四十一話 私の方が迷惑をかけていたのに…
「原田……、人生って不思議だよな……」
「不思議ですか……?」
高速道路から降りて、交差点の信号待ちをしている時、ハンドルを握って前を向いたままの先生が真面目な声になって呟いた。
一瞬では何を言ってくれているのか分からなかった。
「俺さ、あの頃は原田を落第させるまいと必死だった。正直、あの三学期はそればかり考えていたと思っていいだろう……。学年主任だけじゃなく教頭にもバカみたいに直訴したりしてな。でも、冷静に考えれば当然のことだったんだ。支援学級を作るって言ったって、そんなすぐ簡単にできるものじゃないことくらいな……。ただ……、原田を見させてくれともう少し粘ることはできたかもしれなかった……」
先生が職員室で教頭先生に頭を下げていると千佳ちゃんからも聞いていた。やっぱりそのことだったと思うと、本当に迷惑ばかりかけていたのは私のはず。
「でも、それが出来なかったと分かったとき、そして原田が学校を去ったと知ったとき、本当に……、全てに絶望しちまって。俺たちがやってきたことは結局何だったんだろうってな」
千佳ちゃんから、私が学校を離れてから先生が別人のように変わってしまったと聞いていた。その頃の話だよね……。
「先生……。先生は一生懸命に私のことを考えてくれました。それなのに、全部私の身勝手な判断だったんです……」
「俺たちの事情を知らない奴らが客観的に見たら、原田の考えるとおりに言われちまうかもしれない。でもな、あの二年二組のクラス全員で原田の復帰を迎えようという空気を作るのは俺の仕事だった。俺にはそれが欠けていた。だから、大切なものを失ったのは当然のこと。自業自得だったんだ」
「大切なもの……」
「誰にも分からない原田の無念さがひとつ。個人的な話だから誰にも言ってないが、原田を失ったときの俺の絶望感。本当に堪えたよ。生徒が本当に必要なものを理解してやれていなかった。もう一度最初から出直しだと思った。それで俺はあの学校を離れたんだ」
「でも、それって……」
海岸沿いにある水族館。その駐車場に到着して先生は車を停める。フロントガラスの前に広がる海岸線に何人かの子どもたちが遊んでいるのが見える。
「原田、あの学校におまえがいない。何が何でも、どんな形でも俺の手で卒業証書を渡してやりたかった。でもそれは叶わなかった。そんな俺があの学校に残る資格はない」
私の悪い癖……。
自然に涙が出てしまう。私の勝手な行動でこんなに考えてく行動もしてくれた大切な人を傷つけていたなんて。
「先生。ごめんなさい。私が先生の人生を狂わせてしまって。勝手なことを決めてしまって……。どんなに辛くても頑張ると誓いもしたのに……。私は先生としたどの約束も守れなかったんです……」
「いや、あれは誰だったとしても限界だと思う。勉強だけじゃなく、おまえはあの学年で一番頑張ったよ。あれは仕方のないことだったと今なら言える」
そこで先生は運転席から降りると、助手席のドアを開けてくれた。
「ほら、涙を拭いてくれ。雨が降り出す前に中に入っちまおう」
「はいっ!」
後部座席のバスケットも取り出して、水族館まで海を見ながら歩く。
館内に入って後ろを振り返ると、大粒の雨が降り出して、みんな続々と中に入ってくる。
「ギリギリセーフだな」
「本当に」
さっきまでの重い空気は海風が流してくれて、私たちはお互いに思わず笑顔でうなずいた。
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