第224話 最終決戦 4

 イドラさんのお陰で、僕は再び全力で動けるようになったが、そのせいで彼女は瀕死の重傷を負ってしまった。本来ならすぐさま治療を施したいところだが、そんな隙を奴に晒せば、間違いなく僕もろとも彼女も殺されてしまうだろう。


その為、僕は彼女の容態に心を痛めながらも、奴との戦いに集中した。彼女の放った、「この世界をお願いします」という言葉を胸に。


「はぁぁぁぁ!!!」


『『ほぅ、次は二刀流で突っ込んでくるか?』』


魔術杖と剣の双方に白銀のオーラを纏わせ、姿勢を低くして奴に一直線に飛び込んでいく。飛んでくる奴の攻撃は、杖を剣として使うことで、手数の多さで完璧に防ぐ。それは、奴が放つ刃が直線的な動きのため、こうして姿勢を低くして飛び込めば、攻撃される範囲を小さく限定できるという理由もあった。そんな僕の行動に、奴は余裕な態度で迎え撃とうとしていた。


そんな暗い緑色の刃による連続攻撃が一瞬止んだかと思うと、奴はおもむろに右手を掲げ、嫌らしい笑みを浮かべながら勢い良く振り下ろしてきた。


『『これはどう防ぐ?』』


「っ!」


先程までの刃の大きさとは比べ物にならないほど巨大な刃が、僕を飲み込もうと迫ってきた。それはまさしく、父さんが僕に教えてくれた神剣一刀と同等の一撃だった。とはいえ、奴が神魔融合を放った時から予想はしていたので、今更驚くこともない。


しかしこの巨大な刃が迫る方向は、僕と倒れているイドラさんが一直線上になっている。そして奴の言葉から、僕がこの状況で奴の一撃を躱すという選択をしない事を確信している。


(まったく、嫌らしい性格だな!)


分かってはいたが、こうして奴の戦い方を見ると改めて実感する。これまで奴は、ことごとく僕の嫌がる事をしてきている。それほどまでに僕の事を毛嫌いし、憎んでいるのだろう。


(それは僕も同じなんだけどねっ!!)


そもそもこっちは、最初から相手に対して嫌悪感全開で相対している。奴も同じ感情を僕に抱いているのだとすれば、その感情すら考慮して動きを予測し、寝首を搔いてやれば良い。


そう考えながら、僕は奴の巨大な一撃を躱すでもなく、同じ技で相殺するでもなく、受け流すことを選択した。


「ぐぅぅぅぅ!!」


『ギギギギギ・・・』


二刀流のように武器を扱い、刃の勢いに身体のバランスを崩されないように踏ん張りながら、奴の強大な一撃の力を逸らしていく。まるで金属同士の甲高い音を辺りに響き渡らせながら、その刃は大きく方向を変えて、後方へと飛んでいった。


(まだだ!!)


さっきは一撃を凌いだことで気を抜いてしまったが、同じ過ちを繰り返すことなく、奴の考えそうな行動を予測した。


(奴は僕を苦しめたいような事を言っていた。それは身体的なことだけでなく、精神的なことでもだろう。その証拠に、最初奴は僕の目の前でエレインを凌辱してやると宣言していた。しかし、奴にとってエレインは器になったジョシュ・ロイドの想いから、少なくとも大切に扱おうとするはず。なら・・・)


奴の取りうる行動を予測した僕は、攻撃を逸らした次の瞬間には、イドラさんの倒れている場所に移動していた。


「シッ!」


『『っ!なにっ!?』』


奴もまた、刃を放った次の瞬間にはイドラさんの元に移動していたようで、彼女の首を掴もうと手を伸ばしているところだった。その直前で現れた僕は、伸ばしている奴の腕を横薙ぎに斬り飛ばし、剣を振るった勢いのまま回し蹴りで奴を蹴り飛ばした。


