第21話 サプライズ
「いやあ、助かった助かった」
「助かったじゃねえよ、何が起きたらああいう状況になるんだ」
しばらく様子を見ていた僕だが、女子の方が引き下がる様子を見せなかったので助け船として登場することとなった。
僕を見つけた雨竜がしめたと言わんばかりに女子に耳打ちをすると、女子は少し呆然とした様子を浮かべてからあっさりと去って行った。さっきまでの勢いはいったい何だったのだろうかと疑うほどである。
「暇だったから花の水やりをしてたんだけどな、道路の方で助けを求める声が聞こえてよ。外出たらさっきの子が居て、コンタクト落としたから探してくれって頼まれたんだ。そんなの無理だと思ってたんだがあっさり見つけられてな、コンタクトはめて俺を見た瞬間にああなった」
「よくもまあ1つの物語が始まりそうな展開に遭遇できるな、僕は目から鱗だよ」
「そうか? こういう経験って誰にでもないか?」
ねえよ。よしんば制服女子を助けることがあっても、一目惚れされるなんておとぎ話でしかあり得ないっての。そんな経験誰にでもあったら世の中はもっと平和な世界になってるだろうな。
「てかお前、僕が来なかったらどうするつもりだったんだよ?」
「そうだな、最悪ストーカー認定して110だな」
ひでえ。仮にも好意を向けてきた相手をあっさり警察へ突き出すのか。まあコイツの場合はストーカーを受けるのが日常みたいな人生を送っているからな、いろんな意味で警察とは仲良しなのかもしれない。イケメンはいいことばかりではない、立派な教訓である。
雨竜と一緒に青八木家に戻ってくると、氷雨さんが両腕を組みながら、
「遅かったじゃない、何かあったの?」
「雨竜が女子に告られてたから対処してた」
「えっ、お兄ちゃん道ばたで告白されてたの?」
予想外の状況に妹が若干引いていた。分かる分かる、僕もその現場を見た時は目が点になったし。
「何他人事みたいに言ってるんだ、お前だって最近一目惚れされたって言ってただろ?」
「わたしは駅のホームで待ってたときだもん、お兄ちゃんと全然違うし」
兄妹の言い合いを聞きながら、恐ろしき青八木のDNAと思う僕。コイツらの話からすれば、告白されるなんて日常茶飯事なんだろうな。全く以て羨ましくないが。
「はいはい、そんな不幸自慢はどうでもいいから」
しかしここで、氷雨さんが両手を叩いて2人の言い合いを中断させる。
それにしても不幸自慢か、この兄弟にとって告白を受けることは嬉しいことではないんだな。告白を受けすぎて感覚が狂っているのかもしれない、好意を全否定するなんてさすがに哀しすぎるからな。
「それより雨竜、ユキ君に要望の件は伝えたんでしょうね?」
「伝えたよ、雪矢なりに準備してたけど」
「あら、なら早速見せてもらおうかしら」
ここでついに、昨日雨竜から聞かされていた要望を叶えるタイミングがやってきた。
僕は雨竜に持っておいてもらったスーパー袋からあるものを取り出して氷雨さんに渡した。
「半年遅れですが、お誕生日おめでとうございます」
「あらあら、こんなに遅れてでも渡したいなんて殊勝な心がけねえ~」
氷雨さんは、ニヤニヤしながら僕の渡したものに目を通す。
良く言うよ、僕が何かしら渡さなきゃずっと言い続けるつもりだったくせに。そりゃ殊勝にもなりますわ。
「……で、これらは何かしら?」
氷雨さんは、少しばかり怪訝そうに僕へ視線を移した。無理もない、僕が渡したのは装飾もされてないコンビニで売っているお菓子なのだから。
ただし、ものについては勿論氷雨さんに合わせて選別した。
「氷雨さんに楽しんでいただけるお菓子を買ってきました、ご自由にお使いください」
僕は笑顔で堂々と言った。
買ってきたのは、3コのうち1コがとても酸っぱいガムが入っている駄菓子と、カカオ99%のチョコレート、そして口の中に入れるとパチパチする粒が入ったキャンディである。
これらをチョイスした理由は、単純に味以外の要素でも楽しめるからだ。ガムなら3人で食べて誰が当たりを引いたか当てっこしてもいいし、チョコレートはその苦みから罰ゲームに食べることにしてもいい。氷雨さんなら、こういったエンタメ性のあるものの方が気にいってくれるはずだ。
まあ本音を言うと、考える時間とお金がなかったのでこれで許してくれという感じだが。
