第二十二章 花火大会の涙

七十四話 あんなことになるなんて…


「お母さん、帯はこれでいい?」


「よし上出来。着崩れないように気をつけるのよ。いつもの歩幅で歩いたら、すぐに着崩れして見られたもんじゃないからね」


「うん」


「あ、でも菜都実も着付けできるから、そこで直してもらいなさい? 言っておくから」


「意外。菜都実さん、何でもできるんだね」


「高校のとき二人して茜音に教わったの。ガサツに見えて菜都実は何でもできるよ」


 浴衣を着るなんて何年振りだろう。


 これも千佳ちゃんとふたりで見に行く時に約束をして買ったんだっけ。中学生のお小遣いを何ヶ月か貯めて買えるほどだったけれど、メインは夜だし目立たないって笑いながら。


 そう、あの頃はまだ私も笑えていたんだ……。


「よし、少しきつめにしてあるけど最初は我慢しなさい。歩いているうちに馴染んでくるから」


 帯の後ろ側を見てもらって、最後に髪をまとめて浴衣と合わせた朝顔の飾りをつける。


「今日は先生のお家で待ち合わせ?」


「ううん。菜都実さんのお店。その前の海岸で観るといいって菜都実さんが教えてくれたの」


「なるほどね。あそこは私たちの時代から穴場だからねぇ。砂場を歩くときには鼻緒に気をつけるのよ」


「じゃぁいってきます」


「いってらっしゃい」


 玄関を送り出してもらうとき、お母さんの顔が少し歪んだことを、その時の私は気付いていなかった。




 先生と一緒に花火を観ようと約束したのは、お店に花火大会のポスターが届いたときからだった。


 日曜日で先生も授業はお休みだったし、菜都実さんはもちろん理由を聞く前からオーケーだった。


 でも心配だったので聞いてみると、その日は二人のお子さんたちも帰ってきて出店を手伝ってくれるとのことで私の出番を埋めてくれた。


 本当の花火会場はもう少し離れた場所になる。それでも海上に浮かぶ台船からの打ち上げだから遠くからでも見えるし、かえって少し離れている方が音も適度になって、見物人もそれぞれ思い思いの場所で観ることが出来ると教えてもらえて、この場所に決めた。


 昔……。そうだね、それこそ小学生の時には会場から一番近くの公園に連れていってもらって観たこともあったけど、最近はこうやって少し離れて観ることの方が多かった。


 どうしても会場に近くなるほど人の数も多くなるから、人混みが苦手な私にはその方が都合が良かったんだよ。


「先生、お待たせしました」


 先に着いていた先生が待っていてくれた。お店の下の駐車場スペースに屋台のような臨時のカウンターを作っていた菜都実さんと話しながら待っていてくれた。


「結花ちゃん! やっぱ美人よねぇ。はいこれ、二人で食べて」


 飲み物や焼きそばなど、お祭りの屋台メニューが入った袋を渡してくれる。同時に私の浴衣の帯を調整してくれた。お母さんの言ったとおり、何でもできて頼れる菜都実さん。


 私もこんなふうに誰かに頼ってもらえるようになりたいって……。


 でも、私じゃ頼りなさすぎるかもな……。


「結花ちゃん? 帯きつすぎた?」


「い、いえ。大丈夫です。お店、本当にいいんですか……?」


「いいの。楽しんでおいで。看板娘がいないのはちょっと華がないけどさ。二人の時間を邪魔するわけにいかないじゃない?」


 菜都実さんは「おまけ」とウインクをしながら最後に割り箸に巻きつけた綿あめを渡してくれた。


「ありがとうございます」


 それをありがたく受け取って、先生が待ってくれている防波堤の階段まで急いだ。

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