第32話 討ち入り

「先輩に会うときは、僕からも謝罪があったと言っといてくれ」

「えっ?」


晴華とクールダウンの会話を挟んだ後、僕は今泉さんへの伝言を伝えることにした。


「なんでユッキーが謝るの?」

「さっき晴華、ちょっと前から先輩の様子変わったって言ってたよな? あれ、僕とお前が2人で居るの見られてからじゃないのか?」

「……そうかも」


心当たりがあるのか、晴華は少し間を置いて首肯する。


「僕とお前の仲を勘違いして焦らせたのかもしれない。だったら普段と違う行動をさせたのは僕にも責任がある。そういやお前にも怖い思いをさせたんだったな、悪かった」

「そんなのユッキーが謝ることじゃないよ! そもそも公園での練習を提案したのはあたしだし、ユッキーとの関係もその日のうちに説明したし!」

「だとしてもタイミングが悪すぎた。ここでお前が別れを切り出したら、原因が無茶したせいって思うしかないだろ」

「あっ……」


晴華からすれば今泉さんとの関係の限界に気付いただけなのだろうが、今泉さんは行動そのものの醜悪さを意識せざるを得ないだろう。その辺りは当然晴華自身にフォローさせ、罪の意識を軽くしてもらうしかない。


「それは、あたしがちゃんと説明する。あんなによくしてもらった先輩を我慢させてたのはあたしで、悪いことされたなんて思ってないんだから」


仮にも怖い思いをさせられた相手にここまで言えるのだ、本当に良い人なのだろう。そうなると別の疑問が沸いてくる。


「そんなに良い先輩のこと、半年以上マジで意識してこなかったのか。いくら恋愛に興味ないとはいえ」


似たような立場に居る僕は、2人の好意を今は素直に嬉しく思っている。少々持て余すくらいに強いアプローチに何も感じないなんてことはあり得ない。いや、断言するには主観が入りすぎているかもしれないが。


「ううん、夏休みの終わりくらいから意識してたよ。あたしは、この人のどういうところに惹かれるのかなって」

「それで?」

「なんとなく思ったのは、優しいってだけじゃ物足りないかなって」

「なんだそれ、もっとお前を甘やかす存在じゃなきゃダメってことか?」

「違うよ逆逆! 今の学校生活で、友だちはみんなあたしのこと甘やかしてくれるから。だったら恋人には逆の要素を求めたいというか」

「よく分からんが、それが先輩には当てはまらなかったってことか」

「……うん。あたしから要求するのってなんか違うし、言われて直すんじゃなくて最初からそうなってるのがいいかなって」

「ハードル高いな」


天下の神代晴華の恋人候補なのだからしょうがないのだが、好意を持ってる相手に優しくしないってそんなことできるか。


「だいたい逆の要素とか最初からそうとか抽象的すぎるわ、何が望みかはっきり言え」

「そんな難しい注文付ける気ないよ!? なんていうか、あたしがワガママ言ってもすぐ呑むんじゃなくて、ワガママ言う理由を訊いてくれたり、ワガママ自体を叱ってくれたり…………っ」


そこまで言って、晴華は驚いたように自身の口を両手で塞いだ。


別におかしいことを言っていたようには思えないが、そんなに彼女にとって衝撃的なことだったのだろうか。でも、今まで晴華の好きなタイプについて言及したことなんてなかったからな、口に出してみて新たな発見に気付いてしまったという可能性がある。やっぱり言語化するっていうのは大事な要素だよな。


「何か掴めたか、恋愛について」

「わ、分かんない。なんかこう、もう少しで掴めそうなんだけどすり抜けていく感じ……」

「そうか。まあいくらでも悩むこった若人よ」

「同い年だよね……?」

「くく、生きた年数なんて瑣末なこと。重要なのはどれだけ濃密な月日を過ごしてきたか……ってそんな場合じゃねえ!!」

「えっ!?」


しまった、晴華と雑談にしけ込み過ぎた。現在時刻は20時半過ぎ、このままだと家に着くのが22時を超えてしまう!


