第12話 確認
「廣瀬雪矢!」
朝礼が終わると、ほんのりと頬を赤らめた御園出雲が僕に声を掛けてきた。
何だろう、また僕を媒介としたウザ絡みだろうか。雨竜に話を振って困らせてやろうか。
「ちょっと、いいかしら?」
と思ったのだが、御園出雲は微妙に視線を外しながら親指で教室の外を差した。
場所を指定するとは珍しい、雨竜に聴かれたくないことなのかもしれない。
コイツの言うとおりにするのは少し癪だったが、普段とは違う行動に対する好奇心が勝ってしまう。
「一限まで時間ないぞ?」
「わ、分かってる。すぐ済む、と思う」
どうも煮え切らない言い方をして、御園出雲は教室の外へ出る。
その不審な姿に疑問を覚えながらも、僕は彼女の後を着いていった。
「……さっきの何?」
時間がないためか、廊下に出て早々本題を切り出す御園出雲。先ほどより頬の色が赤くなっている。
「さっきのって何だ?」
「いやその、青八木君とデートとかいうの……」
「ああそれか」
そういえばコイツだけ混乱したように佇んでいたな。分からないことがあればすぐに相手に訊く精神は褒めてやらんでもない。
「言葉通りの意味だ、あいつと僕とでデートする」
「っ!」
それを聞くや否や、御園出雲は顔を真っ赤にして狼狽える。周りに人がいないのを確認すると、右手を口元に添えながら顔を近づけてきた。てか近い近い、どうした急に。
「その、あの、あなたって青八木君が好きだったの?」
「はあ?」
どこかしおらしい様子を見せたかと思いきや、意味不明過ぎることを言われてしまう。
反論しようとしたが、御園出雲は止まらない。
「おかしいとは思ってたの、あなたたちいつも一緒にいるし。それだけ長い時間過ごしたら心が動いてしまう気持ちも分からなくもない、青八木君素敵だものね」
「いや、その」
「とはいえ意外だったというか、まさかあなたまで青八木君が好きだったなんて。しかも青八木君はデートの誘いをオーケーしてたし。どうしよう、私は朱里に何て説明したらいいのかしら」
マシンガンだった。コロコロと表情を変えながら心境を語る姿は、普段仏頂面を見慣れている僕からすれば新鮮なものだった。
だが、うん。何と言えばいいか。鬱陶しいなコイツ。
僕は言葉が途切れたタイミングで御園出雲の頭に手刀を下ろした。
「いった!!?」
「とりあえず落ち着け、時間がなくなるだろうが」
頭を抑えて涙目になる御園出雲に、僕は端的に説明することにした。
男慣れさせるために、桐田朱里とデートの約束したこと。
デートのいろはを教わるために、雨竜とのデートを取り付けたこと。
あいつがデートをしたことがあるかは知らないが、女の扱いは上手くこなす。参考にできる部分はあるはずだ。
「………………」
僕の説明を受けた御園出雲は、朧げな表情で遠くを見つめていた。心ここにあらずというか、それとも頭がパンクしているというか。
難しいことを言ったつもりはないのだが。
「……しょう」
「はっ?」
小声で何かを呟いたかと思うと、先程とは対照的に御園出雲は怒りの感情を示していた。
「どれだけ紛らわしい言い方してるのよ!! 他にいくらでも言い方があったでしょう!?」
廊下中に響き渡るような声。遠慮がなさすぎて、教室内にも届いているような気がする。ここで話している意味がないな。
「紛らわしいも何も伝えた通りだろ、僕は雨竜とデートしたかったんだから」
「あなたの意図が分からなきゃ青八木君に好意があるようにしか見えなかったわよ!」
「桐田朱里の恋心に配慮した結果だぞ、むしろ褒めてもらいたいくらいなんだが」
「そりゃ朱里のことを大っぴらにされちゃ困るけど……あなたって頭がいいのか悪いのか分からないわね」
御園出雲は額に手を当てると大きく溜息をついた。
最近僕の周りで溜息をつく人間が多いのだが、とても失礼であることを理解してほしい。まるで僕が悪いみたいじゃないか。
「まあいいわ、青八木君が同性に興味があるってことじゃないみたいだし。それより朱里とデートするならあんまり困らせないようにしなさいよ、すぐ逃げ出すわよ?」
「それをやめさせるためのデートなんだが」
「ふふ、あなたの思惑通りいくといいわね」
そう言うと、御園出雲は踵を返して教室へ戻ろうとする。
「ちょっと待て」
その背中を僕は引き止めた。
