第49話 視線の先に
僕と雨竜は、緊急の用事ができたということで打上げから抜け出すことにした。雨竜が抜けてしまうためか一部女子からものすごく残念そうにされていたが、「2人で、抜け駆け……」と謎の言葉を漏らす女子たちからは温かい視線が送られた。よく分からないが勘違いされているような気がした。
ファミレスから外に出て、改めて雨の強さを理解する。季節的には夏ではあるが外は既に暗い、いろんな意味で悠長なことは言っていられない状況だ。
雨の音がうるさかったので駅まで急いで移動し、改札を抜けてから雨竜に詳しい話を聞いた。
どうやら今日、梅雨は父親に大事な話があるからと夕方頃に時間をもらっていたらしい。母親も同席し梅雨は話をしたそうだが、まったく同意が得られず怒るように家の外へ飛び出したようだ。氷雨さんは実家にいたわけではなく、心配した母親が氷雨さんの家に来ていないか連絡をしたためその事実を知ったとのこと。氷雨さんも梅雨を捜そうと一瞬思ったのだが、自分が外に出て梅雨が来たら入れ違いになるため、捜索は雨竜に頼んだというわけだ。
どうして大事になっているかというと、2時間以上帰ってこないというのもあるが、梅雨がスマホも財布も持たずに出て行ってしまっているからである。連絡を取る手段がないため、皆が皆混乱してしまっている。これ以上遅くなれば警察にも相談しなければならないかもしれない。
「電車が使えないから遠くには行けないはずなんだが、2時間も経ってたらさすがに範囲を絞れないしな」
雨竜は苦悶の表情を浮かべていた。大切な妹に危険が迫っているかもしれないのだ、気が気でなくともおかしくはない。
「ったく、父さんと話すなら話すってちゃんと俺に相談してくれれば……」
「相談って、進路のことか?」
「なんだ、聞いてたのか?」
「前にちょっとな」
「ホント、お前は梅雨に信頼されてるな」
雨竜の表情が少しだけ穏やかなものに変わる。
「そもそも、お前と会ってなきゃ進路を変えたいだなんて思ってないだろうし」
「そりゃ言い過ぎだ。思ってはいたけど、口に出せなかっただけじゃないのか。お前と梅雨はそんな感じだったって聞いてるが」
「確かに。俺も梅雨も、ずっと父さんのご機嫌取りしてたからな……」
「なら梅雨の選択は間違ってない。そりゃ話し方は間違ってたのかもしれないが、したいことを親にぶつけて間違ってるなんて話があってたまるか。僕は梅雨を応援するぞ」
「……だな、俺も梅雨の意志を尊重してやりたい」
「だったらシャキッとしろ。お前は梅雨の兄だろうが」
僕の檄が効いたのか、雨竜は面食らったような顔をしてからニコリと笑った。張り詰めていた空気がようやく解かれていくように感じた。
「……まったく、よっぽどお前の方が兄貴してるんじゃないか?」
「アホ、所詮僕は兄代わりに過ぎん。本当の兄はお前だけだ」
「ああ、その通りだ」
雨竜は思い切り自身の両頬を叩くと、全ての不安を消し去ったように目に力が宿る。そうだ、いつも通りの完璧なお前でいいんだよ。非常事態だろうと弱気になる必要はない。
「雪矢、悪いがお前の家の近くのファミレスやらコンビニやら当たってくれないか? 2時間あれば徒歩でも3駅分なんて余裕で行けるし、どこかで雨宿りしてるかもしれない」
「分かった。お前は自分家周辺から捜すのか?」
「この雨だ、遠くには行けないと思う。ってこれなら姉さんにも捜してもらった方が良かったかもしれないな」
「こんな時間に捜してもらうのは悪いだろ、あんな綺麗な人に何かあったらどうするんだ」
「おっ、今日はとことん優しさを見せるな。心変わりしたか?」
うん、いつも通りのコイツがいいと思ったのは僕だが、いつも通りのコイツはうざったいな。
「とりあえず俺の連絡先教えとくから見つけたら連絡……ってお前から俺にかける手段がないのか」
「父さんからスマホ借りるから問題ない。家に着いたらワン切りするから、お前が見つけたら連絡しろ」
「了解だ」
僕は雨竜から番号を聞いてそれをメモする。ちょうど終わったタイミングで、雨竜の最寄り駅に到着した。
「雪矢、悪いが頼んだぞ」
「ああ」
電車の扉が開くや否や、雨竜はとんでもないスピードで駆けていく。冷静にはなったものの、少しでも早く梅雨を見つけ出したいという気持ちは変わらないだろう。僕だって一緒だ。
まずは途中でファミレスやコンビニに寄らず真っ直ぐ帰る。荷物もあるし、父さんからスマホを借りなきゃいけない。捜索は準備を整えてから、明日は休みだしとことん付き合ってやるつもりだ。うん、確かに僕は優しいな。知ってはいたが。
7分後、最寄りの駅に着いた僕はすぐに改札を抜け、急いで自宅へと戻る。駅周りの商店街には一部アーケードになっている部分がある、ここらに待機している可能性は充分にある。
ビニールに当たる雨の音が騒がしい。こんな中外をずっと移動しているとは思えない。梅雨は案外青八木家から離れていないかもしれないな、それなら一応雨竜の家方面に向かいながら捜すことにするか。
そんなことを考えながら歩く。今はまだ捜索モードではない。捜索モードに入る前の帰宅時間。雨音に煩わしさを感じながらひたすら歩くだけの退屈な時間。
――――だから僕は、家の門の前に座っている1つの影に気付くのに遅れてしまった。
「……はっ?」
――――置物かと思った。父さんが母さんの命令か何かで、唐突に家の門に置物でも置いたのかと思った。そうでなければ、こんなひどい雨の中人が座っているはずがない。
僕の視線の先に居るのが、制服姿の女子であるはずがない。
慌てて近付いていくと、置物が僕の存在に気付いたように動く。そして立ち上がると、まるで雨などこの世に存在していないように、張り付いた衣服を気にする様子もなく明るい笑顔を見せた。
「こんばんは雪矢さん、約束通り遊びにきましたよ!」
そこにいたのは、絶賛捜索願が出されている青八木梅雨だった。
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