第51話 1人教室で

秋の夕暮れを知らせる朱の空も少しずつ闇夜に変わっていく中、陽嶺高校の校庭はメラメラと輝く明るさの中心となっていた。


キャンプファイヤー、陽嶺高校の体育祭では閉会式が行われた後、校庭の中心で火を焚くのが1つのイベントとなっている。参加は自由だが、体育祭の名残惜しさにそのまま参加する生徒が少なくないとか。飲み物やお菓子が配布されるため、体育祭後の息抜きとしても丁度良いのだろう。


そんな中僕は、校庭の輪に入ることなく、火が見える校内の教室から外の様子を窺っていた。


ある程度浮かれることのできるテンションならば、僕もあの場に居合わせた可能性はあるのだが、いかんせん今の僕は非常にテンションが低い。



理由は1つ、雨竜との勝負が有耶無耶にされてしまったからだ。



僕が雨竜の鉢巻を奪って咆哮した後、それはもう気持ちよく退場する予定だったが、騎馬戦の様子を窺っていた教師陣からお怒りの説教がたくさんとんできてしまったのである。


そりゃ仕方ない、どう見ても危険行為だ。僕の落下も安全ではなかったし、下手すれば雨竜を巻き込んでいたかもしれない。そもそも僕の鉢巻の奪い方が騎馬戦ではないと、雨竜の鉢巻奪取が無効になってしまったのだ。ルールは破っていないというのにこの仕打ち、確かにちゃんと叱らないと真似する生徒が出てくるかもしれないし気持ちは分かるのだが、もうちょっと少年たちの青い春に譲歩してくれても良かったのではなかろうか。


不幸中の幸いとするなら、雨竜に鉢巻が返された後、雨竜が負けを認めて自分から馬を下りたという点だろう。正式には無効のような扱いだが、雨竜自身が敗北感を覚えているのであればやった甲斐自体はあったのである。


先生方に怒られたせいでタイミングは逸したが、協力してくれた豪林寺先輩たちはそれはもう喜んでくれていた。佐伯少年も取組次第で雨竜に対抗できることを知ったようで、雨竜に挑めるものが何かあるか検討しているようだ。そういえば、騎馬戦のアナウンスをしてくれた涼岡希歩にも礼を言わなくてはな、あれがなければ雨竜の攻撃が止んでなかったかもしれないし。



後は、晴華だ。



騎馬戦が終わった後、僕は顔も知らない連中に少々絡まれていたので、晴華とはまともに話せていなかった。僕の騎馬戦をどう受け取ったか知らないが、わざわざ僕に伝えにくる必要はない。しかし現実は群がる虫のように人が沸き、面倒なことこの上なかった。


それだけでなく、競技もその後が綱引き、団選抜リレーと晴華が出ずっぱりだったので、なかなか機会がなかったのである。


だとしても、普段の晴華なら他の生徒たちを押し超えてでも僕に絡んできそうなものだが、やはり雨竜との戦いが有耶無耶になったことが尾を引いているのだろうか。


「はあ」


僕は溜息をつきながら机に突っ伏す。


余談だが、体育祭の総合優勝は青団だった。黄団は豪林寺先輩パワーが輝く綱引きで巻き返しを図ったが、団選抜リレーで敗北し僅かに点数が届かなかったようだ。団という個の能力だけでは御しきれない環境にも関わらず優勝を取る青八木ブラッド、ここまでくると恐ろしいが、優勝にはかなり貢献しているはずなのでこれ以上何も言うまい。


ただ、応援合戦の優秀賞は黄団が選ばれていた。他の団より歓声は上がっていたとは思うがまさか本当に評価されるとは、これならば無理して出場したハレハレも報われるというものである。優秀賞の賞状と盾を3年生ではなくハレハレに取りに行かせたのは盛り上がり的にも団長は分かっているなと思わされた。


こうしてみると、1日かけて行われた体育祭が、あっと言う間に過ぎていて驚いている。去年の僕は残暑に文句を垂れながら必要最低限しか働かず、閉会式が終わり次第帰っていたが、今は体育祭の余韻に浸るように校内にいる。あの頃とは何もかも違っているのは認めざるを得ないだろう。


なんだかんだ僕は、この体育祭を楽しんでいたのだ。体育祭当日にトラブルが起きすぎな気もするが、それも含めて僕は楽しめていたのだと思う。


「はあ」


そこへいくと、やはり騎馬戦の件だけがどうしても頭から離れていかない。もうちょっとスマートなやり方があったのかもしれないが、体育祭の時間内で戦略を立てて考えたにしては上出来だったと思うんだが。


とはいえ中途半端な形で終わったことは事実である。あれだけでかい口を叩いておいて無効にされてしまったのだ、晴華に謝罪の1つでも入れるのが礼儀というものだろう。


しかしながら今日はもう無理かもしれないな。キャンプファイヤーが始まって落ち着いたら声をかけたいと思っていたが、いろんな競技に出まくっていたあいつは黄団の主役も主役、周りが放っておかないだろう。その上最近彼氏と別れたとなればイベントに便乗してアプローチする男子がいてもおかしくない。


今日のことを明日以降に回したくなかったが致し方ない。いつまでもここに居たんじゃ警備員さんも困ってしまうだろう、そろそろ僕も退散するか。



そう思って身体を起こし、その場で大きく伸びをしているときだった。




「やっと見つけた」




ガラガラと教室のドアが開かれた先には、少しだけ呼吸の荒い晴華が立っていた。

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