第62話 乙女たちの語らい5
「梅雨ちゃん!? 今の電話何!?」
「大好きって、もしかして告白!?」
言いたいことを言い終えた青八木梅雨は満足して電話を切ると、先ほどまで一緒に話していた友人である小野屋詩織と工藤まどかに慌ただしく詰め寄られていた。
「そうだよー、学校なの途中で忘れちゃってたよ」
えへへと頭を掻いてごまかす梅雨だが、声の大きさを考えていなかった梅雨に視線を送るものは少なからずいた。内容が内容なだけに、2人の友人を除いて詳細を聞いて来ようとする者はいなかったが。
「えっ、相手は誰!? 私たちが知ってる人!?」
「知ってるけど会ったことはないかなぁ」
「まさか、前に話してくれたお兄さんのお友達?」
「そうそう、まさにその人!」
「「きゃあああ!!」」
梅雨から少しずつ詳細が伝えられ、興奮してくる詩織とまどか。女子校に通っている彼女たちにとって、現実の恋愛話はとにかく新鮮で興味の対象だった。それも、学内でも美少女と名高い梅雨の話となれば尚更である。
「いつからいつから!? いつから好きになったの!?」
「そうだよ! 前はもう一人お兄さんができたみたいって言ってたじゃない!?」
「えっとね、一昨日かな? 違う違う、3日前の夜だ」
「「夜!?」」
2人の興奮は冷めることを知らず、勢いのままエスカレータを駆け上がっていく。
そんな2人を邪険に思うことはなく、梅雨は恥ずかしそうに話を進めた。
「そのね、2人には話してたけど、進路の件で相談に乗ってもらってて。口調はそっけないんだけど、すごく頼りがいがあって、わたしの欲しい言葉をいつもくれて、気付いたらその、男の人として好きになってて」
「「きゃああああ!!」」
朝に似つかわしくない奇声を上げると、詩織とまどかはもじもじと顔を赤らめる梅雨に抱きついた。
「どうしちゃったの!? ただでさえ可愛いのに、もっと可愛くなっちゃうの!?」
「恋の力!? これがいわゆる恋の力なのね!?」
「2人とも、苦しい……」
感情がフルスロットルしている2人に、残念ながら梅雨の声は届かなかった。自分以上にテンションが上がっている2人に動揺を隠せない梅雨だが、まったく嫌な気はしなかった。
「それで返事は!? なんて言われたの!?」
「返事はもらってないんだ、今もらってもフラれちゃうだけだから」
「梅雨ちゃんを振る!? とんでもない男だね!?」
「あはは、確かにとんでもない人かも」
梅雨はとんでもない想い人のことを考えながらニコニコと微笑む。その人がただの兄の友人ならば、こんな想いを抱くことは決してなかったのだから。
「ああ……梅雨ちゃんが恋する乙女の顔してる……!」
「こうして梅雨ちゃんは一歩一歩私たちの知らないことを経験していくのね」
「詩織ちゃんもまどかちゃんも大袈裟だよ、わたしはずっとこんな感じだし」
「ずっと一緒かどうかなんて分からないじゃない!?」
「そうだ……梅雨ちゃんは高校で別れちゃう……」
梅雨が陽嶺高校を受験しようと思っていることは、詩織もまどかも知っている。両親に了承を得られればその方向で話が進んでいくだろう。そして、先ほどの電話を聞く限り、それは確定的なことのように思えた。
「やだよー! 梅雨ちゃんと離れるなんて!」
「せっかくこんなに仲良くなれたのに!」
「何言ってるの、高校変わってもずっと友達だよ! 連絡取ってまた遊ぼうね」
「「梅雨ちゃーん!!」」
「わわわ!」
感極まった2人は、再度梅雨へホールドを仕掛けた。梅雨の言うとおり、行く高校が変わっても友達である事実は変わらない。詩織とまどかは、それを再認識できたことが嬉しかった。
そして再認識できた以上、進路の話は一時中断である。恋バナ大好き乙女たちは、もっと楽しそうな話に花を咲かせたいのだ。
「ところで梅雨さんや、さっきの『夜』というフレーズを回収いただいてないのですが」
「うう……やっぱりそれ気になっちゃう?」
「まさか、梅雨さんとて触れて欲しくて言ったのではないですか?」
「違うよ、口が滑っただけだよ……」
「良いではないか良いではないか、ササッと白状して楽になろうじゃないですか」
少しばかりオヤジ臭い口調になっている2人に戸惑いながらも、逃げ場がないことを悟り話を始める梅雨。
「実はその、相談に乗ってもらってたのが3日前の夜で」
「うんうん、ラインか何か?」
「えーっと、その人スマホ持ってなくて」
「はい? ということは……?」
「夜に、直接会って相談を」
「「会って!!?」」
「会うというか、わたしが待ち伏せたというか」
「「待ち伏せ!!?」」
「それでその、ワガママ言ったらお泊まりさせていただけることになり」
「「お泊まりいいいい!!?」」
「あんたたちうるさいわよ!?」
別のグループの女子から注意されるほど賑やかに話をしていた3人。メインで話す梅雨は正直照れ臭くてすぐにでも中断したかったが、詩織とまどかが瞳を輝かせているのを見てそのまま続けることにした。気軽にこんな時間を過ごすこともそのうちできなくなってしまうのだから。
「で、でででも、お泊まりって言ってもアレでしょ!? 部屋は別々ってやつでしょ!?」
「そうそう! 一緒の部屋だなんて少女漫画の世界だけだよね!?」
「…………」
「……えっ? 何その沈黙?」
「梅雨ちゃん……嘘でしょ?」
「……嘘じゃないです」
「「ひえええええ!!?」」
「もっと言うと、ベッドも一緒でした」
「「はひいいいいい!!?」」
「そ、そんなにおかしいかな?」
「おかしいよ!! そんなの実質恋人じゃん!?」
「梅雨ちゃん大丈夫!? 男はオオカミなんだよ、怖いんだよ!?」
「うん、それは大丈夫。すごく紳士的だった」
「えっ、どういうこと? 一緒のベッドで寝るのに紳士なの?」
「ああ、それはわたしから誘っちゃったから」
「「梅雨ちゃんから!!?」」
「う、うん。だって他にベッドないから床の上で寝るって言うんだもん」
「紳士だよ!? 梅雨ちゃんの想い人紳士だよ!?」
「オオカミなんて言ってごめんなさい!! むしろ梅雨ちゃんがオオカミです!」
「うう……やっぱりわたしあの時変だったんだ……」
とても止みそうにない乙女たちのガールズトークは、先生が朝礼を始めるまで騒がしく続けられていたのであった。
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