第34話 乙女たちの語らい7

「あの、お訊きしたいことがあるんですが」


先輩方の尋常じゃないやり取りで呆気に取られていた梅雨だったが、いつまでも呑まれているわけにはいかない。



「皆さんは、お兄ちゃんと仲が良いんですか?」



騒がしかった場が収まると、梅雨は自分の役割を果たすべく質問を投げかけた。


雪矢から聞いた話だと、晴華とあいちゃんを除いた面々は雨竜に好意があるとのこと。そんな内容を伺った以上、妹として兄の恋人候補について知っておかねばならないと思っていた。


「仲良いよ! 部活もバスケで一緒だからよく話すし!」


最初に答えたのは、未だ美晴に擦り寄っている晴華だった。異性としての好意がないからこそ、彼女は恥ずかしがることなく堂々と言ってのける。


「そんなこと言ったら私も仲良いですよ! 部活も一緒ですし!」


それに続いたのは先程まで場に恐ろしい空気を持ち込んでいた空だった。彼女は雨竜の後輩のため接点は少なそうに見えるが、男子バスケ部のマネージャーをしているため、放課後の交流は1番多そうだ。


実際、今日の勉強会でも雨竜に質問している姿をよく見かけている。それなりに仲が良くなければ、あそこまで気兼ねなく声は掛けられないだろう。


「あんたのは一方的な気持ちでしょうが。あたしも人のこと言えないけど」


空の言葉を否定するかのごとく割って入ったのは、空と同じく勉強会で積極的に質問していた真宵である。


「こっちは仲良くなってるつもりだけど微妙に壁を感じるからね。正直な話、青八木が何を考えてるかよく分からないわ」


強気な物言いが目立っていた真宵だが、少しだけ表情に憂いを帯びているように思えた。勉強会での質問対応の際、雨竜が自分に靡いてこなかったことが尾を引いてるのかもしれない。


しかしながら、その想いを汲み取るかのようにフォローの言葉が入る。


「そこは心配しなくていいと思いますよ。昨日お兄ちゃんに皆さんのこと聞いたら、仲の良い友達だって言ってましたから」


梅雨は昨日、今日の勉強合宿に来るメンバーについて雨竜から事前に話を聞いていた。その際、兄は否定的なことを一切口にしなかった。本音で話すことを強要しても、そこだけは曲げなかったので嘘ではないだろう。さすがに、唯一交流のないあいちゃんを友達とは言っていなかったが、そればっかりは仕方ないだろう。


「そ、そっか。それなら別にいいんだけど」


梅雨の言葉を受けて、しおらしい態度を見せる真宵。照れ臭いのか温泉のせいなのか、頬がほんのりと紅潮している。


「雨竜君は少し分かりづらいからね、基本誰にでも対応良いし」

「ユッキー相手くらいだよね、テキトーというか素で話してるのは」

「あの気の置けなさを見ちゃうと、あたしたちなんてまだまだって感じしかしないのよね」

「あはは、お兄ちゃんは雪矢さんが大好きですからね」


雨竜の恋事情を聞いておきながら、女性陣が雪矢には勝てていない現状にホッとする梅雨。少なくとも、自分の兄が今すぐ誰かと付き合うことはなさそうだ。


「梅雨ちゃんはお兄さんが心配だったのかな?」


そう優しい声色で語りかけてくれたのは、聖母のような微笑みを浮かべる美晴だった。心の内を覗かれたようで、梅雨は一瞬返答に困ってしまう。


「心配というか、高校に入っても女性の影が見えないので今はどうなのかなと思ってて」


本当は今すぐ恋人ができなくてもいいと思っているが、それを雨竜に好意を抱いている面々に伝えるのは酷なことだろう。


「残念ながら、まだまだ男友達と仲良くやってるわよ」

「男友達というか、主に廣瀬君となのかな」

「当の本人は迷惑そうっていうね」


話題の中心が、雨竜から雪矢へとシフトしていく。

一旦雨竜の状況を理解できた梅雨は、勉強合宿での使命を忘れ、今最も聞きたいことを尋ねることにした。



「雪矢さんって、学校ではどんな感じなんですか?」



それは勿論、自分の想い人たる廣瀬雪矢のことである。放課後にしか雪矢と会ったことのない梅雨にとって、学内での彼の印象にとても興味があった。雨竜から聞くこともあるが、断片的な情報が多いため、今日という陽嶺高校の生徒が集まるタイミングで改めて聞いておきたかったのだ。


「どんな感じねえ、好き放題生きてるって感じかしら?」


最初に答えたのは、1年からずっと雪矢と同じクラスの出雲だった。漠然とした表現だが、割と容易に想像がつくのがなんとなくおかしかった。


「授業には普通に遅刻するし、気付いたら何か工作してるし」

「そうそう、とにかくマイペースなんだよね! あたしもマイペースってよく言われるけど、ユッキーには勝てないと思うな」


出雲の言葉に晴華が同調する。口にはしないが、周りの面々もだいたい同じ感想だった。


だがここで、空が別の意見を展開する。


「マイペースなのは同意ですけど、すごく優しいんですよね。悩み事とかしっかり聞いてくれますし」

「確かに、時々すごく親身になってくれることがあるからびっくりするわよ。口は悪い癖にさ」

「でも、優しいって言っても絶対認めないよね」

「ユッキー照れ屋だからなぁ、そういうところは可愛いんだよね」

「可愛いは禁句ですよ、廣瀬先輩の地雷ですから」

「何言ってんの、あいつの地雷は踏み抜かれてナンボでしょ」


雨竜の話をするよりどこか饒舌に会話を重ねる女性陣。雪矢が弄りやすい相手ということもあり、思っていることがわらわらと口から出てしまう。


「そうなんですねぇ……」


次々と明らかになる雪矢の学校生活を耳にして、自然と表情が綻ぶ梅雨。今まで自分が接してきた雪矢とイメージがブレなかったのが梅雨は嬉しかった。皆が言うように、どこでも彼はマイペースなのだろう。そんな当たり前を理解できたことが、梅雨にとっては大きな収穫だった。


「あらら梅雨ちゃん、恋する乙女の顔してるわね」

「えっ、まさかユッキーにホの字なの?」


分かりやすい梅雨の表情の変化を出雲が冗談交じりで指摘すると、晴華がすぐさまそれに乗っかってきた。


2人からすれば、安直に恋バナに繋げて、どこか余裕のある年下の女子を少しからかいたかっただけだった。それ以外の意味なんて何もなかったはずなのだが、




「はい! 雪矢さんにホの字です!」




ーーーー梅雨が元気よく肯定するものだから、温かいはずの湯船の空気が完全に凍り付いてしまった。


「えっ、えっ?」


感情の起伏が激しいあいちゃんは勿論、普段から冷静沈着な美晴でさえ驚いている。


偶然打ち明けられた『青八木梅雨は廣瀬雪矢が好き』という事実に、一同は唖然とさせられていた。



「えっと、皆さん? どうかしましたか?」



そんな先輩方の心の機微など知る由もなく、急に静まり返った皆の様子を見て、当の本人は首を傾げるだけであった。

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