五十一話 水着と日焼けと髪の毛と…
一体先生はどんなプランで今回の旅行を組んでくれたのだろう。
学校での旅行って、部屋に荷物を運ぶのは基本は本人だよね。
それなのに、今日は車寄せで荷物と私を降ろした時からドアマンさんが付いてくれて、チェックインからお部屋の案内まで全部至れり尽くせり。
「こちらの二部屋でご案内です。お一人様ずつですが、コネクトルームにしてありますので、中での行き来は自由にご利用ください」
きっと、先生が私たちの少々訳ありの状況も話してくれていたのだろう。
もともとリゾートホテルだから基本はツイン。それをシングルユースで二部屋というのは贅沢な使い方だった。これがきっと一番お金がかかっただろうな……。
「鍵は開けておきます。着替えてるかもしれませんので、ノックはしてくださいね」
それぞれの部屋に荷物を入れてくれたドアマンさんが扉を閉めて出て行ったあと、プールに行こうと二人で決めていた。
「そんな無防備で、酒に酔ったら寝込みを襲うかも知れないぞ?」
「大丈夫です。今は『先生』ですし。それに……、そうなったら、それでも……」
「おいおい。順番は守るって言ったぞ?」
逆に慌てて顔が赤い先生。分かっているよ。そんなところもきっといつかねと思う。
お互いの部屋で水着に着替える。
本当は、今日のためにセパレートかビキニを選んでもいいかとも思ったんだ……。
でも、結局ワンピースを選んでしまった私。
コンコンとノックの音がした。
「はーい。もう用意できます!」
薄いキュロットスカートに、Tシャツとパーカーをあわせて、私は扉を開けた。
「原田って、日焼けは大丈夫なのか?」
ひとしきりプールでビーチボールや水を掛け合って遊んだあと、やはり真っ青な海が目の前にあるのに行かない理由はないと、ビーチへの階段を下りた。
地元の横須賀の灰色の浜辺とは違って、珊瑚の欠片が細かくなった真っ白い砂だから、転ぶと怪我するぞと先生も笑う。
シュノーケルを借りて海の中をのぞいてみたり、バナナボートに跨がってジェットスキーで引っ張ってもらったり。
きっと、一昨年の私を知っている人が居たら別人だと思うだろう。
「疲れましたぁ!」
海辺に設置してあるパラソル下のテーブルにフルーツジュースを置いてくれた。
「今年発売された日焼け止めが肌に合うので、それ以来ヘビーユースです。でもこれだけ日差しが強いので焼けちゃってるとは思います」
まだヒリヒリしたりはないので、大きなダメージはなさそうだけど、あとでしっかりケアしておかないといけない感覚はある。
時計を見ると、もう四時半を回っている。そうか、七月で地元より西だから陽が沈むのが遅いんだ。
「お腹、すいたな」
「そうですね」
クラスの他の女子がいたら、こんな会話を先生とするなんてとても出来ない。
あの当時、私は学級委員という肩書きで、気が休まるときは無かったからから。
一度、部屋に戻ってシャワーを浴びて朝からの服に戻した。
部屋のドライヤーで髪をほぐしながら乾かしていく。
これだけの長髪を維持する手入れはもちろん手間がかかる。でもこれは先生との約束。
あの手術で髪を切ったとき、私の頭を撫でながら先生は言ってくれた。また綺麗な髪を見せてくれって。
だから、薬の影響も最小限だったのは幸運で、私は再びあの二年生の最初の長さまで髪を伸ばした。
それが私の完全復活の印だとでも言うように。
あの日の水族館で、約束の言葉に隠されていた本当の意味を教えてくれた先生。
そうだよね。治療とリハビリをしていた当時の私に「生きるんだ」とイルミネーションの中で言い聞かせてくれたのも覚えているよ。
治療中の当時「生きていてくれ」と直接言われても、自信もなくて素直に頷くことは出来なかったと思う。
髪だったら、他の人が聞いていても色々な解釈ができるもんね。
あの日の水族館で私の髪を朝から何度も確かめるように触っていた。約束を忘れていないんだと嬉しかったのを覚えていたよ。
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