性の高い事実であろう」


「で、あるなら、だ」


「ああ。どちらにしても、我々の目的の為には公主が邪魔なことは間違いない。そして魔王様の復活を望むのであればその為に出来る手はすべて打つ必要があるだろう」


「では」


 男はグラスに入った酒を飲み干し。


「次こそは」


 そう一言。


 そのまま席を立った。


 ☆☆☆


 暗い闇の中。


 一人歩く男の後ろに、歩調を合わせぴったりとついて行く人影があった。


 街の灯りはもうここまでは届かない。光などほぼ無いのにもかかわらず、その人影はやがてゆっくりと大きくなり、そして前の男を飲み込んだ。


 そして。


 そこには何も無い、暗闇だけが残った。


 ☆☆☆


 見失った、か。


 彼はそう、独りごちた。


 ここ数年追い続けていた男の足取りをやっと掴んだと思ったのに、と。




 真皇真理教の人間の周辺に奴が現れる、との情報を得たのが半年前。

 そこからとある真理教幹部の足取りを掴み、今夜その周囲をはっていた所現れた奴。

 奴が只の真理教信者や幹部ではない事は調べがついている。

 そもそも、奴にとって真理教など自身の目的のための駒にしか過ぎないのだろう。

 魔王を信仰するが故に徒党を組むだけの真理教などそれほど脅威では無い。

 しかし奴は。


 奴、ハンニバル・バルカ。

 皇太子襲撃事件の主犯であり、今は亡きバアル王国の王家の家系に連なる者だという。

 王国の滅亡に帝国が深く関わっているのは間違いの無い事ではある。しかし。

 だからといって、許せるものでも無い。


 空間転移、か。


 奴が消失した場所に、僅かだが空間の歪みが見えた。


 転移先までは……、無理か。


 流石にそこまでは分からなかった。しかし。

 奴の次の目的はだいたい理解できた。


 次、は、必ず。


 奴を捕まえる。そう誓った。

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