1つだけ、訊きたいことがあった。
振り返って「何?」と言う御園出雲に僕は言った。
「……本当にいいのか?」
不意を突かれたように、御園出雲の瞳が揺れる。
僕の言葉の意味を正しく理解したと解釈する。
御園出雲は、青八木雨竜に好意を抱いている。
それを知っている人間はおそらく、僕以外にはいない。無意味にちょっかいをかけられる僕だからこそ、それに気づくことができた。
だがコイツは、桐田朱里の恋を応援している。真剣に友人の恋の成就を願っているのだ。
そこに僕は、矛盾が生じているように感じられた。
「いいに決まってるでしょ、友だちが幸せになるのよ?」
「そういう意味で言ってないってのは分かってるよな?」
「……そうよ、それも踏まえていいって言ってるの」
御園出雲は目線を下ろすと、どこか自虐的な笑みを浮かべた。
雨竜に対する気持ちを否定することはなかった。
「結局私、何もしてないわけだし、今更どうなりたいなんて言えない。自分に自信もないし、ハレハレたち見てたら余計にね」
ハレハレというのは、僕たちの学年にいる美人2人を差している。どちらも名前に『晴』という字が入っているため、仲のいい人間はそう呼んでいるようだ。見た目や性格が両極端なため、どちら派であるか男どもの中で話題になることが多い。低俗だが、そういう噂が2人の価値を意図せず高めているのだろう。
だから周りは、彼女たちと比較して一喜一憂してしまう。御園出雲もその1人、肝心なところで一歩踏み出せないでいる。
はあ、これだから臆病者は困る。
そんなに人の評価が大事なら、僕がはっきり告げてやろうではないか。
「僕はお前がアイツらに劣ってると思ったことはない」
「えっ?」
驚いたように顔を上げる御園出雲。
とても理解しているように思えなかったので、もう一度言ってやる。
「僕はお前が綺麗だと思うぞ?」
瞬間、御園出雲の時間が止まった。分かりやすく硬直すると、しばらくしてゆでダコのように顔を紅潮させる。
「な、な、何急に!? 私をからかってるの!?」
「事実を述べたまでだ。僕が嘘偽りを言うと思うか?」
そう言うと、急に恥ずかしくなったのか御園出雲が視線を逸らす。どういう反応をすればいいか困ってるようだ。
面白いから放置してやりたいところだが時間がない。
僕は結論を告げることにした。
「まあ決めるのはお前だから追及はしないが、容姿で諦めるのだけは許さん。逆の意味でお前にそんな資格はない。だから変に悩むくらいならやり切って後悔しろ、話はそれだけだ」
僕の思いを伝えると、御園出雲から照れは消え、真っ直ぐ僕を見据えていた。
そして、張り詰めていた空気を解くように優しく微笑んだ。
「……そうね。朱里が振られちゃったら考えようかしら」
前向きな物言い。多少他人本位なところはあるが、彼女なりに決心はしたようだ。
しかしながら、非常に解せない点がある。
「おいおい、僕がついていて振られるわけないだろう」
友だちを立てたいという思いも分からなくはないが、そんな悠長なことを言っているようでは桐田朱里が勝利を掴み取るだけである。
だが御園出雲は目を丸くすると、口元に手を当てて破顔した。
「それはおかしいわね、あなたの言うことが正しいとすると青八木君に彼女がいるはずなんだけど」
「ぐ、ぐぬぬ……」
この女、過去の出来事を持ち出しやがった。
そりゃ確かに昔相談に来た女たちはすべからく玉砕しているが、僕の方針を無視して勝手に散ってしまっているのだ。一体どうしろと言うのだ。
僕が御園出雲の軽口に返答できずにいると、彼女は嬉しそうに振り返って軽く手を挙げた。
「まあいいけど、ちゃんと朱里のために頑張ってよね」
「頑張るのは僕のためだ、勘違いするな」
「はいはい」
宥める口調で僕を諭すと、御園出雲は今度こそ教室の中へと戻っていく。
ポツンと1人残され、僕の中の怒りの炎がメラメラと湧き上がる。
あの女め、許さんぞ。僕のことを馬鹿にしやがって、その代償は高くつくことを教えてやらんとな。
せいぜい桐田朱里の躍進ぶりに心を悩ませることだ、はっはっは。
僕は改めて、今週末のデートに向けて作戦を練り直すのであった。
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