第十六章 二人きりの卒業旅行
四十九話 「卒業旅行」に行こう!
あの水族館の約束から一ヵ月後、先生と私は沖縄への飛行機に乗ることになった。
「よくお休み取れましたね。それにお部屋も。高かったんだと思いますけど」
「金額は大したことじゃない。それに、今年は偶然だ。おかげで有給休暇を使う必要がなかったからな」
笑っている先生。でも、独身一人旅ってコースではないし、私には最後まで旅行代を言わなかった。
「ちぃちゃんに聞いたんですけど、卒業旅行は任意ですから、そのときに集金があったはずですよ。さすがに無料ってことはなかったと思います」
「まったく佐伯の奴は……。結花の気持ちはありがたい。その気持ちはありがたいんだが……、今回だけそこは目をつぶっていてくれないか?」
「分かりました。現地でのお食事代とかは私にもちゃんと教えて下さいね」
「分かった。それは頼むこともあるだろう」
早朝の羽田空港でこんなやり取りをしている恋人同士なんてそうそういるものじゃないよね。
私にとって人生が変わったあのデートから一週間。
いつもどおりのお夕食でお店に来てくれた先生は、私に薄い冊子を渡してくれた。
「原田、この日程空けておけよ?」
「はい? もう出来ちゃったんですか?」
手にした冊子には、『卒業旅行のしおり』とタイトル打ちがしてある。
「あの年の表紙原稿だそうだ。中身は全然違うがな」
本当に中身が違うどころじゃなかった。もともと卒業旅行は修学旅行と違って、思い出づくりのレクリエーションとしての色が濃いから、どうしてもテーマパークや観光地になってしまいがちだけど。
「こんなにスケジュールいっぱいで大変ですよ?」
「よく見て見ろ。時間が書いてないだろ。飛行機以外。それに、予定は未定だ」
見た目はもっともらしくびっしり書いてあるけれど、中身のタイムスケジュールを見ると、先生の言ったとおり、飛行機の時間以外は空白になっている。
つまり、あの修学旅行のコースを時間制限なく好きにチョイスしていいという意味だって。
「もぉ、焦りましたよぉ」
「なぁに? 二人で楽しそうに話しちゃって」
菜都実さんがビールのおかわりを持ってきてくれた。
「菜都実さん、七月の海の日から三日間、原田を借ります。『諸々の事情』で卒業旅行に連れて行けなかったんで」
「そっかぁ。行っておいで。あたしたちもいろいろやったなぁ」
『諸々の事情』ってのに菜都実さんは大笑いして、「もちろん、お店の事なんか気にせずに楽しんでおいで」と即答だった。
七月二十一日から二泊三日で、私がもう一度行きたいと言った沖縄への旅行。
その話を仕事が終わって両親に話してみると、当然というくらいに、こちらも二つ返事で許しが出た。
いつまでも幼い子供じゃないし、私がいつか羽ばたいて巣立ちをするための練習と思ってくれていると後で教えてくれた。
そのとき「同行者が小島先生という条件だし、二人がお付き合いを始めたというのも当然影響したからね」と、お母さんはウインクして笑っていた。
そして、その地で私たちは当時やり残したことだけでなく、学校の修学旅行では考えることもできない体験をすることになったんだよ。
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