第十章 もう一度…素直になってもいいですか

三十一話 いつもの仕事帰りの道


 あれから、私たちは時間を決めずに、先生の食事を終えることを合図に仕事を終えて帰ることが基本になっていた。


 先生だってお仕事があるから、多少の時間の変動はあって当たり前なのだから。


 私の都合だけに合わせていたら、きっと先生がどこかでパンクしてしまう。どちらかが無理をすることで、せっかくの機会が消えてしまうことの方が今の私には怖い。


 菜都実さんにも、改めてきちんと先生を紹介した。


 普通に紹介したたけなのに、菜都実さんは先生と私の関係に単なる「お世話になった先生と生徒という関係」以上のものを感じてくれたみたい。



 私が知らないことを少しずつ話してくれた先生だけど、私が退学した後に学校を辞めたことには驚いた。


 あれは私個人の問題で、先生にはなんの落ち度もなかったのに……。


「原田の居ない学校なんてつまらん。自分を責めるなよ?」


「そんな……。でも、本当に嬉しかったです。覚えていてくださって。名前呼ばれたときに、思わず涙が出ちゃったくらいですから」


 この日もお店からの帰り際、菜都実さんが渡してくれたクッキーを分けて食べながら歩く。


「先生は、私があの後にどうしていたか知りたいですか?」


 ゆっくり歩きながら隣を歩く先生に聞いてみた。



 一年前からの話。いろいろなことがあった。一人きりになった辛さと再び歩き出せるようになった喜び……。今だからこそ話せるようになったこともたくさんある。


 でも、先生は私の気持ちを分かってくれていた。『まだ早い。心の傷が完治していない』と。


「いつか、原田が笑って話せるようになったら教えてくれ。そのときでいい。今は原田と再び会えた。それで十分だ」


「はい」



 店からお家まではこうやってゆっくり歩いても十分ほどの道のり。まさか先生が私の家の近くに引っ越してきていたなんて知らなかった。


 お互いの出勤時間が違うって理由もあるだろうけど、それにしたってお買い物とかで顔を会わせる機会もあったはず。


「男一人の買い物なんか、あまり特売とか関係ないからな。必要なものをカゴに放り込んでおしまいだよ」


「そういうものなんですか? でも、そうかもしれませんね」


 確かに先生が買い物を手に野菜を品定めしているようなイメージはなくて、思わずクスッと笑ってしまう。


「だろ? 男の買い出しなんてそんなもんさ」


 私もよくお使いに頼まれていることを話して、時間を合わせて行こうとか話していたら、いつの間にか家の前に着いてしまった。 


「お帰りなさい、お母さん」


 門のところにもう一人の人影を見つけた。


「結花、お帰りなさい。まぁ、小島先生!」


 お母さんも先生のことを覚えていたんだ。


「覚えてくださっていたんですか」


「忘れるなんて出来ません。結花のことをあんなに支えてくださった方ですもの。結花、お風呂の用意をしてきてくれる?」


「はい」


 これはきっと先生になにかお話しをするに違いない。


 私は自動湯張りのスイッチをつけて、玄関の真上にある自分の部屋に急いだ。

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