第十三章 私は先生を傷つけていたの…

四十話 土曜日のお出かけドライブ


 土曜日の朝、お母さんと二人で家の前で待っていると、一台の小型乗用車が家の前で停まった。


「先生! おはようございます」


「おはよう原田。助手席に座れるか?」


「もちろんです」


「今日は結花のことをすみません」


「こちらこそ。急に予定を決めてしまいました。気をつけて行ってまいります」


 助手席の窓を開けて先生がお母さんにも挨拶する。


 それを待って私はドアを開けて先生の隣の席に乗り込んだ。


「必ず今日中に帰宅しますので」


「あらあら。安全運転でお願いしますね。どうしても厳しいときには連絡をいただければ大丈夫ですよ。まぁ、先生でしたら朝帰りになっても安心ですし」


「もぉ、お母さん!」


 カァっと顔が赤くなってしまう。


 もぉ、なんてこと言うんだろう。あまり周りがはやし立ててもうまくいくものじゃないって、お母さんのほうが知っていると思うのに。


「結花、お弁当。せっかく作ったんだから忘れないでよ」


 そう言ってお母さんは開いている窓からバスケットと傘を入れてくれた。


「うん、行ってきます」


 時計はまだ六時前。実を言うと本当の待ち合わせは七時だった。


 朝の三時に目が覚めてしまい、そこから予定していたお弁当を作り終えたことをメールで送ると、驚いたことに「それなら出発しようか」と繰り上がったのがつい一時間前の話なんだよ。


「俺も早く目が覚めちまってな。ちょうどよかったよ」


 この時間なら一般道も高速もまだ混雑していない。


 明るくなってはくるのだけど、一つ残念なのは今日の天気がこのあと雨になってしまうという予報だということで、青空ではなく曇り空の下での遠足となってしまったこと。


 先生もそれは分かっているようで、ドライブなら天気は関係ないと言ってくれた。


「どこまで行くんですか?」


「そうだな、いろいろ考えたんだが、原田といったら水族館てところでどうだ?」


「はい。私はどこでもついていきます」


 水族館なら、地元に近い江ノ島にもあるし、そこは私も時々訪れる。でも今日はそこでも冬に連れて行ってもらった八景島でもないことがわかる。車は一路北東を目指しているから。


「昨日まで夜に行けなくて悪かったな」


 水曜日から先生は夜の時間に来られなかったけれど、ちゃんと先生本人から事前に聞いていたから落ち込んだわけでもない。


「いいえ、大丈夫でした。先生が来られないというので、適当な時間で上げさせてもらいましたから」


 あの夜の翌日、今日の話を菜都実さんにしたとき、「それはもちろんお休みでしょ!」と私よりも菜都実さんたちの方が興奮していたし。昨日は夕方のお仕事も体調を考えて早めに上げてくれた。


「朝早かったんだろう? 寝ていても構わないからな」


「大丈夫です。寝ていられなくて起きちゃったくらいですから」


「さっきも言ったけど、俺も同じ……」


「それで時間が早まっても平気だったんですね?」


「そういうことにしておいてくれ」


 先生も同じ気持ちでいてくれた。



 それならなおさら大事な時間を眠って過ごすわけにいかない。あのクリスマスイブの帰りは失敗したと反省した経験は忘れない。


 お互いに最近のお店での出来事とか、予備校の生徒さんのお話をして道を進んだ。


「原田に病院で個別指導していたことがあっただろ? あれが経験になってな。おかげで今は本科コースではなくて、サポートクラスで手一杯だ。これも原田のおかげだよ」


 先生が私の右肩をたたいてくれる。


 こんな私でも、先生の役に立てたならよかった。


 あの時間の経験が今の先生のお仕事のベースになってくれているのなら、当時は大変だったけど今となっては素直に嬉しい報告だよ。

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