第7話 帰宅
僕にだって友達が居たときはある。中学1年生のちょうど今頃まで、だから4年前になる。自分を中心人物と言うつもりはないが、友人を沸かせるのは僕の役回りだったように思う。
ただ僕は、からかわれることも多々あった。何故なら、僕の容姿が中性的で女子みたいだからである。小さい頃からしょっちゅう間違われることがあったが、中学生になり男子の制服を身に包むようになってから、からかう頻度は増えていた。だから僕は、可愛いと言われるのが好きではない。
しかしながら、ずっと言われてきただけあって耐性もできており、はっきり言ってほとんど気にしていなかった。父さんが『相手の立場になって考えよう』とよく教えてくれてたのも大きい。だからクラスのガキ大将のような奴が、僕らのグループに居る女子に好意があったであろうことは察していた。その女子と関わるきっかけが欲しくて、僕をからかいに来ているのも理解できた。
不器用な奴だとは思うが、鬱陶しいことには変わりない。反応するからからかわれるのだと理解している僕は、からかってくるガキ大将にいらつきを覚えながらも、ほとんど相手にすることはなかった。
だが、それが良くなかったのかもしれない。僕につれない態度を取られ続けたガキ大将は、標的を僕から友人へ変えてしまった。そしてそれはからかいの枠を充分に超えており、友人が泣いてしまうまでに発展してしまった。
あまりにふざけている状況に、僕は理性を抑えることができなかった。自分だけならいざ知らず、どうして友人にまで攻撃したのか。こんなことをしておいて、自分は何もされないと思っているのだろうか。
そこで僕は、2度と相手をしたくなくなるような反撃を噛ましてやった。自分がやられてた時は押さえ込めてたものが、一気に溢れ出してしまった。
反撃に成功していた僕は、笑っていたのだと思う。悲鳴を上げてのたうちまわるガキ大将を見て、爽快に感じていたと思う。2度と僕らにちょっかいを掛けないよう、わざとらしく煽っていたときに僕は気付いた。
――――普段ガキ大将に向けられている視線が、僕に向けられてしまっていることに。
『廣瀬君それ、やりすぎだよ……!』
ふざけるなと思った。僕だってやりたくてやったわけじゃない。現に自分だけが対象だったときは、うまくやり過ごしていたのだ。泣き寝入りしてしまいそうな友人を見かねて、行動を起こしたに過ぎない。それなのに、どうして僕だけが非難される。
どうして誰も、僕の味方になってくれないんだ。
その後すぐに、担任の教師の呼び出しを受けた。子どもに興味のなさそうな、体裁ばかりを気にしている教師だった。
『チャントカレニアヤマリナサイ』
同じ日本語を話しているようには思えなかった。その場の状況だけを見て過程を振り返らない、絶対弁護士にはなれない人種だ。僕は結局、教師に対して今までの経緯を語ることはなかった。
僕の行いは、クラスはおろか学年中に広まり、すぐさま孤立した。ガキ大将は元友人に謝罪し、その後普通に仲良くなっていた。僕とガキ大将の位置が綺麗に入れ替わっていた。それが当たり前になっていることに、恐怖さえ覚えていた。
僕は反省する。友達なんかのために行動してしまったことを。自分中心に物事を考えないから全て崩壊した、僕は自分のことだけを考えて生きていけばいいのだと理解した。
それと同時に僕は感謝する。
――――友情なんてものに価値はないと、教えてくれたかつての友人たちに。
あの一瞬、1人でも誰か僕に寄り添う人が居てくれれば、考えは変わっていたのかもしれない。
そんな妄想をして我に返る。
僕の周りに人はいない。これから居ることもない。
それが、廣瀬雪矢の現実であると。
―*―
「着いたぞ雪矢」
青八木家の立派な車に乗り込んだ僕は、20分ほどして家の前に到着していた。
移動中の会話はほとんどない、僕がずっと手を組んで顔を伏せていたからだ。
「ありがとう、助かった」
「雪矢さん」
荷物を持って車を降り、お礼を言って家に入ろうとすると、心配そうに見つめる梅雨に引き留められる。今にも泣き出しそうな表情だった。
「あの、わたし一緒に居ちゃダメですか?」
梅雨の言葉を聞いて、やってしまったとますます頭を痛める僕。梅雨との会話中によろけるべきではなかった、関係ないのに責任を感じてしまっている。
「わたし、その、雪矢さんのこと心配で」
「大丈夫だ、問題ない」
「で、でも!」
「本当に大丈夫なんだ、家に入ればすぐに治ると思う」
嘘じゃない。こうなった原因を考えれば、家に入りさえすれば何とかなる。本当の意味で僕が落ち着くことができるその場所にさえ行ければ。
「そ、そうなんですか?」
「ああ、だから気にするな。雨竜も、迷惑掛けて悪かった」
「……ホントに大丈夫か?」
雨竜は、梅雨とそっくりな面持ちで僕に告げる。
「明日の学校では、いつも通りってことでいいんだな?」
「……ああ」
嘘だった。そんな保証はどこにもない。これから起こること次第でいかようにでも転んでしまうのが僕の現状。本音を言うなら、前向きに考えられる要素は1つもなかった。
でもそれを伝えるつもりはない。今はとにかくこの2人と――――自分をよくしてくれているこの2人と早く離れてしまいたかった。
「じゃあ、また明日」
「……おう」
「雪矢さん! お父さまからでも明日お兄ちゃんからでもいいので容態聞かせてくださいね!? 待ってますから!」
小さく低い声と大きく高い声を背中に受け止めて、僕は自分の家のドアを開ける。
玄関に腰を下ろして靴を脱いでいると、リビングの扉が開く音がした。ゆっくりとした足取りで僕を迎えてくれるのは、世界でたった1人しか居ない。
「おかえりゆーくん、ちゃんと楽しめた?」
いつもと何も変わらない父さんの笑顔を見て、何故か僕の涙腺が急に緩くなった。
「おっと」
僕は立ち上がって、すぐ側にいる父さんを思い切り抱きしめる。これでもかと僕の存在を示すように、背中に回す手に力を込めた。
父さんにとっては不思議な状況だろう。僕の心情など何も理解できていないはずだが、それでも父さんは何も聞かずに頭を撫でてくれた。
その温かさが今の僕にとって1番ありがたく、辛くもあった。
「……落ち着いた?」
僕の手の力が弱まったのに気付いたのだろう、父さんが落ち着いた口調で尋ねてくる。
「うん、いつもありがとう父さん」
「いいえ。ゆーくんの為なら何のそのだよ」
「――――父さん」
優しく微笑んでくれている父さんから離れ、視線を合わせる僕。昨日今日という怒濤の時間を体験した僕は、ずっとこの時を待っていた。
「話があるんだけど、いいかな?」
父さんは笑顔で頷いてくれた。
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