第27話 球技大会2

気を取り直して、僕は一応周りの目を気にしつつ、第一体育館から渡り廊下へと移動した。


屋根に弾ける雨の音がやかましく響き渡る。今日も雨は随分気合いが入っているようだ。


「雪矢君って雨好き?」

「嫌いじゃないぞ」

「それはどうして?」

「雨の日にしか見つけられない発見があるからだ。天気が悪いからって家に引っ込んでたら勿体ない」

「成る程、雪矢君らしい考え方だね」

「そういうお前はどうなんだよ?」

「あんまり好きじゃないよ、少しでも濡れて身体冷やしたら風邪引いちゃいそうだし」

「……笑って言うことじゃないと思うけどな」


月影美晴のトレードマークを聞かれたら、この学校の人間ならだいたい『微笑み』と答えるだろう。そう思うくらいに、月影美晴は表情をほとんど崩さない。大人っぽく儚さを感じさせる笑顔こそ彼女の武器であり、魅力であった。


20メートルほどの渡り廊下を歩くと、第一体育館より外装がしっかりとした建物の入り口が近付いてきた。第二体育館である。

第二体育館は新校舎同様、陽嶺高校の生徒数増加に伴い増設された体育館である。竣工したのは10年ほど前で、第一体育館に比べれば中も外も随分新しい。構造自体は第一体育館とそれほど変わらないが、空調機器やステージの演出など設備が整っており、こちらで部活をする権利を得たバレー部や卓球部はさぞお喜びであろう。こちらのステージを演劇部が使えていないのは、ダンス部に場所を取られているからである。まあ毎年どちらの体育館を利用するかは決められるようだし、来年はどうなるか分からないようだが。


中に入ると、女子生徒がいっぱい居た。当たり前のことだが、真っ先にそう思った。いつもとは異なる匂いが立ちこめているようで、なんとなくこの場に居てはいけない気分になってくる。


「ステージの上で座ってよっか?」

「まあそうだな」


当然僕の心境など月影美晴に届くことはなく、横に付帯する階段からステージの上に上がっていく。僕もそれに続いていき、月影美晴の隣に腰を下ろした。さすがはステージ、座っていても体育館内の様子が見渡せる。


男子のようにステージ横にあるタイムスケジュールを確認すると、ある者は指定されているコートへ向かい、ある者は友人と一緒に第一体育館の方へ戻っていく。なんだあいつら、先生方に質問でもあるのか。


そう思って、今日はほとんど自由時間のようなものであることを思い出した。彼女たちは自分たちが第一試合でないことを知り、男子の試合を見に行くことにしたのだろう。同じクラスの応援なのか、僕の隣の席のイケメン君の応援なのかは定かではないが。


「お前は、雨竜の試合とか観に行かなくていいのか?」


相変わらず練習されたように隙のない笑みで体育館を見つめる月影美晴。今を自由時間というなら、雨竜の試合を見に行くのも1つの選択肢である。


「大丈夫だよ、去年いっぱい見たし。応援したからって好感度が上がるわけでもないし」


確かに、月影美晴の言い分は一理ある。雨竜のために全力で応援したところで実際は何も響かないだろう、下手したら応援されていることに気付いていないかもしれないのだから。鈍感を通り越して無感である。


とはいったものの、好きな相手ならその頑張っている姿を見たくなるものじゃないのだろうか。しかも今回も球技はバスケ、雨竜のビッグプレイが見られるチャンスだと僕は思う。それでも第一体育館へ向かおうとしないのだから、月影美晴はかなり淡泊だ。雨竜とは相性が良さそうだが、このままだと雨竜に存在を忘れられそうだ。


「でも、雨竜に会いたいって思うだろ?」

「応援は会うというより見るって感じだもの。それより雪矢君と居た方が雨竜君に会えると思わない?」

「…………」


返答したくないが、それも同意できる部分が多くあった。今回僕は無駄なくサボるため、雨竜と同じチームで登録されている。他のクラスメートの顔はよく覚えていないし、何かの理由があって僕を捜すとしたら間違いなく雨竜だろう。月影美晴の予想は当たるような気がしている。それがホントに嫌なわけだが。


「だからまったり過ごそうよ、女子の試合でも見ながら」

「確かにいいな、女子の肢体を見るのは」

「一字違うだけでとんでもないことになったね」

「日本語って恐ろしいな」

「雪矢君が恐ろしいんだけどね」


何とも不名誉な物言いに納得がいかない僕。いいじゃないか女子の肢体、結果は二の次女子の試合。


やばいやばい、テンションが上がって韻を刻んでしまった。ラッパーとしての才を発揮してしまったんじゃないだろうか。



「…………こんにちは、でいいのかな?」



ステージを背に月影美晴と語らっていると、そこに現われた一人の女子の影。どこかおどおどしながら、不安げに瞳を揺らしている。



桐田朱里が、少し気まずげに声をかけてきた。

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