第106話 父として

 夜が明けた。


 身支度を整えた俺たちは、朝食が用意された部屋までパウリさんに案内してもらった。

 

「「「「「おお!」」」」」


 昨日の夕食も凄かったが、朝食は朝食で凄かった。

 夕食ほどの派手さはないものの、パンやスープ、新鮮な野菜のサラダに果物をふんだんに使ったジュース……うん。どれから手をつけていいか迷うな。そこへ、


「おはよう、諸君!」


 フローレンス伯爵もやってきた。

 俺たちはメイドさんから渡された皿に料理を盛って着席。

 そこで、伯爵から昨夜の件について話がされた。

 ミルフィ、ジェシカ、マシロは事情を知らないため、まずはそこからの説明となる。


「「「…………」」」


 三人は神妙な面持ちで伯爵の話に耳を傾けていた。

 そして、話が終わると、まずはミルフィが口を開いた。


「つまり、昨日の深夜……フォルトとイルナはふたりっきりでいた、と?」

「そこ!?」


 食いつく点がおかしいぞ。

 しかし、なぜかジェシカとマシロも頷いている。


 ……気を取り直して。

 俺たちが昨夜目撃した、謎の少女――伯爵の娘で、名前はライサという。

 ただ、全身から漂うあのオーラは……明らかに普通じゃなかった。こういう表現が適切かどうかは分からないが、なんていうか、抜け殻って感じだ。人間の姿をしているが魂はない。そんな印象だ。


「伯爵……ライサさんのことなんですが……」

「……やはり、おかしいと思うか?」

「えっ? あ、いや……」

「構わない。――現に、今のあの子は普通ではない」


 そう語る伯爵に、いつもの覇気はない。

 言い換えれば、それだけライサが危うい状況であるとも取れる。


「あの子があんな風になってしまったのは……今から一年ほど前だ」


 そこから、伯爵はライサが今のようになる経緯を語った。



 ――一年前。



 ライサは伯爵、そして伯爵夫人とともにこの屋敷へとバカンスに訪れていた。

 しかし、その日以降、ライサは部屋から一歩も出なくなった。

 原因は不明だが、一度だけ腕利きの魔法使いに調べてもらったことがあるという。

 その際に魔法使いが下した調査結果は、


「呪術?」

「ああ……どうも呪いの類らしい」

 

 とのことだった。

 それを知った伯爵は、国内外から解呪士を雇ってなんとか娘を救おうとした。しかし、誰もそれを成し遂げることができず、ライサは未だに抜け殻のような状態でこの別荘にいる。


 そんな伯爵にとって、俺たちは希望の光に映ったのだろう。

 藁にもすがる思いってわけだ。


「君のその鍵の力で、縛りつけられている娘の心を解き放ってはくれないだろうか。この通りだ」


 そう言うと、伯爵は深々と頭を下げた。

 国内にその名を轟かすフローレンス家の当主が頭を下げているという衝撃的な光景に驚きつつも、ひとりの父親として娘を救いたいという強い気持ちをこれでもかと浴びせられた。


 ――返事は決まっている。


「……どこまでできるか分かりませんが、やってみます」

「! あ、ありがとう!」


 伯爵の期待に添えられるように、俺は鍵の力を握りしめた。

 かつて、同じように心を閉ざしていたジェシカを救った時と同じように――精神解錠メンタル・アンロックを使う時が来たようだ。

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