第33話 乙女たちの語らい3
雪矢が雨竜と一緒に第二体育館を離れた後、残された5人の少女たちも各々動き始めた。
「っと、そろそろ私たちも試合ね」
第二試合目である御園出雲と桐田朱里は、準備を始めるチームメイトの元へ向かおうとする。
「ミハちゃん、ユッキーと約束してたの?」
だが、神代晴華の質問を耳にして足を止めた。2人とも少なからず気になっていた内容だった。
『すまん月影美晴、一緒にサボれなくなった。了承しといて悪いが』
先ほど廣瀬雪矢が月影美晴に言っていた言葉。周りに人が居るというのに、恥ずかしげもなく放たれた謝罪の言葉。つまるところ、2人が一緒に居たのは偶然ではないということである。
朱里はサボり仲間として一緒に居ると雪矢の口から聞いていたが、その経緯自体は2人から聞いていない。迷いなく質問した晴華に感謝をしながら、美晴の返答に聞き耳を立てていた。
「そうだよ、4人で昼ご飯食べたときあったでしょ?」
「あっ、あたしが先に教室に戻っちゃったときか」
「そうそう、晴華ちゃんと別れた後でね。雪矢君、球技大会サボるって言ってたから」
「成る程、確かにミハちゃん球技大会はちょっと退屈だもんね」
美晴の事情を知る晴華は、その説明で雪矢との約束の件をあっさり納得した。参加できない退屈な球技大会に、参加する気のない生徒と一緒に過ごす。まったくおかしいことではなかった。
「……それだけ?」
しかしながら、名取真宵はそれを聞いても引かなかった。腕を組みながら、ニコニコ微笑む美晴の真意を測るように真っ直ぐ彼女を見つめた。
「それだけとは?」
「そのままの意味だけど? 言わないと分からない?」
「うん、できれば教えて欲しいんだけど」
少々威圧的な雰囲気にも、美晴はまったく意に介さず返答する。
その様子に若干のいらつきを覚えながら、真宵は美晴へ補足した。
「何の下心もなく、廣瀬を誘ったのかって訊いてるのよ」
雪矢の周りに居る女子は、青八木雨竜を好いている者である。少なくとも、真宵はそういう認識だった。今日話した朱里も雪矢に相談していると言っていたし、それより長い付き合いである美晴ならば当然雪矢に相談しているだろう。真宵にとって蘭童空同様に脅威なのは目の前の女だと本能が言っていた。
だからこそ今、真宵は強引に質問を投げている。静かに儚げに笑っている学年の人気者は、自分の脅威なり得るのか。それを知りたくて彼女の奥底へ突っ込んでいったつもりだったが、
「そりゃ下心だよ。雪矢君は友達だし、一緒に居たら楽しいし」
その鉄仮面を崩すことは敵わなかった。動揺する気配さえなく、笑顔のまま真宵の質問に返すだけである。
「……まったく、あんたはホント何考えてるか分からないわ」
程なくして真宵は大きな溜息をつく。
この様子では、雨竜への恋心を隠しているのかそうでないのか分からなかった。雪矢と一緒に居る以上前者の確率が高いはずなのだが、美晴の表情からそれを読み取ることはできなかった。
まあいい。真宵は切り替えることにした。
そもそも恋愛とは個人の勝負、他人がどこまで進んでいるのか気にするくらいなら自分がもっと前に進めるよう励んだ方がいい。そっちの方が分かりやすい。
「で、サボり仲間が居なくなったわけだけど、あんたどうするの?」
「どうするって?」
「2人を追いかけなくていいわけ?」
これはただの疑問。雪矢は相手ができなくなったと言っていたが、試合に出ないというスタンスは変わっていない。ならば一緒にいてもそれほど迷惑をかけることはないし、雨竜と接触できる機会も増える。ついていった方が良さそうに思えるが、
「私は桐田さんたちの応援をするよ、同じチームだしベンチに居なきゃね」
これまた当たり障りのない回答がきて、真宵はいい加減頭が痛くなってきた。この女と腹の探り合いをしても碌なことがない。心の底からそう思った。
「そう、じゃああたしは行くから」
これ以上ここに居るメリットはない。
場に居る4人にそう言って離れようとしたところで、
「真宵ちゃん」
今度は美晴が真宵に声を掛けた。
口元は穏やかに綻んでいるのに、目の奥底は笑っているように見えなかった。真宵にも分からない、強い意志を秘めているように思えた。
「私のこと、あんまり気にしなくても大丈夫だと思うよ。真宵ちゃんが何を心配してるか分からないけど」
「っ!」
それは高みの見物か、強者の余裕か、美晴に心の奥を見透かされているようで真宵は急に恥ずかしくなった。
そして反省する、余計なことを言うべきではなかったと。運動ができないことを除けば、この女には弱点は存在しない。下手に言い合ってダメージを負うのはこちらである。
「そっ、助言ありがとね」
真宵はわざと素っ気なく言い返し、その場を後にする。
切り替えろ切り替えろ、これが一番正しい判断だ。
「ちょっとマヨねえ待ってよ!」
第二体育館から出て行こうとすると、晴華が手を上げながら追いかけてきた。先ほど自分たちを負かした相手とは思えない程のフレンドリーぶりである。
「何よ?」
「次の試合までお互い暇でしょ? 一緒に居ようよ!」
美晴とは異なる子どものように無邪気な笑み。この整った美貌でそんな顔をされれば男子など一溜まりもないだろう。その幼さとは対照的な胸元がまた男子の心を揺さぶるのである、とんでもない悪魔だ。
真宵は再度大きな溜息をついた。この女と居てしっかり休憩できるのかかなり不安を覚えた。
「……別にいいけど、あんたの意見は聞かないわよ」
「うんうん、それでオッケー! やったー、マヨねえと一緒!」
「……うるさ」
もう既にこの女と一緒に居ることを却下したい気持ちになってきた真宵。
だが、晴華の脳天気な声に侵食されてか、いつの間にか先ほどまで頭を悩ませていた美晴の件は少しずつ薄れていくのであった。
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