五十話 私たちの夏休み
あの日の夜、私が先生から交際を申し込まれ、私も返事をしたことをきちんと両親に報告した。
年の離れた私たち。元々は「先生と生徒」だった私たちだからこそ、こういったことで隠し事はしたくなかったから。
きっとそれを両親は予想していたんだと思う。
「おめでとう」って二人とも笑顔で喜んでくれた。
お母さんなんか「今度から仕事帰りにデートしてきてもいいよ」だって。
でもね、私は先生が言うとおり、まだ十八歳には違いないし、見た目も同い年に比べれば幼い。それが元で先生に迷惑をかけることは絶対にしたくない。これまでと同じく、お仕事を終えてから二人で真っすぐ私の家の玄関先までの帰り道は変えなかった。
先生の素早い手配もあって、私と先生は海の日をスタートに、一足早い三日間の夏休みに入った。
金曜日の祝日と土日だから、来週から始まる夏期講習に穴を空けなくて済むって。
土曜日の授業は他の日に振り替えるか、お休みにするかを生徒さんに選んでもらったそう。
個人指導クラスだから、調整は楽だと言ってくれた。
那覇の空港に着いて、先生が車を借りる。
学校の修学旅行の時は大きなバスで、毎回人数を数えて報告するのは私の役目だったよ。
でも今回は先生と二人きり。手をつないでいればそれでいい。
私のリクエストで、当時もっとゆっくり回りたかった首里城を好きなだけ見させてもらってから、お昼過ぎにホテルに向けて出発した。
「すみません、長居しすぎましたね」
「今日の予定はもう無いから全く問題ない。水着は持ってきたか?」
「えぇ、持ち物の中にしっかり書いてありましたし。でも当時のスクール水着ではありませんよ?」
団体旅行ではないから、あの濃紺の水着では逆に目立っちゃうよ……。
「当たり前だ。さすがにそれは勘弁してくれ」
「えー、でも、前にそんな話してましたよね? でも私は見学が多かったので、あの水着は新品と大差ありません」
学校の最後の日に持ち帰ったジャージにも同じことを思ったっけ。
ジャージならまだ他に使い道があるけれど、水着はさすがにそうも行かない。
「それじゃぁもったいない。まだ十八歳だろ? 高校生と言ってプールで着ていても問題はないな」
「それって、もしかして先生の趣味ですか?」
「どうだろうな、結花の想像に任せるとしよう」
「あー、先生逃げましたぁ! でも……、本当にご希望なら考えますよ? 水着もジャージも制服も全部クローゼットに私が片付けましたから」
「ば、バカ言うな。さすがにそんなこと言えるか!」
「先生、実は言いたかったんですね?」
先生の顔が赤くなってる。もし、本当に頼まれたら……、きっと着替えちゃうかもしれない。
「まったく……。これで学級委員だったのか本当に?」
こういう他愛もない会話が楽しい。
前回の修学旅行の時には、私はただ黙って車窓の外を見ていた気がする。
途中のレストランで、二人とも大きなハンバーガーを頼んで、笑いながら思い切り口を開けてかぶりついた。
「結花、覚えてるか? 小早川ってやつ」
「はい。小早川さんいつも試験で成績よかったですよね。なんだか、勝手にライバル視されたのを覚えてます」
「そんなあいつが修学旅行の時に言ったんだぞ。『パイナップルの木ってどこにあるんですか?』とな。唖然としちまったが」
「そんな話だったんですか? 全然気づかなかったです」
窓の外には、そのパイナップルの畑が広がっている。
勘違いしているヤシの実と違って木の上じゃない。畑にひとつひとつ株があって、そこに実ったものを収穫するのだけど。なかなか本物を見る機会ってないもんね。
「勉強の点数が良くても、常識が伴っていないんじゃ話にならん。コメントに困ってな。しかし教えてやらないのもまずいから実物を見せることにした」
「それでバスの中が大笑いだったんですね」
「そうだ。でも俺は内心、初日から疲れて元気の無かった結花の方が心配だったがな」
確か、トイレ休憩をした道の駅で先生が株から切り落としていないものを買ってきて、目的地までに見せてくれたんだっけ。
「学校の旅行はずっと苦手でした。迷惑をかけないように精一杯で、余計に疲れちゃって」
「そうか、あのときも一人部屋にしたんだよな」
二年二組は女子の数が奇数だったので、部屋割りをしたときに、彼女は進んで一人部屋を志願してきた記憶が蘇ってくる。
「気楽でしたけどね。早朝の散歩にも出られましたから」
「あれはそういう時間だったのか」
「きっと、この期間中にもしていると思いますよ」
「俺も、結花がこんなに喋るなんて、あのときは知らなかったもんなぁ」
先生も楽しそう。
今回も私という生徒の引率者という肩書は表向きにあるけれど、実態は初めて二人だけのお泊り旅行だもの。
「うるさかったら言ってくださいね?」
「それは大丈夫だ。安全運転で行かないとな」
前回の車内とは正反対。
ずっと会話をしながらの道はあっという間に感じて、私たちは目的地のホテルに到着した。
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