第十八章 人生の先生だもの

五十九話 自分の魅力を自覚していない?


 翌朝、俺は隣の部屋の窓を開ける音で目を覚ました。


 外はまだ完全に夜が明けていないが、今日も空は澄み切っている。


 俺もバルコニーへ出ると、結花が干していた洗濯物を取り込んで、朝の風に当たるように座っていた。


「おはよう」


「おはようございます。今日もお天気良さそうですね」


「そうだな。まだ忙しいか?」


「大丈夫です。ドアは開いてますよ」


 窓辺のテーブルで作業をしているようだったので、彼女の言葉に甘えて隣の部屋に移動した。


「すみません、朝からお騒がせしてしまいました。もうすぐ終わります」


 アイロン台に乗せてあったのは、昨日彼女が着ていたワンピースだ。


 確かに夜の間に乾燥できると言っていたから、こういう服でも洗濯が出来るのかと感心していた。


 立体になっている襟の部分などを自らアイロン掛けで仕上げられるとはそれなりの技術が必要だ。


「見事な手さばきだな」


「退院してお家で療養していた頃、両親の分も洗濯は私の役目でしたから。クリーニング屋さんとも仲良くなって、アイロンがけとか染み抜きとか、いろいろ教えてもらったりしたんですよ」


 こう話しながらも、彼女の手は止まっていない。


 考えてみれば、結花が家事をしているところを直接見たことはなかった。


 先月の弁当も彼女が一人で作っているのだし、履いている靴はプライベートも仕事用も関係なくいつもピカピカに磨いてある。


 目の前のアイロン掛けの仕草を見るだけでも家事スキルは相当高いはずだ。


「そのうちに、先生のお家のシャツとかのお洗濯に行きますね」


 アイロンを置いて、ワンピースをハンガーに吊しクローゼットにしまった。


「これは、明日また着て帰ります。すごく可愛くて、本当にお気に入りなんですよ」


「そうか、それだけ気に入ってくれればこっちも嬉しい」


 今日も結花はワンピースだ。白い半袖ブラウスとマリンブルーのスカートが一体になっていて、襟もとにスカートと同じ色でリボンが結んである。先ほどのと比べると、カジュアル寄りの一着だ。


「なんかお店の制服みたいだな」


「言われてみればそうですね。これも色違いでもう一着買い足したので、今のが使えなくなったらこれを使うかもしれません……。でも、こちらは買っていただいたものですし……」


「結花が喜んで着てくれるなら、好きに使ってくれよ」


「ありがとうございます」




 時計を見ると朝食の時間まであと三十分ほどになった。


「少し散歩していくか」


「はい!」


 トートバッグに財布と薬用リップなどの小物を入れて後ろをついてくる結花。



 今日は髪の毛を白いリボンでポニーテールにしていて、見た目は本物の現役高校生としても通用しそうだ。


 海辺に下りてしまうと時間がかかるので、プールサイドと中庭を散歩する。


「昨日は悪かったな」


「いいえ! 私の方が謝らなくちゃいけないんです」


「それなのに、原田の大切なものをもらってしまった。後悔してないか?」


「ファーストキスですよね。随分遅くなっちゃいましたけど、このときのために取って置いたんです。だから後悔は全然ありません。お部屋に帰ってから改めてドキドキしちゃいました」


 真っ赤な顔で頷く結花は本当に初々しく見えた。


「あの当時に今の結花を知ったら、あの学年の何人が争奪戦を繰り広げただろうな?」


「そうなんですか? こんな私で……ですか?」


 いろんな経緯があったとはいえ、自覚していないというのは恐ろしい。


 ひとつ確実に言えるのは、同学年では彼女を射止めることはほぼ不可能だろう。


 ただし、そんな状況の中で彼女を拾い上げるとしたら、教師としての立場を利用せざるを得なかったはずだ。


 果たして当時の原田がそれに納得してくれるかは……、考えたくもない。これは惚れた者の弱みでもあるのだから……。

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