「悩みも解決してこれからすることも決まったな!?」

「う、うん。大丈夫だと思うけど」

「ならば帰るぞ、送ってやるからさっさと準備しろ」


僕はとにかく晴華を急かす。解決したからこれから帰ると父さんにラインだけ入れておこう、それなら父さんも安心してくれるに違いない。


「えっ、いいよここで! 歩いてすぐだし」


だがしかし、こちらが急ぎたいオーラ全開だというのに、遠慮という無駄コマンドを選択する晴華。


「いいわけあるか! こんな遅くに美少女ほっぽり出して帰宅できるか!」

「びしょ……じゃなくて、ホントに近いんだってば! 危ない要素なんてないよ!」

「近いとか遠いとかじゃない、エチケットの問題なんだよ! 僕から紳士の称号を剥奪する気か!?」

「……そんな称号最初から持ってたっけ?」

「ああもう僕と会話するな! 受け入れて進め! それですぐ終わるだろ!」


余計なタイムロスに僕の語調が荒くなる。なんでコイツはこんなに頑ななんだ、申し訳ないって気持ちなら不要だとしっかり伝えただろうに。


「だから! ユッキーに家に来て欲しくないの!」

「ぐはっ!」


刺さった。僕の心臓に言葉の刃が突き刺さった。家に来て欲しくないって、まさか僕をストーカー予備軍に認定していようとは、そこまで墜ちたか廣瀬雪矢。


「ってそういう意味じゃなくて! お兄ちゃんと万が一でも会って欲しくなくて!」


僕が両手を床に着いたことで晴華が慌てて弁明する。どうやら別の理由があったようだが、それはそれで疑問が増える。


「なんで兄君と会っちゃいけないんだ?」

「ユッキー、それ本気で言ってる?」


僕が腕を組んだまま首を傾げていると、晴華は呆れたように息を漏らした。


「前も言ったけどお兄ちゃんすごい過保護で、あたしが男の子といるだけでそれはもう質問の嵐というか」

「過保護って言う割にまだ帰宅してないお前を放置してるのな」

「ううん。黙ってたけど、さっきからすごくラインで連絡来てる」


マジか。父さんも僕に対して過保護な方だけど、信頼もしてくれてるから過干渉にはなってない。だからこそ僕は父さんを裏切りたくないと思える。


そこへいくと、神代兄妹はとても信頼関係が成り立っているようには思えない。晴華の困り顔を見れば容易にそれを判断できる。


「経験上こういう時って玄関で構えてるときが多いんだけど、それでもしユッキーと一緒に帰って来ようものなら……」


面倒なことこの上ない、晴華の表情はそう謳っていた。だからこそそれを避けるべく晴華は僕の申し出を断っているというわけである。


「だからゴメンね。気持ちはホントに嬉しいんだけど、ユッキーにも迷惑掛けちゃうし」


晴華の気持ちは分かった。そこまでの事情があるなら僅かな帰路の送迎に拘る方が不思議、そう自分に言い聞かせて真っ直ぐ家に帰る方が正しいのだろう。



――――なんて、僕が引き下がると思ったか?



「晴華、お前は僕と一緒に居るの、後ろめたいと思うのか?」

「えっ……」



申し訳なさげにしていた晴華の表情が凍る。僕からこんな質問が飛んでくるなど想定もしていなかったに違いない。



「愚問だったな、そう思ってるから兄君に会わせたくないのだろうし」

「違う! 全然違うよ!」

「違う? どこが違うって言うんだ?」

「ユッキーのこと後ろめたいだなんて、そんな風に思ってない! こんな時間にわざわざ来てくれて、話も聞いてくれて、感謝することしかないのに後ろめたいなんて思うはずない!」

「……」

「でも、そういうの絶対お兄ちゃんに伝わらないもん……! 相手が男の子ってだけで、聞く耳持ってくれないから……」



前から耳にしてはいたが、思った以上に状況は深刻そうだ。可愛い妹を持つ兄の使命と言えば聞こえはいいが、妹がそれを望んでいないのは明らか。これがこのまま続いていけば、例え恋愛が理解できても恋人なんて作れっこない。



「だったら、矯正するのはお前の方じゃないだろ」



泣き出しそうになっていた晴華の表情。これを生み出している状況が正しいだなんて口が裂けても言えない。



本人がどうにもできないというなら、馬鹿な友だちがしゃしゃり出るしかないじゃないか。



「会わせてくれ、お前の兄君。俄然話してみたくなった」



いつの間にか、僕の頭の中からは父さんを安心させることが抜けてしまっていた。

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