『『ガッ!!』』


奴としては予期せぬ僕の行動に意表を突かれたのだろう、防御する間もなく肺の中の空気を強制的に吐き出させられ、勢いよく吹き飛んでいった。


「そう何度も同じ手を喰らうか!」


奴が吹き飛んでいった方向へ向けて侮蔑を込めて言い放ち、僕の視線は奴の方に固定しながら膝を着き、イドラさんを聖魔術で治療した。彼女は流血が酷かった為か、怪我を治しても意識は戻らなかった。また、斬り飛ばされた腕を再生することは出来ないので、彼女の腕を拾ってきて聖魔術を掛けるしかないが、さすがに今はそこまでの余裕がない。それでも彼女の呼吸は安定したので、一先ずこれで死ぬことはないだろう。


そう安堵していると、奴がゆっくりとした動作でこちらに歩み寄ってきていた。その表情は憤怒に満ちており、自分の思い通りにいかなかったことに苛立っているようだ。まるで、癇癪を起こした子供のように。


『『貴様、何故俺様の行動が分かった!?』』


「みえみえなんだよ。これまでのお前の言動、感情の機微・・・お前は僕を肉体的に痛め付けるだけでは足りず、精神的にも苦しめたいんだろ?そうなれば、僕の為に決死の行動を見せたイドラさんを僕の目の前で惨殺する。そうして、僕のせいでイドラさんは殺されたんだと、無力感を植え付けたかったんだろう?僕の心を折るために」


『『・・・・・・』』


そう指摘する僕に対して奴は、忌々しげな表情でほぞを噛んでいるようだった。


「沈黙は肯定だよ。お前も感情を隠す事を学ぶべきだな!」


煽る僕の言葉に反応した奴は、額に血管が浮き出て、殺気が増したようだ。そんな奴の殺気を柳に風とばかりに受け流し、涼しい表情で見据える。


『『GAAAAAA!!!まったく、忌々しい!憎々しい!腹立たしい!!お前らのようなゴミどもは、俺様の思惑通りに惨めな最後を迎えていればいいんだよ!絶望し、泣き崩れ、己の無力さに打ちのめされ、俺様に命乞いでもしていれば可愛げもあるというのに・・・俺様を虚仮にしたことで、貴様も、貴様の周りの人間も、関係ない人間も、貴様を恨みながら死んでいく殺し方にしてやる!!!』』


奴はかなり興奮しているようで、まるで魔獣の咆哮のように、叫びながら吐き捨てていた。


(何かする気か?だが、ここまで奴を挑発すれば、僕から逃げることはないだろう。次は聖魔術を喰らわせて、奴の動きを封じてやる!)


遠目に見ると、奴の雄叫びと共に身体が少し膨れ上がって大きくなったような気がする。今までとは違う行動を起こそうとしている可能性を感じとり、僕は奴との距離を詰めるべく動き出した。


「はぁぁぁぁ!!」


『『鬱陶しいわっ!!』』


奴の間合いに入り、魔術杖の先端部分で突きを放つ。このまま杖が奴の肉体に触れて、聖魔術を放てば動きが止まるはずなので、杖を掴まれようが打ち払われようが構わない一撃だった。しかし、奴は何を考えたのか、杖の先端を狙って迎え撃つように拳を突き込んできた。


『ギィンッ!!』


(今だっ!)


魔術杖と奴の拳が接触した瞬間、僕は聖魔術を発動し、杖越しに奴の肉体に聖魔術を流し込んだ。


しかしーーー


「っ!なにっ!?」


聖魔術を流し込んでいるはずなのに、奴の行動は止まるどころか、今この瞬間も魔術杖ごと僕を殴り飛ばそうと、とんでもない力を拳に込めてきている。予想外の展開に声を出す僕に、奴は口元を歪めていた。


『『はっ、残念だったな!俺様には、もはや聖魔術は通用しない!』』


「・・・・・・」


奴の言葉に、僕は逡巡する。奴の言葉が真実なのか、あるいは僕のやり方が間違っているのか分からないからだ。もし奴の言葉が真実なら、討伐どころか封印さえも不可能ということになってしまう。


