第20話 前とは違う使い方
「あの時私、何も言い返さなかったでしょ?」
軽くこちらに顔を向ける御園出雲に僕は頷いてみせる。
確かに、僕がまくし立てるように言っていたとはいえ、彼女から否定の言葉はなかった。それはどうしてなのか。
「言い返せるわけない。だってあなたの言葉――――図星だったんだもの」
自虐的な笑みを浮かべる御園出雲。そのねじ曲がった主張はまだ止まらない。
「クラスをまとめたいからだなんて殊勝な理由で委員長になったわけじゃない。私はただ、勉強以外に誇れるものが欲しかっただけ。それだけのために委員長になった。先生の代わりに前に立って仕切って、時には素行の悪い生徒を叱って、そんなお節介をずっと焼いてきた」
御園出雲の声のボリュームが少しずつ小さくなる。自信という羽を折られたかのように、声に覇気がなくなっていく。
「だから、実は鬱陶しいって思われたって、不思議じゃない。邪魔だと思われても否定できない。あなたの言ったこと、何も間違ってないのよ」
「……僕の言葉なら気にするな」
否定的な言葉を並べる彼女に対抗してみせる僕。
「アレは本心じゃない、お前を傷つけると分かってぶつけた言葉だ。だからアレを真に受ける必要はないんだ」
「どうしたのよ急に、まるで別人じゃない」
別人、言い得て妙だと思った。昨日までの心の持ちようと比べれば、僕は別人のように見えるかもしれない。こんなフォロー、今までして来なかったのだから。
「本心じゃなくたって一緒。あなたが私に効きそうだと思ったのなら、少なくとも心当たりはあるってことでしょ? さすがに当てずっぽうはないわよね」
鋭い指摘だった。
御園出雲が正しい、本心かどうかなんて今はどうでもいい。彼女に効きそうな内容として、委員長関連を上げた時点で終わっていた。
僕の言葉では、寂しげな彼女の表情を変えることはできない。
「いいわよ別に、今更みんなに嫌われてるって分かったって。これからもやることは変わらない、憎まれ役の委員長に徹するだけ」
「……そんなことないって僕が言っても、聞いてはくれないんだろうな」
「あなたが悪いわけじゃない。薄々思ってたことを自覚しただけ、あなたが気に病むようなことじゃないわ」
最終的に僕が慰められてしまう始末。謝りに来たのに、尚更御園出雲を苦しめる結果となった。
「それと、ノートありがとう。どこまで頑張れるか分からないけど、ちゃんと最後まであがいてみせるから」
そして彼女は、その気持ちを隠して抱え込もうとする。心配を掛けまいと、きっと家族にも何も伝えないのだろう。
分かっていたさ、最初から。僕程度の言葉じゃ御園出雲の心に響くことはないって分かってた。受け入れられずに弾かれるなんて分かり切ってることだ。
――――だから僕は、最初から雨竜を頼っていたんだ。
「――何勝手に終わらせようとしてる」
「えっ?」
明らかに僕を帰らせようとしている御園出雲を無視して、僕は再度自分のバッグを漁る。
「実はな、お前に渡したいものはもう1つあるんだ」
そう言って僕が、御園出雲に見せたもの。手の平に乗っかる、小さな電子機器が3つ。
「これ……」
「ボイスレコーダー、僕の必需品だ」
御園出雲が目を丸くする。突然こんなものを見せられて、驚かない方が無理があるだろう。
困惑する彼女を無視して、僕は話を続ける。
「僕はずっと、これを人を貶めるために使っていた。馬鹿ってのはすぐ言葉を滑らせるからな、録音した音声を聞かせて何度も周りを黙らせてきた。僕にたてつこうって奴はすべからく、完膚なきまでに」
それと同時に、こうして自身を守ってきた。こうでもしなきゃ、弱っちい僕は1人で戦えなかった。僕らしい、暴力には訴えない小賢しい真似だったと思う。
けど、それも昨日までで終わり。今の僕に、人を傷つけるボイスレコーダーは必要ない。
それでもこの場に持ってきたのは、大きな理由があったから。
「でもな、今日になって初めて、まともな使い方をできたと思うんだ。僕の武器が、ようやく綺麗な形に生まれ変わってくれた」
そんな臭いセリフを吐きながら、ボイスレコーダーの1つを御園出雲の方へ放り投げる。彼女は両手でお椀を作ってキャッチすると、まだ状況が飲み込めてないように僕を見た。
「再生してみろ、それで全部分かる」
不審げな眼差しで手の中のボイスレコーダーを見る御園出雲。少し間を置くと、観念したかのように息を吐き、右手で再生ボタンを押した。
そこから聞こえてきたのは――――
『あっ、委員長? こんな時期に風邪なんて大変だけど頑張れ! 委員長いないとクラス崩壊しちゃうから!』
「えっ……?」
クラスメートによる、労いの言葉だった。
『ちょっと出雲さーん? 勉強教えてくれる約束忘れるなんて酷いんですけど!? 明日の教科はいいから、2日目以降はちゃんと教えてね! つまり元気になれ!』
『え、えと、その、委員長がいないと刺激が足りない! もっと叱ってください!』
『あはは、何言ってんだお前!』
『すまん御園、先生じゃこのクラスは御し切れん。早く学校に来てくれ』
「何よ……これ……っ」
音声を聞きながら、御園出雲の瞳がじわじわと潤み始める。
ここにあるのは、雨竜に頼んで録ってもらった御園出雲労いの音声の数々。風邪を引いている彼女を元気付けるために、皆が快く送ってくれたメッセージ。
勿論無理矢理録らせた訳じゃない、雨竜からは提案するように伝えてもらっただけで、録ると言ったのは当人たち。御園出雲の容態を本気で心配してくれている人たち。
「これでもお前は、自分が嫌われてるって思うか?」
僕の質問などまるで耳に入らないかのように、音声に耳を傾ける御園出雲。その表情にはもはや、不安の色は感じられない。
そうだ。ただ彼女を鬱陶しいと思っているなら、こんな言葉を残すような真似はしない。口うるさいと思いながらも、校則に厳しいと思いながらも、慕っているからこそメッセージを残してくれている。
しかもそれは、このクラスの中だけじゃ留まらない。
『いいんちょ~! 私の委員長はいいんちょだけだよ~! すぐにEクラスに来てくれ~!』
『他のクラスに行って、委員長が委員長だったからこそ成り立ってたこといっぱいあって驚いてます! さすがの手腕、だけど今はゆっくり休んでね!』
――――そう。彼女へのメッセージは、元1-Bの生徒からも送られていた。その方が御園出雲が喜んでくれるだろうという、雨竜の粋な計らいだった。
「あ、ああ……!」
未だ止まないメッセージの嵐で、遂に声を抑えられなくなった御園出雲。両目から涙を流しながら、抱きかかえるようにボイスレコーダーを持つ。
「御園出雲、もう1度僕に謝らせてくれ」
この状況下。僕の声なんて届いてないだろうが、泣きじゃくる御園出雲に僕は気持ちを伝える。
「すまない、僕が間違っていた。お前は、誰よりもクラスメートに愛されてるよ」
「うわああああああ!!」
今度こそこれが、紛れもない僕の本心だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます