第241話 事後処理 前編

 3カ国による戦争は終結した。


戦場においてどのような戦いが繰り広げられていたのかについては後から聞いた話だが、各国ともに相当数の犠牲者や負傷者が出るほどに大規模なものだったらしい。ただ、2カ国から攻め込まれ、戦線を2つも抱えた共和国の犠牲は想定よりも少ないらしく、その一つの理由としては、【救済の光】からもたらされたという魔道具の影響があったようだ。


その魔道具は”世界の害悪”の力を吸収したものの劣化版のようなもので、複数の魔術師の魔術を予め吸収し、剣術師であっても魔術を放つことを可能としたものらしい。その魔道具を戦術的に投入した共和国は、2つの戦場を維持しながらも、戦いを比較的有利に進めていたようだった。


ただ、父さんと母さんが戦争に介入したことで、その魔道具も意味を成さなくなったらしい。というのも、父さんと母さんはそれぞれの戦場で規格外の力である“神剣一刀”と“神魔融合”を見せつけるように放ち、これ以上戦いを続けるなら、この戦場にいる全ての人間を消し去ると脅したらしかった。


当然、戦場で興奮している各国の騎士達からの反発はあったのだが、声を上げた全ての騎士を足腰が立たなくなるまでにボコボコにし、その数が数百人を越えたところで誰も逆らわなくなったとか。2人とも”世界の害悪”と戦い、その直後に組織の構成員達から追い込まれるまでに力を使っていたはずなのに、どこからそんな力が湧いて出てきたのだろうと不思議に思ったが、あの両親ならそれも当然か、という達観した思いでもあった。


結局2人が戦場を沈静化したくらいに王女の動かした近衛騎士も到着し、彼女の必死の説得もあって戦争は終結に向かった。後日、戦争の事後処理のために王国と公国の代表が共和国に集まり、終戦についての協議が行われることになるらしい。本来なら【救済の光】に与していた共和国に不利な話になるはずが、他国の主要な為政者達も組織に関与していたらしく、どのような着地点を探るのかに注目が集まっているとのことだ。



 マルコさんとリディアさんとは、その後結局顔を合わせず、速やかに重要機密を大公陛下に渡す必要が出たということで、その旨を記した手紙をエイミーさんから貰った。また、教会の聖女の2人も事の顛末や不正を働いていた者達を告発するために、一旦教会に戻ると言って別れた。父さんと母さんもやることがあるという言葉を残して、早々にどこかに行ってしまった。僕達はそれから2日間ほど戦場の後処理のために駆けずり回り、王子やその騎士達を連行するような状態で移動したため、通常よりも多くの日数を要して王都へと戻った。


帰還した僕らはそのまま王城に案内され、以前割り当てられた部屋よりも格段に豪華な部屋へと通された。その部屋の豪華さに少し驚きながらも、僕は巨大なベッドに腰を下ろした。エレインはこれまで起こったことの報告の為に王女と共に別の部屋に行ってしまい、何故かイドラさんがそのまま僕のメイドとして対応することになった。


「エイダ様、お疲れでしょう?今、心が安らぐ効果のある紅茶をお淹れ致しますね?」


ベッドに腰をおろして大きく息を吐き出していると、イドラさんがテキパキとした動作で紅茶の準備をし始めた。彼女も疲れているだろうに、王城に着くとあっという間に綺麗なメイド服に着替え直し、疲れを感じさせない表情で働き出した。


「あっ、大丈夫ですよ?イドラさんも移動で疲れてるでしょうから、休んだらどうですか?」


「いえ、これが私の仕事ですし、ご主人様に奉仕している方が、心が休まりますから」


彼女を働かせてしまうのは申し訳ないと感じたのでそう伝えたのだが、妙に言葉に力が籠った口調で言い返されてしまった。


(ん?イドラさんって、ミレアの専属メイドじゃなかったっけ?主人は僕じゃなくてミレアなんじゃあ・・・)


彼女の言葉に首を傾げていると、紅茶の準備が出来たようで、個人の部屋にあるには大き過ぎるテーブルに案内された。有無を言わせない笑顔と態度で紅茶を勧められ、その勢いに呑まれるように一口頂いた。


「・・・ふぅ~、美味しいですね」


「ありがとうございます」


僕の感想にニッコリと微笑みを浮かべる彼女は、それが当然のように僕の傍らに待機した。何だかよく分からない状況に、若干の居心地の悪さを感じていると、この部屋に向かって走ってくる足音が聞こえてきた。


「この気配・・・」


僕がポツリと呟くと、イドラさんはスッと扉の方へ移動した。その直後に扉がノックされ、彼女が素早く対応してくれた。


「エイダ様、ミレア様が面会をご希望です。如何いたしますか?」


「あっ、通してくれて大丈夫ですよ」


「長旅で疲れたから明日にして欲しい、と言うことであればそうお伝えしますが、よろしいのですか?」


お伺いを立ててきた彼女に、ちょうどミレアには感謝の言葉を伝えたかったこともあって二つ返事で了承したのだが、彼女はまるでミレアをこの部屋に入れたくないような口調で再度確認してきた。


「ちょっと!!エイダ様が良いと仰っているんだから、早く案内しなさい!」


彼女の対応に、憤慨したようなミレアの声が室内に響いてきた。そんなミレアに対してイドラさんは小さくため息を吐きながら、扉を大きく開いて案内した。


(あれ?イドラさんって本当にミレアの専属メイドなんだよね??)


自分の主人にする態度にしては、目を疑いたくなるような光景だった。それはミレアも同様のようで、彼女のその様子に苦言を呈していた。


「・・・あなたね、私の専属メイドだってこと覚えてます?」


「・・・そうでした。てっきり私のご主人様は、私の身をご自身の危険も省みず、勇敢に助けて頂いたエイダ様かと思っておりました・・・」


ミレアの問いかけに心底残念そうな表情で返答するイドラさんに、ミレアは頭痛でも覚えたかのように頭を抱えていた。


「・・・何があったのか、良く分かりましたわ。そう言えばあなた、かなりの少女趣味だったものね・・・」


大きなため息を吐いたミレアは疲れた表情を残して、イドラさんに案内されるがまま、僕がいるテーブルの向かい側についた。


「エイダ様。ご無事の帰還、心よりお喜び申し上げますわ」


ミレアはテーブルの向かい側で、淑女然とした流麗なカーテシーをしながら挨拶をしてきた。その表情は先ほどまでイドラさんに向けていたようなものではなく、穏やかな笑みを浮かべるものだった。


「ありがとうミレア。君には色々お世話になったし、軟禁状態にされていたと聞いたから心配していたんだけど、ミレアの方こそ大丈夫なの?」


「まぁ!エイダ様に心配していただけるなんて嬉しいですわ!ですが、部屋から出れなかったというだけで大事ありませんでした。エイダ様と離れ離れとなっておりましたが、私はいつもエイダ様の無事をお祈りしておりました。こうして無事なお姿を見ることが出来て、感激の極みです!・・・そうそう、私が連絡を取れなくなった後に、専属メイドのイドラを派遣しましたが、お役に立ちましたでしょうか?」


僕の言葉に、彼女は満面の笑みを浮かべながら静かに席に着くと、軟禁は問題無かったことを告げてくれた。そんな彼女には以前よりも熱の籠ったような視線を向けられているのだが、特にそこには口を挟まず、彼女からイドラさんの事を聞かれたので、戦いでの活躍を伝えることにした。


「イドラさんにはとても助けられました。彼女が居なかったら、僕も危なかったでしょう。本当に感謝してもしきれません」


「エイダ様のお役に立てたようで何よりですわ。彼女も本望なのでしょう、誰が主人か忘れるくらいですからね」


「そ、そうなのかなぁ?」


ミレアの冷たい笑顔に射貫かれているはずのイドラさんは、素知らぬ顔をしてミレアに紅茶を出していた。そんな2人のピリピリとした雰囲気に、僕は苦笑いを浮かべるしかなかった。



「ところで・・・」


 少しの時間、これまで僕の身に起こったことや、ミレアが王城で入手していた情報、世間話などをしていた。そうして話が一息ついたところで彼女は小さく咳払いをすると、前置きをしたところで話題を変えてきた。


「エイダ様は今後、如何されるか決められたのですか?」


ミレアは僕の今後について抽象的な聞き方をしてきたが、おそらく彼女が聞きたいことはエレインや王女が話していた事と同じだろう。


「・・・正直言うと、まだ自分でもどうしたいのか決まっていないんだ。両親みたいに各国と条約を結ぶ必要があると言われてもピンと来てないし、何をどう決めるのが正解なのか分かりかねてるよ・・・」


戦場となった平原から王城に移動するまでの道すがら、ずっと考えてはいたが、15年しか生きていない僕が、これからずっと先の将来の事までを見据えて考えろ、と言われても難しい話だ。だから具体的なことはまだ白紙に近い状態だった。


「エイダ様、失礼ながらそれではいけませんわ。既にエイダ様は、国際的に最重要人物となったのです。将来の事を決めかねているこの隙に、為政者達は彼らに都合の良い条件で条約を結ばせようとしてきます。エイダ様は何を望み、何が必要で、どんな環境ならばその願いが叶うのかを、今一度良く考えてみてくださいまし」


「・・・何を望み、何が必要で、どんな環境か・・・」


彼女の真剣な言葉に、僕は反芻するように呟いた。確かに彼女の言う通り、為政者達は僕の考えが固まるまで、そう長い時間待ってはくれないだろう。向こうとしては速く僕の首に首輪を着けたくて仕方ないのだ。のらりくらりと躱せるほど、政治の世界は甘くないだろう。


ミレアの言葉で考え込み始めた僕見て、彼女は微笑を浮かべて口を開いた。


「エイダ様?望みを叶えるには優秀な人材も必要でしょう。その人材には、ある程度無理を通せる権力があったり、様々な情報を収集することに長けていたり、時には優しく支えてくれたりしてくれると、尚良いと思いませんか?」


「う~ん、確かにそう言われると、そうだよね・・・」


彼女の話を聞いて、確かに優秀な人材というのは必要だろうと考えた。僕だって自分一人で何でも出来るわけではない。特に情報や交渉といった物事は苦手分野だ。その部分を補ってくれる人物が居た方が良いとは思うが、ミレアの言う話だと、必要な人材をそれだけ沢山雇わないといけない。それに伴って、当然金銭も必要だ。まだ将来どんな職業に就けるかも分からないような現状で、継続的に金銭が必要となる人の雇用について考えるのは現実的ではないような気もする。


「う゛、う゛ん!」


僕が考え込む様子を見せると、対面に座っているミレアがわざとらしく咳払いをしていた。それに釣られてそちらを見ると、彼女は何やら目を輝かせながら僕を見ていた。


「・・・えと、もしかしてミレアを雇えと?」


「まぁ、エイダ様。雇うなんて無粋な表現を・・・伴侶と言っていただければ幸いですわ!」


「は、伴侶?」


「はい。私ミレア・キャンベルは、エイダ様の事を誰よりもお慕いしておりますから」


ミレアの言葉に驚いて目を見開く。今まで彼女から感じていた僕への想いは、どちらかと言うと崇拝のようなものだと思っていたので、こうして上目遣いに顔を赤らめながら、直接的な表現で気持ちを伝えられたのは初めてだった。


ただ、僕には心に決めた人が居るので、それをどう伝えれば彼女を傷つけずに断れるかかに頭を悩ませていると、どこかで聞いたような話を彼女はしてきた。


「エイダ様?私の事はお嫌いですか?」


「え?いやいや!ミレアには逃亡中に情報の面とかでかなりお世話になったし、嫌いなわけないよ!」


「でしたらそう悩まれずとも、私の事を多くの伴侶の一人として考えて頂いてもよろしいんですよ?」


「お、多くのって・・・」


「エイダ様の実力を考えれば、多くの妻を娶るのは自然の摂理・・・むしろ、そうしないのはこの国の・・・いえ、この世界の損失ですわ!」


何やら力説し始める彼女の様子に、僕は若干引いていた。エレインと違って女性を何人も囲うべきだと主張するミレアは、やはり公爵家の令嬢としての考え方というものなのだろう。伯爵家であるエレインよりも、そういった事についてはより一層寛容なようだ。そして、そんな公爵家のミレア専属メイドであるイドラさんも同様の考え方のようで、テーブルの側で僕達の話を聞きながら、うんうんと頷いてミレアの話に共感しているようだった。


彼女の有無を言わせぬような力強さと迫力に、どうしたものかと頭を悩ませていると、この部屋に向かって高速で移動してくる人物の気配に気付いた。


「ミレア・キャンベル!!」


よほど慌てていたのだろう、ノックもしないで扉を開け放ったのは、肩で息をしながら焦りの表情を浮かべ、ミレアに対して鋭い視線を向けるエレインだった。

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