第28話 球技大会3
月影美晴を見た時も思ったが、体操服姿を見るのは新鮮で妙に心躍るものがある。通気性の良さそうな白のTシャツに藍色のハーフパンツ、シンプルが故の良さというものが滲みだしているように思える。
「久しぶりだな、どうしたんだ?」
およそ10日振りに話した桐田朱里は、僕と月影美晴を交互に見ていた。なんとなく落ち着かない様子が窺える。
「えっと、私たち2試合目なんだけど、チームで集まってたから月影さんにも声かけようかと思って」
「私たち?」
「月影さんと私、同じチームだから」
「ああ」
そういえば、桐田朱里と月影美晴は同じクラスだったな。試合には出ないが同じチームということで声を掛けたのか、そういうことなら月影美晴がそっちを優先しても僕は構わないのだが。
「それなら大丈夫。私は雪矢君と一緒に居るから」
だが月影美晴は、いつものように笑みを浮かべて桐田朱里にそう言い切る。
「いいのかよ、チームで集まらなくても」
「どっちみち試合には出られないからね、気を遣われるのはちょっと嫌かな」
「ふーん、まあお前がそれでいいならいいけど」
月影美晴は試合に出られない。本人曰く肺を患っており、激しい運動すると呼吸困難になり、下手をすると命にかかわるらしい。いつか彼女に笑いながらそんな説明を受けたことがある。日常生活にはそれほど支障はないらしいが、こういうスポーツの催しは当然参加することはできない。
だからこそわざわざチームの輪に入って場を乱すようなことはしたくないのだろう。どれだけその場で皆と仲良くできようが、チームの役割を果たすことはできないのだから。
「だとさ。チームのみんなにそう伝えて来いよ」
「で、でも……」
「さっきも言ったけど私は大丈夫だから。ゴメンね、わざわざここまで来てもらって」
「そ、そうじゃなくて……」
「ん?」
月影美晴の返答を聞いても、桐田朱里はなかなか動き出そうとしなかった。その場で手をまごつかせ足首をぐるぐる回している。準備体操だろうか。
「あ、あの!」
しばらく目線のやり場に困っていた桐田朱里は、ついに覚悟を決めたように僕ら2人を見た。
「わ、私も! 一緒にお話ししていいですか!?」
言い終えると同時に、頬が少しずつ上気していく桐田朱里。どうやら彼女は、そんな簡単なことを言うのに何十秒も考え込んでたらしい。意味が分からん。
「僕は別にいいが、どうした急に?」
「えっと、その…………月影さんと仲良くなりたいと思って! 同じクラスだけどあんまりお話ししたことないし!」
「成る程、そう言ってるけど?」
「だったら私は断る理由ないけど、桐田さんはチームに戻らなくていいの?」
「大丈夫大丈夫! 試合時間になるまでお話ししてるだけだし! じゃあ私、一旦断ってくるね!」
一瞬にして表情が明るくなった桐田朱里は、先程まで足踏みしていたのが嘘のようにすぐさまステージを降りていった。何だろう、会う度に桐田朱里に対する僕のイメージが変わっていくんだが。感情の発火点が本当に分からん奴だな。
「桐田朱里とはあんまり話さないのか?」
「そうだね、お互い1年のときのクラスメートと話すことが多いから」
そう言われるとそういうものかもしれない。僕も雨竜以外の人間とはほとんど話さないしな、まったく不本意ではあるが。
「お待たせしました!」
約1分後、何故だか呼吸が乱れている桐田朱里が再びステージの上に上がってくる。落ち着け、何をそんなに慌てることがあるんだ。
「で、どうすればいいんでしょう?」
「座ればいいだろ、目の前に立たれたら居心地悪いし」
「そ、そうですよね!」
そう言ってゆっくりこちらに向かってきた桐田朱里が、時間が止まったように静止する。今度はどうしたのかと思いきや、目線が大きく左右に動いていた。ちょうど僕の左側と月影美晴の右側である。
「どど、どうすれば……?」
桐田朱里が何かを呟くが、小さくて聞き取れない。とにかく何かに困っていることは見て取れるが、いつから彼女はこんなにもリアクション豊かになったのだろう。
「……えい!」
ロボットのようにたどたどしい挙動をしていた桐田朱里だが、小さな声と共に僕の隣に腰を掛けた。
あれ、コイツは確か月影美晴と仲良くなりたかったんじゃないのか。なんでこっち側に座ったんだ。
……いや、今はそれほど仲が良いわけじゃないから考えた末遠慮したのか。だから師匠である僕の隣に座ったというわけだな、しょうがない弟子だなまったく。
「改めて、こんにちは桐田さん。仲良くなりたいって言われて嬉しいよ」
「こ、ここ、こちらこそ! いつも綺麗だなと影ながら思ってました!」
精神状態不安定な桐田朱里に鎮静剤のごとく優しい笑みを浮かべる月影美晴。さすがのフォロー対応だが、桐田朱里がストーカーみたいなこと言ってて僕は呆れ返る。以前茶道室前で話してたときもそうだが、コイツは慌てるとよく分からないことを口走っている気がする。
「雪矢君とはどんな風に知り合ったの?」
僕が間にいるからか、共通の話題と言うことで月影美晴は話を振る。
「え、えっと、それは……」
桐田朱里は分かりやすく狼狽える。
そりゃそうだ、雨竜にラブレターを渡して欲しくて声をかけたなんてなかなか言えないだろう。雨竜への好意が他人に伝わってしまうのだから。
……ってあれ? そういえば月影美晴って、桐田朱里が僕に恋愛相談してることを知ってたよな。だったらどんな風に知り合ったかなんて想像に難くないと思うんだが、なんでわざわざ質問したんだ。
「あっゴメン、答えづらかったかな?」
「そんなことは、ない、つもりなんですが……」
「じゃあ質問変えていいかな?」
「あっはい、どうぞどうぞ」
そう言って月影美晴は、質問を流せてホッとしている桐田朱里に新たな質問を投げた。
「桐田さんって、雪矢君のことが好きなのかな?」
「は、はいいいい!!?」
一瞬にして茹で上がった桐田朱里とは対照的に、呆れてものも言えなくなる僕。
さてはコイツ、桐田朱里がからかえる対象か探っているな? 僕に恋愛相談している人間が僕のことを好きなわけがないだろ。そんなこと分かっていながら質問しているのだから月影美晴も嫌な奴である。しかし桐田朱里も随分いい反応をするな、それだと月影美晴の思うつぼだぞ。
「あのな、コイツには別に好きな奴がいるんだ。その件で相談に乗ったときに知り合った。他に聞きたいことはあるか?」
そういうわけで師匠として桐田朱里のフォローに入る。雨竜の名前を伏せるという配慮つきだ。動揺したコイツが何を言い出すか分かったものじゃないからな、話をややこしくしないための最善の手段である。
「ふーん、そうだったらいいけどね」
何だか楽しげに呟く月影美晴。全てを悟っているような仙人の目が僕を捉えるが、完全に知らんぷり。
はあ、やっぱり何考えてるかよく分からんなコイツに関しては。
「びびびびっくりしたぁ……!」
桐田さん、あなたはもう少し自分を隠しなさい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます