第242話 事後処理 中編

「あら、もう来てしまいましたの?」


 部屋に駆け込んできたエレインに対して、ミレアはつまらなそうに唇を尖らせながらそんな言葉を呟いていた。そんなミレアに憤慨したように、エレインが声を荒げた。


「こっちは心配してミレア嬢の状況を確認したら、王女殿下から今頃エイダと話をしているかもしれませんと言われたのだ!心配して来てみればその反応、駆けつけて正解だったな!」


「近衛騎士であるあなたが、その職務を放棄してこのような場所の来て良いんですの?」


「心配無用だ。きちんと王女殿下に許可は貰っている!」


「私は重要な話があって、エイダ様の部屋にお邪魔したんですの。この国、ひいてはこの世界にとっても重要な案件・・・その邪魔をしないでくれるとありがたいのですけど?」


「ミレア嬢のその案件、どうせエイダの正妻だの側室だのの話だろう?そういったものは強要するのではなく、彼の気持ちを重んじるべきだ!」


「・・・ずいぶんと余裕ですのね?まるで自分以外の女性を、エイダ様が選ばないと確信しているご様子」


「それが彼の想いだからな!」


「へぇ~、そうですか。ですが、今はそうでも未来は分かりませんよ?エイダ様だって、あなたの様な男勝りの性格の女性よりも、内助の功で夫を影ながら支える、お淑やかな淑女の方が良いと思う時が来るかもしれませんし!」


「期待するだけ無駄と言うものだ!エイダは誰にも渡さない!」


「貴族の令嬢として、国に仕える者として、考えられない言葉ですわね!」


「そう言うミレア嬢も、国のためだ何だともっともらしい事を言いながら、実際は国よりもエイダを優先しているだろ!?」


「当然ですわ!私、これでも尽くす女ですから!身も心も捧げると決めた殿方には、私の全てをその方の為に使うと決意しておりますの!」


「それでよく私の事を糾弾したな!!」


彼女達は次第に興奮してしまっているようで、席から立ち上がったミレアはエレインと対峙するような立ち位置で声を荒げて自身の考えを主張していた。そんなミレアに、エレインも負けじと声を張り上げる。


そして顔を突き合わせる2人は、今にも掴み掛かりそうな程に険悪な雰囲気になっていき、その様子に僕は何も言えずに固まって見ていることしか出来なかった。


そんな誰も間に入れないような2人の言い争いだったが、イドラさんの僕への問い掛けの一言で、事態は更に混迷を極めた。


「エイダ様、女性の争いは醜いものでしょう?でも大丈夫です。私であれば、あなたを独占したいと思ってはおりませんので、包む込むようにして癒して差し上げられます。疲れたら、いつでもこの胸に飛び込んで来てくださいね?私は都合の良い、あなたのメイドですから」


イドラさんはそんなことを言いながら、椅子に座る僕を背後から抱き締めてきた。彼女の柔らかく大きな胸に頭が包み込まれ、なんとも言えない幸福感を感じたが、その瞬間、エレインとミレアからの刺すような視線を感じて我を取り戻した。


「エイダ・・・君って奴は・・・」


「エイダ様・・・やはり胸の大きな女性が・・・」


「あっ、いや、これはその・・・イドラさんが・・・」


目を見開いて僕の方を凝視しながらワナワナと呟く2人に、イドラさんがしれっと追い討ちをかける。


「今のエイダ様に必要なものは、大人の余裕と包容力の様ですね。よしよし、もう今日はこのまま私とベッドでお休みになりましょう?お食事もお着替えも湯浴みも、指一つ動かすことなく、全て私がして差し上げますからね」


イドラさんは僕の頭を愛おしそうに優しく撫でてくると、何か凄いことを言い出した。もう何をどうすればこの場における正解の行動なのか分からなくなった僕は、ただただ身体を硬直させていると、その様子に顔を真っ赤にしたエレインとミレアから糾弾されてしまった。


「「いつまでそうやってる(んですの)!!」」



 少し予想外の事も起こったが、ミレアには僕がエレイン以外を伴侶とするつもりがないことを丁寧に説明した。一応イドラさんにもそのように伝えたのだが、何故か2人とも意味深な笑顔を崩すことなく僕の話を聞いていた。その様子に、本当に理解してくれたのか不安に思ったのだが、やぶ蛇になりたくなかった僕は、それ以上深く追求することを諦めた。


後でエレインに聞いたところ、「あの顔は絶対に諦めていない顔だ!隙を見せないように注意しろ」と釘を刺されてしまった。何をどう注意すれば良いのかは分からないが、その言葉に何度も頷くことしか出来なかった。


