第43話 球技大会16
「「おおおおおおおおお!!」」
「「きゃあああああああ!!」」
野太い声と甲高い声が同時に上がる。仕方あるまい、ここにいる人間のどれほどがダンクシュートを生で見たことがあるのやら。僕だって興奮で身震いしたというのだ、馬鹿みたいに盛り上げてくれなければ困る。
「ひでえパスだな、思い切りボールをすくい上げるハメになったぞ」
シュートを決めた雨竜は、すぐさま僕の方へ駆け寄り文句を言ってきた。
「うるさい。久々にボール触ったのに文句言うな。ディフェンス躱した方を賞賛しやがれ」
「確かに、ナイス切り替えだったな」
そう言って雨竜は、こちらに向けて拳を突き出してきた。
素直に応じるのは嫌だったが僕は今気分がいい、雨竜の拳に僕の拳を合わせた。グータッチというやつだ。
「残り3点、逆転するぞ」
「当たり前だ」
「「きゃあああああああああああ!!!」」
「おわっ!」
シュートが決まってしばらく経った後なのに、謎の歓声が沸き上がった。
なんだなんだ、まさか今のグータッチだけで女子たちは声を上げたのか。まったく、恐るべしだな青八木雨竜。
気を取り直して僕らはディフェンスに戻ることにした。先ほどの僕のカット、偶然扱いされていれば攻め方は変えてこないはずだがどうするか。
……ん?
Cクラスのボール運びをマークする僕だが、何かを警戒しているのかやけに目線が左右に散っていた。そのせいで、その場でのドリブルが雑になっているように思える。
チラリと後ろを向くと、ダンクシュートの熱に感化されたのか、味方がCクラスの生徒をしつこくマークしていた。成る程、彼はパスコースに困っていたというわけか。だから周りにばかり気を取られ、集中できていない。
――――よし、ならボール奪うか。
「あっ!?」
僕はボール運び君がボールを突いた瞬間に前方へ飛び出し、そのボールをスティールした。あんまり僕をナメるなよ、反復横跳びだけは雨竜にも負けてないんだからな。
僕は前に弾いたボールを掴んでそのままドリブルに移行する。このままぶっちぎってシュートまで持ち込みたかったが、僕のドリブルスピードじゃそれは無理、あっさりボール運び君に並走されてしまう。
速攻は諦めてセットオフェンスからやり直すか、マークされたままシュートを決められるほど僕の技量は高くない。無理矢理レイアップに持ち込んでもブロックされるのがオチだ。それなら雨竜と連携して丁寧に攻撃を進めた方がいい。
……待て、もしかしてイケるか?
僕は左から寄せてくるボール運び君にスティールされないよう、右手で直進する。
まもなくゴール下、僕はレイアップの体勢になって跳躍とともに右手を上に上げた。
「させるか!」
当然ボール運び君もジャンプして防いでくる。このままシュートを撃っても彼の右手に弾かれてボールをロスしてしまうだろう。
だから僕は、ボールをゴールへは向けなかった。そのまま正面のボードにボールをぶつけ、後方に向かうよう跳ね返す。
この目で確認したわけじゃない、ドリブル中にそんな余裕はなかった。
でも僕は確信していた。シュートが得意じゃない僕を孤立させるわけがない。必ず僕のフォローへ入ろうと、雨竜が着いてきているはず。
というかこの状況で着いてきてなかったらぶっ飛ばすぞこら。
「――――ナイスボードパス!」
シュートの勢いで前方に流されつつも後ろを見ると、雨竜がボードで高く跳ね返ったボールに向けて跳躍していた。軽くボールに触り、ボールはリングの中へ吸い込まれていく。
タップシュート、空中を自在に舞える雨竜はそれを容易にやってのけた。
何度目か分からない生徒たちの歓声。試合はどう見てもBクラスのペースで進んでいた。
「何だよ、ダンクじゃないのか」
「アホか、そんな疲れること何度もするわけねえだろ」
「ふざけるな、お前はもっと観客を楽しませることを考えろ」
「だったらいろんなシュートを見せた方が楽しいだろ」
「……一理あるな」
「って話してる場合じゃねえ!」
点を取った直後、ボール運び君は下がりきっていないチームメイトへすぐさまパスを出した。僕と雨竜もすぐさま自陣のコートへ戻るが時既に遅し。向こうの速攻が決まり点差は3点に戻ってしまう。
しまった。普段はゾーンを組んでるから速攻は警戒してなかったけど、こっちの速攻でCクラスは下がりきっていなかった。そこを狙ってすかさず速攻返しとは抜け目のない連中だ。