「成る程ね、急造感ありありなのが透けて見えるけど下手に高価なもの買われるよりもよっぽど嬉しいわ。ユキ君ありがとう」
しばらく僕とお菓子を吟味するように見ていた氷雨さんだったが、やがて嬉しそうにお礼を述べてくれた。隣に立つ雨竜がホッとしたように息を漏らすが、僕も顔に出さないだけでそんな気分だった。お礼を言われて喜びより安堵が増すなんて失礼極まりないが、氷雨さんを怒らせないことが最優先事項なので仕方ない。最も敵に回してはいけない人物である。
「それとユキ君、もう1つ要望を出してたと思うんだけど」
僕のお菓子にご満悦な氷雨さんだが、だからといってもう1つの要望をスルーしてくれるわけではない。ニコニコした瞳から『当然準備してるわよね』的な圧が伝わってくる。
2つ目に関しては完全に勘、雨竜から裏を取ったわけでもない。
だが氷雨さんのことだ、今日呼んだことに意味があると信じて僕は雨竜からスーパー袋をぶんどる。
そして、買っていたクラッカーを勢いのまま思い切り鳴らした。
――――僕と氷雨さんのやり取りを楽しげに眺めていた梅雨に向けて。
「梅雨、誕生日おめでとう…………で合ってたか?」
堂々と言うつもりが結局ひよって語尾が弱くなる僕。ここで間違ってたら恥ずかしいどころの騒ぎじゃないししょうがない部分はあるが。
「あ、合ってますけど、えっ、えっ? わたし雪矢さんに誕生日ってお伝えしてましたっけ……?」
穏やかに微笑んでいた梅雨が状況を把握できていないように慌て始める。良かった良かった、梅雨の誕生日っていうのは合ってたのか。なら氷雨さんの要望はこれで間違いないだろう。
氷雨さんの要望に心当たりがなかったこと、誕生日をやけに念押ししてたこと、梅雨も僕が来るのを楽しみにしていたこと、それで『梅雨の誕生日も祝え』ってことなのかと思っていたが、どうやら正解を引けたようだ。
予想外だったのは、梅雨が僕から祝われることをまったく知らなかったということだが。
「言っとくけど私も雨竜も梅雨の誕生日は知らせてないからね、ユキ君が自分でそう思って行動したんだから」
「余計なこと言わないでくださいよ、氷雨さんから要望云々言われてなきゃ考えもしなかったんですから」
「でもそれだけで梅雨の誕生日だと思ったんでしょ、愛がなきゃ成せない業だわ」
「はいはい、もう勝手に言っててください」
氷雨さんの弁を受け流して、梅雨の前へと立つ僕。そして彼女にコンビニで購入したショートケーキとチョコレートケーキが一緒に入ったものをスプーンと一緒に手渡した。
「安物で悪いが勘弁してくれ、僕もまだ金欠なんだ」
まだ名取真宵から臨時収入をいただいていない僕の財布はきつきつである。2人にプレゼントを買って今度こそすっからかんになってしまった。
美味しいケーキなんて食べ慣れている梅雨にコンビニ製のものを渡すのは少し抵抗があったが、これ以外に渡すものが思い付かなかったのだ。味の評価はともかく、甘いものということで喜んでくれればと思っていたが、
「え、えへへ……やだ、どうしよ、嬉しすぎてにやけちゃう、えへへ……」
僕の不安を消し飛ばすがごとく、梅雨はずっと頬を綻ばせていた。あまりにだらしなさ過ぎて、こっちが照れ臭くなるレベルだった。安物のケーキでここまで喜んでくれるなんて、チョロすぎて心配になってくるのだが。
「ねえねえ雨竜、今朝私たちが祝ったときより嬉しそうなんだけど」
「そりゃサプライズが効いてるし仕方ないでしょ」
「ホントにそれだけ~? 私の可愛い梅雨がお姉ちゃん離れしたってことはない?」
「それはあり得ないって。なあ、梅雨は姉さんが大好きだよな?」
「雪矢さん……誕生日……プレゼント……えっへへ……」
「ダメだ姉さん、完全に自分の世界に入ってる」
「負けた…………15年間の私の思いがこんなぽっと出のシャバ僧に……」
そして気付いたら、氷雨さんが床に両手両膝をつけて項垂れていた。いつもの威厳は完全に消え失せ、悲壮感だけがこの上なく漂っている。
あの、ぽっと出のシャバ僧ってフレーズが聞こえた気がするんですが、まさか僕のことじゃないですよね。
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