第110話 親子

 フローレンス伯爵の娘――ライサ・フローレンス嬢の精神世界に介入し、その性格を激変させた原因である呪術師を倒した俺は、元の世界へと帰還する。


「「「「フォルト(さん)!」」」」


 意識を取り戻すと、女子四人が仰向けになっている俺の顔を覗き込んでいた。


「えっ? ど、どうしたの?」

「だ、だって……」

 

 ミルフィが涙声で何かを訴えようとするが、言葉を飲み込んでしまい、結局詳しい原因は分からないまま。

 ……たぶん、俺が精神世界に行っている間、静かに眠った状態になる――以前、ジェシカの精神世界へ行った際に「死んでいるかと思った」ってイルナが言っていたことを思い出された。

 もしかして……みんな心配してくれていたのかな。


「無事に戻ってきてくれると信じてはいますが……これはかなり心臓に悪いですね」

「ホントね……待っているだけの身としては、心配で気が気じゃないわ」


 ジェシカとイルナがこっそり話している内容が漏れ聞こえる。

 やっぱり、心配してくれていたのか。

 感動して目頭を押さえていると、


「お父様!」


 聞き慣れない少女の声が。


「おぉ……ライサ!」


 振り返ると、伯爵とライサお嬢様が抱擁を交わしていた。


「ごめんなさい……私……私……」

「いいんだ。もう何も言うな。全部終わったんだ。さあ、母さんも待っている。屋敷へ帰ろう」

「うん……」


 伯爵は大号泣。

 その場に存在はしていても、心を通わせることができなかった――ある意味、いないも同然だったからな。俺たちの前では気丈に振る舞っていたのだろう……抑えていた感情が大爆発したって感じだ。

うん。

しばらくは、ふたりの世界に浸らせてあげよう。



 ――さて、こうなってくると事件を仕掛けた黒幕の存在が気がかりだ。

 伯爵とライサお嬢様が親子水入らずの状態で語り合っているさなか、俺たちはその黒幕について話をしていた。


「やっぱり……ドン・ガーネスかしら……」

 

 イルナがボソッと呟く。

 俺も同意見だし……他の三人もそう思っているらしい。 

 特に、かつてドン・ガーネスの運営するシアターで歌姫をしていたマシロには、ある心当たりがあった。


「私がまだシアターにいた頃、ドン・ガーネスは呪術に興味を持っていました」

「! それはまた重要な情報だね」


 思わず顔が引きつる。

 ほぼ確定じゃないかな、これ。

 ドン・ガーネスは悪徳解錠士アンロッカーのお手本みたいなヤツだ。

 恐らく、フローレンス伯爵がもっと毛嫌いする人種――強い立場を利用して、悪事を働く者だ。


 だから、きっと向こうも伯爵に対してよろしい感情を抱いてはいないだろう。

 直接手を下すことが難しいから、家族を攻撃することで内側から崩していこうとしたとも考えられる。


 いずれにせよ、ろくでもないヤツがバックに絡んでいることは間違いないようだ。




 しばらくし、落ち着きを取り戻したフローレンス親子が俺たちのもとへやってきた。


「みなさん、ありがとうございます」

「騙すようなマネをしてここまで連れてきてしまい……本当に申し訳ない」

「い、いえいえ、そんな!」


 親子そろって深々と頭を下げられ、俺は大慌て。

 それを見て、ミルフィたちはクスクスと笑う。

 

 ……まあ、とりあえず万事丸く収まったわけだし、よしとするか。

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