「雪矢、お前が話しかけてきたせいで点取られたじゃねえか」
「ああ? 試合中に何度も声掛けてきたのお前だろ?」
「俺から始まった会話で点取られてませーん」
「ぐぬぬ……」
コイツ、前半はあれほどしんどそうな顔してたくせに随分後半は余裕じゃねえか。相分かった、そういうことなら吐きそうになるまでマーク外しに尽力してもらうからな。
僕らは浜岡にボールを渡し、攻撃を開始する。残り時間約4分、バスケであればいくらでも逆転できる。
だが、フロントコートに入ったところでCクラスのディフェンスに変化が起きた。
「もう好きにはさせねえぞ」
雨竜をマークしていた1人が、僕のマークに変わっていた。どうやら後半7点分の起点が僕だと悟り、自由にさせない方針にしたらしい。
――――僕は今度こそ頬が緩むのを止めることができなかった。
「馬鹿だな、それは一番やっちゃいけないことだろう」
「何?」
雨竜へのマークが2人から1人、その危険性をどうして理解してないのか。
マークが2人居ても雨竜はなんとか引き剥がしてフリーになっていたが、その分切り返しや動きで体力を食う。例え雨竜でもそのキツさから逃れることはできない。2人に挟まれると動きが格段に制限される上、服を引っ張るなどクレバーなプレイも片方の選手を目隠しにして行うことができる。だからこそ前半、雨竜の得点を2点に抑えられたのだ。
それがなくなればどうなるか、痛い目を見ないと分からないというなら刮目しろ。
「浜岡!」
雨竜は3ポイントラインに沿って右側に駆け出すと、瞬時に切り返し、マーカーを置き去りにして浜岡の方へ身を寄せてボールをもらった。
その勢いのままトライアングルのトップを左から抜き去り、ゾーンが接近してくる前に急停止してジャンプ。身体が横に流れているにも関わらず、放たれたボールはリングの内側をぐるぐる回り、やがて落ちていった。
「ははは」
思わず笑い声が出てしまう。人間、恐ろしいものを見るとまず笑ってしまうと言うのはあながち間違っていないようだ。
「ナイス引きつけ!」
「なんだそりゃ、僕は何もしてないだろ」
「アホか、お前にマークいかなきゃあんな自由に動けなかったっての」
「あんな自由に動けるのはお前だけだけどな」
そう言って今度は雨竜とハイタッチを交わす。
そして鳴り響く女子の歓声。分かった分かった、ハイタッチする雨竜が格好いいのは分かったから静かにしてくれ。
気持ちを切り替えてディフェンスをすると、Cクラスの面々が苦悶の表情を浮かべているのが分かった。しょうがない、8点あった貯金があっと言う間に1点しかなくなったのだ。お通夜ムードになっても仕方ない。
だが、彼らは彼らで負けるつもりはなさそうだ。
ボール運び君が1度右にフェイントを入れてから僕を左から抜こうとする。
そんなに易々通すつもりはなかったが、Cクラスの選手が真横に居て僕は動けなかった。しまった、スクリーンか。
落ち着け、焦る必要はない。正面から突破するのは雨竜が居るから無理だ。彼らから見て右に流れたということは最後のシュートは左から行うはず。先ほどのようにわざとフリーにさせてカットすればいい。
作戦通り、雨竜は右からの攻撃に分かりやすく釣られてくれている。
それが通用していると判断したCクラスは、小刻みなパスで逆サイドへボールを持っていく。
「よし!」
僕はなんとかボールに触れることができた。キャッチはできなかったが前にこぼれるボールを取ればマイボール、逆転に向けて攻撃を開始できる。
僕は中腰のままボールを取ろうとした瞬間、それは起きた。
「取らすか!」
ボール受け取ろうしたCクラス側の選手がボールを確保しようと接近してくる。お互いにボールを掴んだのはほぼ同時だった。
「うらああ!!」
相手が僕からボールを奪取しようと腕を捻ったとき、僕は鼻の辺りに鈍い痛みが走った。
「っ!」
僕は思わずボールから手を放し、鼻を押さえながらその場に座り込む。
「雪矢!?」
密集している故のアクシデント。お互いが全力でプレイしている故の事故。
相手の肘が勢いよく僕の鼻に当たり、鼻血が止まらなくなっていた。
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