第17話 2度目の
「どうした? 何か思うところがあるのか?」
どうして桐田朱里の表情に影が差したのか分からなかった。
そりゃ僕相手のように気楽に話すことはできなくとも男子に対する耐性は付けられたと思ったのだが違ったのだろうか。
「不安なところがあれば言ってくれ、今日は最後まで付き合ってやるから」
だからこそ僕は言葉を投げかける。言ってくれれば対策を立てられるかもしれないし、最悪雨竜に根回しすることもできる。あいつが受けるかは別として。
「ううん、そうじゃなくてね」
桐田朱里は1度窓の方を見つめてから、僕の方へ視線を戻す。
「多分、青八木君と出かけても前ほどは緊張したり逃げたりはしないと思う」
「それならいいじゃないか、どこに問題があるんだ?」
思った以上に強気な発言を聞けて安心したのだが、ますます意味が分からなくなった。
桐田朱里は一体何に戸惑っているのだろうか。
その答えを、桐田朱里は少し間を開けてから言った。
「今日のデートが、楽しかったからかな」
桐田朱里の頬に、ほんのり赤みが差した。照明の明るさではない、確かに彼女の顔色が変化した。
「楽しかったんだ、すっごく。始めはそこまででもなかったのに無意識のうちに楽しんでた」
「いいことじゃないのかそれは、問題とは思えないが」
「ううん、大問題。青八木君とのデートを成功させるためには、ここまで楽しんじゃいけなかった」
ちゃんと話を聞いているはずなのに、内容がまったく頭に入ってこなかった。
桐田朱里の言っていることが分からなかった。わざと難しく伝わらないように言っているとさえ思えた。
「だから私、廣瀬君に謝らなくちゃいけなくて」
そう言って座ったまま頭を下げる桐田朱里。
ちょっと待て、嫌な予感しかしない。僕の頬に汗が滴る。
――――これは、シュリちゃんを見せたときと同じ……!
「ごめんなさい。休日まで付き合ってもらって申し訳ないけど、青八木君とのデートは見直したいと思います」
何が何やら分からぬまま、桐田朱里は意外にも明るい表情で僕にそう告げるのであった。
―*―
「おっす、月曜の朝から荒んでるな」
翌日。机の上に頭だけ乗せて固まっていると、隣から爽やかなイケメンっぽい声が聞こえてきた。
「日曜日はどうだった? 上手くいかなかったのだけは分かるけどな」
「……貴様のせいだ」
朝から挑発的な雨竜の質問に僕の怒りゲージが最高点に上がる。
立ち上がって僕は雨竜に詰め寄った。
「お前の言うとおりにしたのに全然ダメだったじゃないか! お前ホントに神に選ばれた子どもなのかよ!?」
「そんな怒られ方したの初めてだよ」
「聞け、僕の話を。昨日からずっと考えているがどこが悪かったかさっぱり分からん」
「相変わらず人にものを頼む態度じゃないな」
「お前が悪いんだから聞くのは義務だ」
「まあいいけど、話してみ」
そして僕は、ざっくり昨日のデートの内容を雨竜に伝えた。
初めこそ茶々を入れてきた雨竜だったが、全てを聞き終えると少し考えてからボソリと口に出した。
「……おかしい」
おっ、さすがは全人類が認める恋愛強者。問題点をすぐ見つけてくれたか。
「雪矢がまともにデートしてるなんて、お前話盛ったろ?」
ダメだコイツ、使えない。こんなに好かれてるのに彼女ができない恋愛弱者に聞いたのが間違いだった。
「まあ冗談は置いといて、真面目におかしいところはないと思うけどな」
「だよな!? 桐田朱里の頭がおかしいんだよな!?」
「どう考えてもお前の方がおかしいぞ?」
「お前はどっちの味方なんだよ!?」
「お前の相手をさせられてる可哀想な人の味方だな」
なんで僕の相手が可哀想で確定なんだよ、少なくとも今回の件は桐田朱里がおかしいって話じゃないのか。
「って、お前と話してるとすぐ脱線するな。とりあえず雪矢視点はいいや、桐田さんは何か言ってなかったか?」
「言ってない。たまに僕を師と思わないツッコミはあったが会話の一部に過ぎないしな」
「本当か、さすがに何かあると思うんだけどな」
「本当だ、何なら楽しかったって何回も言われたぞ。これは悪いことじゃないだろ?」
「楽しかった……」
何気なく発した言葉に、雨竜は考え込むように口を閉ざした。
いやいや、そこは別に気にしなくてもいいだろ。前向きな発言だし言及することなんて何もないはずだ。
「……成る程な」
しかし雨竜は、得心したと言わんばかりの笑みを見せた。えっ何、本当に分かったの?
「そういうことなら仕方ないかもな」
「1人で納得するな、僕に落ち度があるなら言え」
「お前に落ち度はないよ、強いて挙げるとするならば」
そう言って雨竜は、僕の肩に手を置いて憎たらしいほど満面の笑みを浮かべた。
「お前、頑張り過ぎちゃったな」
「はっ?」
桐田朱里といい雨竜といい、どうして分かりやすくものを語ってくれないのか。発言と現状が僕の中で一致していないというのに。
「確かに、熱が入ったときのお前の根性は凄まじいからな。それがデートで発揮されたとなると、こういうことになってもおかしくないか」
「だから1人で納得するな、もっと分かりやすく馬鹿にも分かるように言え」
「よう馬鹿」
「僕は馬鹿じゃない!」
「なんだ、自己紹介じゃなかったのか、悪い悪い」
こんな悪びれていない謝罪は初めてだ。後で鳩尾に一発いいのを入れてやる。もちろん不意打ちでだ。
「まあお前には教えてやらないけどな。俺が間違ってるかもしれないし、当たってたとしても俺から言うことじゃないと思うし」
「ふざけるな、じゃあ誰に聞けばいいんだ。桐田朱里は濁すばかりで何も言ってくれなかったぞ」
「本人に聞いちゃったのかよ」
「そりゃ聞くだろ、こっちの目的に関わってくるんだから」
「なら桐田さんも整理したいんだろうな、本当に俺のこと好きだったなら戸惑ってるだろうし」
「好きだったってなんだ、あいつはお前が好きだから僕のデートに応じたんだろ?」
そう言うと、雨竜は一瞬言葉を詰まらせた。
そして、あからさまに溜息をつく。
「まあいいか、俺が首を突っ込む問題じゃないし」
「いやいや、お前の問題だから僕が困ってるんじゃないか。結局桐田朱里は何を考えてるんだよ?」
「だから教えられないって」
「ならせめて1つだけ答えろ、これ以上桐田朱里の援護をしても意味がないのか?」
僕が聞きたいのはここだった。
雨竜と付き合ってもらうために動いていたのに桐田朱里からはあの発言。
何やら彼女の気持ちを理解しているようだし、雨竜なら何か答えてくれると踏んだのだが、
「俺の気持ちはともかく、桐田さん的には不要なんじゃないか」
その答えを聞き、僕はその場に崩れ散ってしまう。
嘘だよな、あんなに頑張ってきて何もないまま終わり? そんな終わりあり?
何より桐田朱里は、雨竜が一緒に遊んでもいいと思った人間、このまま進めば必ず僕の目的が達成されると思っていたのに。
「まあいつも通りだな、お疲れさん」
爽やかスマイルの雨竜の言葉で完全に僕は息絶えた。
どうしてこうなった。
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