四十八話 一人じゃない。並んだ足跡を…
水族館を出てから駐車場までの間、海岸の砂浜に降りてみた。
雨のあとだから、砂が湿っていて二人並んで歩いた足跡がくっきり残る。
「その靴で大丈夫か?」
二人で足元を見る。今日の私はシングルストラップの白い靴だから、激しい動きをすると砂が入ってしまうし、歩くだけでも靴や靴下が汚れてしまうかもって心配してくれる。
「大丈夫ですよ。汚れたら拭けばいいですし、靴下は洗えばいいんです。私、柔らかい布スニーカーとか、こんなタイプの靴が多いんです」
「ほう?」
「高いヒールが苦手なのと、足の形が細いらしくてストラップのサポートがない大人用のパンプスだとすぐに脱げてしまうんです。子どもっぽいですけど、こういうのが楽で。なんか小学生の入学式みたいですけどね」
「そう言われればそうだな」
突然、先生は後ろから私を包み込むように両側から腕を回してくれた。
「
「……っ……、はい。もう、一人じゃありません……」
うそ……、苗字でもフルネームでもない。
結花って名前だけで呼んでくれた。胸がいっぱいで、これ以上言葉が出ない。
「沖縄でな……。あの青い海と白い浜で、あんな寂しそうな目をした結花を絶対に守らなくちゃいけないと思った。それなのに……、結果的に俺は結花を守れなかったんだ。本当に情けない」
きっと、宿泊したホテルのビーチで、朝早く一人座って海を見ていたときだ。まだ朝食の時間前で、周囲には誰もいなくて……。
真っ青な海とその先の水平線を見ながら「学級委員」と常に呼ばれて休む暇もない修学旅行の気持ちの切り替えをしていたから。
「いいえ、先生は私を守ってくれました。先生が私への思いをあのとき自制してくださったから、今の私たちがあるんですよ。あの当時に『先生と生徒が』って表に出てしまったら、きっと結果は変わっていたと思います」
もしそんなことになれば、私たちはそれこそ強制的に学校を去らなければならなかったと思う。
「そうかもしれないな。そうだ、卒業旅行に行ってなかったよな。どこに行きたい?」
先生は片手でバスケットを持って、もう片方の手で私の手を引いて砂浜の上をゆっくりと車の方に足を進めた。
「みんな、どこに行ったんですか?」
「大阪に二泊で行ったそうだ。自宅学習の期間だったから全員は行ってない」
「そうですね。もし行けるなら……、またあの海が見たいです」
「そうか、分かった。予約が取れたら行くからな」
「え? それって……」
先生の顔を見上げると楽しそうだ。こんな笑顔は学校で見たことがなかった。
私もきっと同じ。学校でこんなふうに笑えたことなんてなかったから。
「わ、分かりました。早めに教えてくださいね。菜都実さんに言わなくてはならないですから」
「そこも俺に任せておけ」
最後に砂浜から上がる階段で後ろを振り返る。水族館のそばからずっと、私たちが歩いてきた足跡が二列に並んで足元まで続いている。
「結花、これからはずっと二人で歩いていこう。おまえはもう一人じゃない」
もう、プロポーズのセリフを言われているようで、私の頭の中が再びソフトクリームのように溶けていく。
「はい。ずっと一緒に歩かせてください」
もう泣かないと決めたい。それでもあふれてきそうな涙をこらえて、先生の胸に飛び込んだ。
夜の九時を少し回った頃に先生は私を家の前に降ろしてくれた。
いつものお仕事とそれほど変わらないし、途中から家にも連絡をしてあった。
「お母さん、『もっとゆっくりしてきても』って、もう困っちゃいます」
「そういうのは、ちゃんと約束を守っていないと言ってもらえない。俺はちゃんと順番は守るつもりだ。結花がまだ十八歳というのは事実だし」
お昼のお弁当のお礼だと、お洒落なレストランに寄ってくれた。
「明日のお昼からお仕事に戻ります。夜もいるので、またいらしてくださいね」
「もちろん、また世話になるよ。結花が作ってくれる料理だと知ったら、他で済ますわけにはいかない!」
「はい、頑張ります」
車の後部座席からショッピングバッグを二つ取り出す。
「それでは、これは卒業旅行で使わせていただきますね」
「好きにしていいぞ。それじゃお疲れさん」
「はい、ありがとうございました。私、今日のことは一生忘れません」
名残惜しいけどドアを閉める。先生は手を振って車を出して、私はテールランプが見えなくなるまでその姿を見送っていた。
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