『『信じられないという顔だな。なに、単純な話だ。以前の俺様は、戦場に転がっている亡骸を依代としてこの世界に顕現した。そのせいで、既に生命活動を停止している肉体に聖魔術という異物が紛れ込み、俺様の動きが阻害されてしまっていたのだ。しかし、今回は生きる者の肉体を器としているのだ、今の俺様にとって聖魔術は異物でもなんでもなく、肉体を回復してくれる手段の一つだ』』


「・・・・・・」


その話の真偽を確かめたいところだが、奴の肉体は元々怪我一つ無い状態なので、僕の聖魔術がどんな影響を与えているか察することはできない。はったりか、あるいは真実か、見極めあぐねている内に、事態は刻一刻と最悪の方向へ変化していく。



(っ!魔獣の気配?こんな時に!)


 奴に聖魔術を浴びせ続けていると、知覚できる範囲内に魔獣の大群が押し寄せてきていることが分かった。その気配の大きさから推測して、最低でも魔獣ランクA以上だろう。”世界の害悪”と戦っている状況に、これほど大量の魔獣が押し寄せてこられたら、エレインとイドラさんを庇っている余裕がない。


しかもイドラさんは大量の血液を失っていて、未だに意識が戻っていない状態だ。こんな状態で乱入されれば、苦戦どころではない。


『『ククク、気づいたようだな?こちらに向かってくる大量の魔獣達の気配を』』


「っ!?お前の仕業か!?」


奴の嫌らしい笑みに、まさかとは思いつつもあり得そうな可能性を口にした。


『『ご名答!先程の俺様の叫び声で、周辺に居る魔獣どもを呼び寄せたのだ』』


「呼び寄せるだと?魔獣を?そんなことが・・・」


『『出来るさ。何故ならこちらに向かってきている魔獣達は、お前達が言うところの”害悪の欠片”を取り込んでいるんだ。俺様の力の一部がその身に宿っているんだ、ここに呼ぶことが出来て当然だろう?』』


「っ!?つまり、”害悪の欠片”を取り込んだ魔獣を、お前は操れるって訳か?」


最悪の考えが脳裏を過り、確認すべく奴に問いかけた。


『『ククク、そう言う事だな!』』


「・・・・・・」


奴の返答に、僕は頭を抱えそうになってしまった。奴の命令一つで自由に動かせるランクA以上の魔獣の群れがこの場に乱入してくるのだ、奴の対処だけでも四苦八苦している状況で、更に奴に操られている魔獣と相対すれば、確実に僕は奴に負けてしまうだろう。


(魔獣を無視して奴へ対処するのは不可能だろう。かといって、魔獣に対処すれば奴に隙を晒すことになる。それはつまり・・・)


この状況を打破することが出来ないかと思考を巡らせるが、まったくもって対処法が思い浮かばない。そもそも奴は不死身のように再生を繰り返し、封印の切り札と考えていた聖魔術も効かないのだ。奴だけでも手に余ると言うのに、状況は最悪どころの話ではなく、絶望に近い。


「ふふふ・・・」


『『っ!?どうした?あまりに絶望的な状況に、おかしくなったか?』』


この状況で突然笑い出した僕に、怪訝な表情を浮かべながら奴が問いかけてきた。


「あっはははは!いやいや、確かに絶望的な状況だ。でも僕は最後まで諦めない!」


あまりの逆境具合に逆に吹っ切れた僕は、声高に奴に向かって宣言した。


『『現実の見えていない馬鹿が!!お前はここで、俺様に惨めに殺されるんだよ!!』』


「いいや、絶対にお前をこの世界から消してやる!!!」


『ズドーン!!!!!』


僕がそう言い放つやいなや、上空から弾丸の様な速度でこちらに突っ込んで来た存在が、僕と奴との中間地点に轟音と共に着地し、辺りに土煙を充満させた。


「ははは!良く言ったエイダ!それでこそ俺達の息子だ!!」


次第に土煙が晴れてくると、突っ込んできた人物は着地の衝撃で地面に大きなクレーターを作っており、ゆっくりと立ち上がると、白銀のオーラを纏わせながら、弾んだ声で僕に声を掛けてきた。


その人物に目を見開きながら、僕は叫んだ。


「と、父さん!!?」

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