第50話 廣瀬家の会話

「お前、何やってんだ!?」


大粒の雨に打たれながらも笑みを浮かべる梅雨を見て、僕は呆気に取られながらも駆け寄った。


「ほら! これ持て!!」


強引に僕の傘を持たせて、僕はカバンに入っていた鼻血用のミニタオルを取り出す。また止まらなくなったら使ってと養護教諭から渡されたものだが、それで梅雨の頭を思い切り拭く。


「わわっ」


梅雨から情けない声が漏れるが無視、しかしミニタオルはあっと言う間に乾きを失ってしまう。くそ、これでは全然足りないじゃないか。


「梅雨、来い!」

「えっ……」


僕は梅雨の腕を取って門の中を通る。とりあえず雨を凌げる場所へ移動する、自分家があるのだから手っ取り早い。わざと家のチャイムを鳴らして、僕は玄関の扉を開けた。


「はいはいどちらさま……ってゆーくん?」


来客さま用の爽やかスマイルを浮かべて出てきた父さんは、僕とずぶ濡れになっている梅雨を見て目を丸くする。


「ゴメン父さん、バスタオル2枚ほど持ってきてくれない?」

「分かったよ、ちょっと待っててね」


何も聞かずに洗面所へUターンしてくれる父さん。しばらくすると、バスタオルを持った父さんが玄関に戻ってきてくれた。


「これ使って。お風呂も沸いてるから、ざっと水気落とせたらゆーくん案内してあげて」

「ありがとう父さん、急にこんなこと……」

「お父さんは大丈夫だから、リビングにいるから何かあったら声掛けて?」

「うん」


最後にニコッと笑みを見せると、父さんはリビングの方へと歩いて行った。ホント、父さんには全く以て頭が上がらない。


「雪矢さんのお父さん、素敵な方ですね」

「当然だ、僕の父さんだぞ。……って今はそういうのいい、僕が頭拭いてやるからお前は自分の身体拭け」


そう言って僕はバスタオルを1枚梅雨に渡してから、もう1枚のタオルで梅雨の頭を拭く。セミロングほどの髪の長さであれば、充分このタオルで対応できるだろう。


「あはは、下着までべちゃべちゃです」


梅雨は笑いながらバスタオルで身体を拭いていく。衣服が身体に張り付いているようで、中学生とは思えない凹凸がくっきりと浮き出ていた。ついでにいえば、雨の影響で水色の下着がばっちり透けている。ったく、この辺りに怪しいおじさんが出没しなくて本当に良かったよ。


玄関に水たまりを作って1分後、大体身体を拭き終えた梅雨を洗面所へ連れて行く。


「あの、さすがに悪いですよ、お風呂までお借りするのは」

「黙れ。温まって風邪引かない自信が出るまで出てくるな」


そう吐き捨てて、僕は洗面所の扉を閉める。


そしてようやく、大きく安堵の息を漏らすことができた。

とりあえず梅雨に対しての応急処置は済ませた。両親と喧嘩したようには見えないが、梅雨はそれを馬鹿正直に見せるタイプではない。風呂から上がったら話を聞くが、それをちゃんと話してくれるかどうか。


僕は梅雨が通ってきた通路をタオルで拭いてから、父さんのいるリビングへと足を運ぶ。すでに夕食の準備を終えているらしい父さんは、テレビの前のフローリングに腰を掛けていた。


「あの子、大丈夫そうだった?」

「どうかな、元気そうではあったんだけど」


家の前にいる梅雨の腕を取ったとき、びっくりするほど体温の差を感じた。いつからあそこで待っていたのかを考えると少しゾッとする。


「一応中学生の頃のゆーくんの衣服置いといたから、着替えがなくても大丈夫だと思うけど」

「何から何まで、ホント助かるよ」

「それで、あの子とゆーくんはどういう関係なのかな?」


ここまで文句一つ言わずに対応してくれた父さんが、少し嬉しそうに僕に問いかける。


「彼女は青八木梅雨といって、クラスメイトの妹なんだ」

「青八木って、去年の学園祭で燕尾服着てたあの飛びっきり格好いい子?」

「それそれ。父さんには遠く及ばないけどね」


父さんは去年の学園祭や体育祭を見に来てくれているため、1年時の僕のクラスはなんとなく知ってくれている。僕がクラスメイトの前で父さんと話すのが照れ臭いので止めて欲しいと言うと、本当に一般客のように足を運んでくれていた。僕の勇姿だけを見て満足して帰ってくれる聖人のごとき父さん、僕が満足するまで親孝行をしていくつもりだ。


「妹さん、ゆーくんとは面識あるんだよね?」

「うん、何度か兄貴交えて遊んだことはあるよ」

「そっか、今日は何の用か見当ついてる? もう遅いし、ずぶ濡れでわけありっぽく見えたんだけど」


こんな風に父さんが心配してしまうのも無理はない。僕でさえ、玄関の前の光景を見て血の気が引くのを感じたんだ。気配り上手な父さんなら尚のこと心配になるだろう。


「だいたい見当はついてるけど、お風呂から上がったら聞いてみるよ」

「それがいいよ。困り事ならしっかりお話聞いてあげなきゃね」


父さんとの会話に一区切りつくと、玄関の扉が開く音がした。それを聞いた父さんは立ち上がると、キッチンの方に向かってお味噌汁を温め始める。父さんのルーティンワークだ。


数分後、リビングのドアがゆっくりと開く。そこには、スーツに身を包んだ母さんの姿があった。


「お帰りお母さん、今夕食の準備してるから」

「ん……」


笑顔の父さんに対し、能面のように表情を動かさない母さん。相変わらず、何を考えているかさっぱり分からん。


「……お母さん? どうしたの?」


父さんの声掛けで未だにリビングにいる母さんに違和感を覚える僕。仕事から帰ってきた母さんはいつも父さんの顔を見たら、私服に着替えに部屋に戻っていく。それが今日は、父さんの方を見たまま佇んでいる。いったいどうしたことだろうか。



「靴、もう一足あった」



その言葉で合点がいった。普段とは違うのはこちらが先だった。母さんはまだ見ぬ梅雨の存在が気になっているらしい。そりゃ自分の家に知らない人間がいればそうなるわな。


「そっかゴメン、言ってなかったね。さっきゆーくんの友達が尋ねてきて、雨に降られちゃってたからお風呂を貸してるんだよ」


父さんの話を聞いて、目をパチクリさせる母さん。その後僕をちらりと見ると、「……そっ」と呟いてリビングから出て行った。


何だその反応は、言いたいことがあれば言えばいいだろうに。



「お母さん、ゆーくんが友達連れてきたって聞いて嬉しそうだったね」

「いやいや、全然そんな顔してなかったでしょ。どうでもいいって顔だったじゃん」

「照れてるんだよ、ゆーくんがお友達連れてくるの初めてだから」



いやいや、全然伝わって来ないんですが。

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