第312話 エスパルザの最後
迂闊だった。
まだベクルスは生きているのだ。
最後の最後まで油断するべきじゃなかった。
そのベクルスは何かに取りつかれたかのごとく狂ったような笑いを繰り返していたが、
「愚かな」
冷めきったルナリア様の声を耳にしてピタリと静かになる。
「この程度……傷のうちには入りません。今はこちらの世界に合わせた体をしているので出血もしますが、だからといって死ぬわけではないのです」
そうか……そりゃ女神様なんだから当然か。
突然の事態に青ざめていた俺たちだが、ルナリア様が無事と分かってなんとか冷静さを取り戻す。ベクルスに関してはイルナが渾身の一撃を食らわせてもう一度気絶をしてもらった。
一方、ルナリア様の視線はエスパルザへと向けられている。
俺もつられてヤツの方へと視線を移す。
そこには心配してルナリア様に駆け寄ろうとしている途中で足を止めたエスパルザの姿があった。
「あなたのその優しさ……もっと早く思い出してもらいたかったわ」
「ル、ルナリア……」
何かを察したのか、エスパルザは膝から崩れ落ち、その体は闇色をしたオーラに包まれ始めた。
「どうやら時間切れのようだな」
力なく呟くエスパルザ。
蘇生魔法を無効化されたことで、体を維持できなくなったのだ。
「俺は本当に救いようのないバカだな……最後の最後まで、おまえに苦労をかけてしまった」
「そうなっても構わないから、私は地上で暮らす決意をしたのよ」
「そこまで想ってくれている人がいながら、俺は……」
「いいわ。私もそう遠くないうちに天界へと召されるでしょうから」
「っ! お、おまえ……」
天界へ召される。
その言葉が何を指しているのか、俺たちはすぐに察せられた。
これまで女神の残された力で寿命を延ばしてきたが、エスパルザが改心したことによって世界にとどまる理由はなくなる。これからは普通の人間として生きていこうという誓いの表れだろう。
やがて、エスパルザの全身はオーラに包まれて見えなくなる。
「もう一度……向こうで待っている」
「えぇ」
最後に短く会話を交わし、とうとうエスパルザは天へと戻っていった。
「どうやら、今度こそ本当に終わったみたいね」
不意にミルフィがそうこぼす。
聖都へ総攻撃を仕掛けようとしていたエスパルザの軍勢は、最高指揮官を失ったことで瓦解するだろう。
現に、召された瞬間を目の当たりにした兵士たちは一目散に逃げだした。聖都周辺を守る聖騎士団もこれから攻勢に打って出るだろうし、制圧は時間の問題だ。
「終わったんだ……」
自然と女神の鍵を握る手に力がこもる。
戦いの終わりは、同時に俺たちの旅がひとつ終わりを迎えたことを意味していた。
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