また、各国との話し合いの場は、1カ月後に共和国の王城にて行われることが正式に決まったと王女から伝えられた。何故そんなに後になるのか疑問にも思ったが、各国とも戦後処理に追われている事と、僕という存在に対してどう対応すべきかを予め国内で方針を決めておく必要があるとのことで、開催が1カ月後になったということだった。


それだけの時間があるならばと、僕は王女にアッシュの身柄がどうなっているのか確認した。すると、エレインを攫ったあの日から、ずっと彼はこの王城の地下牢に捕らわれているということだった。僕は彼と話をしたいと考え、王女にアッシュとの面会をお願いした。すると、王女はあっさりと彼との面会を認めてくれ、すぐに地下牢へと案内されることとなった。


さすがに王女が地下牢を案内するわけにはいかず、セグリットさんとエイミーさんが同行してくれる事となり、彼らの案内の元、僕はアッシュの居る地下牢に足を踏み入れた。



「・・・久しぶりだな、エイダ。元気そうで何よりだ」


 王城内にある地下牢だけあってか、ひんやりとして薄暗かったが、思っていたよりも臭くも汚くもなく、わりと清潔感がある場所だった。そんな場所で鉄格子内にある簡素なベッドに腰かけていたアッシュは、僕の姿を認めると少し驚いた表情をするも、すぐに笑みを浮かべて僕の方へと歩みより、鉄格子越しに声を掛けてきた。


「何カ月ぶりかな・・・アッシュは少し痩せたようだね?」


「そりゃ、こんな所にずっと居ればな・・・」


「そうだよね・・・」


色々な事があったためか、僕らは以前の気軽に接していた仲から想像が出来ないほどにぎこちない会話になってしまった。そんな様子に、しびれを切らしたエイミーさんが口を挟んできた。


「君達ね・・・友人なんでしょ?お互いに色々と大変なことがあったんでしょうけど、こういう時こそ腹を割って話をした方が良いんですけど!今の内に言いたいことは言っておかないと、余計に関係が拗れることになるんですけど!?」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


エイミーさんの言葉に僕達はお互いに顔を見やり、少しの沈黙のあと、僕は口を開いた。


「エレインは無事に取り戻したよ。【救済の光】の盟主も捕らえたから、組織はもう消滅すると思う。これでもう、アッシュが組織から指図されるようなことは起こらないよ」


「・・・そうか、よかった。・・・ありがとうな、エイダ。カリンのことも感謝している。あいつ、ちょこちょこ面会に来てくれてな、お前に助けられたって言ってたよ」


「良かった。途中で騎士に送ってもらうように頼んだから心配だったんだけど、無事に帰れたようだね」


「あいつにはかなり心配掛けちまったし、俺がこんな状況になっているのは、自分が組織に捕まったせいだって謝られたけど・・・全部俺自身が決めたことだし、あいつの為だったから、どんな処罰でも笑顔で受け入れるつもりだよ。だからエイダも、カリンに会ったらそう言っておいてくれないか?あいつ、俺がいくら気にするなって言っても、まるで聞いてくれないからな」


アッシュは既に覚悟を決めているのだろう、達観したような笑みを浮かべながらそんなことを言い出した。王女から聞いた話では、本来王城で騒ぎを起こしたアッシュには、国王が住まう王城内の秩序を乱したということで、最悪内乱罪として処刑されてもおかしくないということだ。今は特例で処罰を先伸ばししている状況で、何か手を打たなければそう遠くない未来に、彼は処刑ということになってしまう。


「・・・君は王城でエレインを攫った。それは事実だけど、君の大切な存在が人質にされていたから仕方なくだ。君の行動を僕は責められない。僕も同じような行動を起こしたからね。まぁ、アッシュよりは少しだけ派手に動いたけど」


「・・・エイダ」


僕は彼が重荷に感じないようにと、軽い口調で、エレインが攫われてからの自分の行動を話した。そんな僕の言葉に、彼は申し訳なさそうな表情を浮かべていた。


「無罪放免とはいかないかもしれないけど、アッシュがカリンとまた一緒に笑い合って過ごせるように、僕も全力を尽くすよ」


「・・・俺を、許してくれるのか?」


「許すもなにも、エレインを攫った事に君の意思は無かったでしょ?それに、アッシュは僕の初めて出来た友人だから、これからも友人として有りたいと僕は思っているよ?」


「エイダ・・・ありがとう」


涙を浮かべながら感謝を告げる彼の表情は、どこかスッキリしたような晴れやかな笑顔だった。アッシュを助け出すという目的も新たに加わり、その為にどうすべきかという事を考えるため、知恵を貸してくれそうな人達を思い浮かべた。


そして、アッシュにはまた顔を出すという事を告げてから地下牢をあとにしたのだった。

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