第191話 開戦危機 25

 日の出と同時に拠点を離れ、2日目の昼くらいには近くの少し大きめな都市に到着することができた。


その道中、カリンとルージュは共通の話題でもあったのか打ち解けているようだった。僕はといえば、正体を2人に悟られないために距離を置いた対応をしていたために、それほど会話をすること無く微妙な距離感になってしまっていた。


都市に到着すると、ルージュとカリンはお互い惜しむように別れの挨拶を交わしていた。短い時間だったというのに、かなり打ち解けていたようだ。ルージュはこのまま乗ってきた馬車でどこか辺境の田舎に向かうと言うことだった。


既に実家は【救済の光】に与しており、今回の出来事で逃亡したような状況になってしまったことや、そもそも組織の考え方やそのやり方に疑問を感じていたということもあったらしく、家には帰らずに姿を隠したいということだった。


そんなルージュを都市の手前で見送った僕達は、まずこの都市の騎士団の駐屯地を探した。そこでもミレアの家であるキャンベル公爵家の権力を存分に活用することで、カリンの身の安全と、王都までの護送を依頼し、彼女を確実に送ってもらえるように手配ができた。更に、組織の拠点で押収していた数々の研究成果の記載されている書物も一緒に王都へ輸送してもらうこともお願いしておいた。


騎士団駐屯地からの去り際、カリンは僕に助けてくれたことへの感謝の言葉と共に「頑張ってね」と励ましの言葉を呟いた。複雑な表情で、聞こえるか聞こえないかのギリギリの声だったが、その様子に、もしかしたら僕の正体に感づいていたのかもしれないと思い至った。



 それから僕はこの都市のフレメン商会の支店で、食料や衣服などの物資を補給した。ジーアの言葉通りタダで提供してくれたので、とてもありがたかった。


また、ここの支店の店長さんから、王都で流れている噂について耳にすることもできた。どうやら僕は愛する人を人質にとられて身動きができない状況に追い詰められている悲劇の英雄として語られているらしく、極稀に王都で目撃される僕の絶望したような姿が、その話に信憑性を与えているようだ。


(ミレアの用意した僕の影武者が、上手く情報操作しているようだな)


その話を聞いた僕は、安堵のため息を漏らすと共に、最近この周辺の村々を回って困窮する人々に救いの手を差し伸ばしている真の聖女なる人物の話も聞いたのだが、どう贔屓目に見ても変装した僕が行ったものだった。


(う~ん・・・噂話が一人歩きして、このファルという人物がかなり神聖視され始めてしまったな・・・これじゃあ逆に目立ってしまいそうだ)


話を聞いた僕は内心頭を抱えてしまうが、今さらどうしようもない状況になっていることもあり、とりあえず放っておくことにする。


そして商会をあとにすると、ミレアにこれまでの状況を報告してから、僕は【救済の光】の拠点潰しに向けて出発した。そのどこかにエレインが囚われている可能性を信じ、文字通り空を飛んでその拠点へと向かった。




side クリスティナ・フォード・クルニア



「ですから、我が共和国としては【救済の光】と内通しているような事実などありません!」


「しかしですな、我が国の優秀な諜報員からの報告では、そちらの国家所有の施設を【救済の光】が拠点として使用しているという事は分かっているのですよ?」


「この資料にある施設につきましては、確かに国の管理下にあったものですが、既に破棄されたもので、こちらの警備の隙をついて強襲されたのです!」


「だから関係ないと?しかし破棄された施設だとしても、国の管轄下にあったものを奪われるなど、本来であれば考えづらいことですな・・・」


「ですから・・・」


 波乱含みだった旅路の末に、無事目的地であるグルドリア王国に到着すると、それほど時間を開けずに王城の会議室に招かれることになりました。そこでわたくしの姿を見た王国の宰相は、怪訝な表情で眉を潜めていましたが、わたくしは共和国の使者として戦争の開戦を防ぐため、毅然とした態度で王国の主要人物達と会談に望みました。相手側の出席者は、王国の国王陛下、宰相、軍務大臣、そして各騎士団の隊長の面々が集まっています。


しかし、話は常に平行線を辿り、共和国側の主張は王国にまったく受け入れられません。それというのも、この会談に出席している王国の宰相が、事あるごとにこちらの主張を否定してくることが原因でしょう。いくら言い分を並べ立てても、いくらそれにともなう文章等の証拠を開示しても、相手はまったく取り合おうとはしません。それはまるで、最初からこちらの主張を聞く気はなく、戦争を始めたくてしょうがないというような雰囲気さえ感じました。


(こちらの主張を全否定するどころか、宣戦布告書よりもさらに詳細な組織の内情を把握しているなんて・・・これでは王国の方が組織と内通しているのではないかと思えるほどですが、それを口に出してしまえばもう戦争を回避することは叶いませんね・・・)


理不尽とも感じる会談の中、わたくしはこの戦争を止める手立てがまったく無い状況に愕然としてしまいました。それでも僅かな希望を抱きながら、何とか解決への糸口はないかと奮闘しました。



「そういえば、共和国ではまだ未成年の少年を国の英雄へと祭り上げたようですな?」


交渉が煮詰まる中、会話が途切れたタイミングで、王国の宰相が嫌らしい笑みを浮かべながらそんなことを口にしてきた。


「え、ええ。彼は伝説的な存在となっている剣神と魔神の息子です。その実力も申し分なく、我が国としてもーーー」


「いけませんなぁ。彼はまだ子供だ。幼い彼の肩に、貴国の命運を背負わせて重圧を掛けるのは、人道的に如何なものかと思いますよ?」


返答するわたくしの言葉を遮ると、宰相は我が国の行った事を非難してきました。本来であれば他国の内政を批判することなど外交的にも無礼に当たり、逆に非難されるべき事ですが、一応建前は通っていることが反論をし難くくしています。


「その件につきましては、我が国内の情勢によるものですし、本人も了承の上に擁立しております。それに、彼にはあくまで象徴的な存在としての役割を期待しておりますので、仰っているような重責を負わそうとは考えておりません」


「そうですか。しかし、戦争ともなれば象徴的な存在であっても、参加させないわけにはいかんでしょう?力あるはずのものが国や民を守らないなど、国民からどのように見られるか・・・」


宰相の挑発的な物言いに顔がひきつる思いですが、何か情報を掴んでいるかもしれません。そうなると、迂闊なもの言いは自らの首を絞めることにもなりかねませんでした。


「・・・何が仰りたいのでしょうか?」


「いえね、我が国が掴んだ情報では、新たに英雄として宣言された少年は、人質をとられて動きを制限されたばかりか、共和国から離反したというではないですか?」


「っ!」


王国の宰相の言葉は、既にわたくしも聞き及んでいる内容ですが、それにしても情報の伝達速度が速すぎると訝しみました。我が国が開発した最新の通信魔道具を用いることで、ほぼリアルタイムに情報の伝達が可能なことを考えれば、それを持たないはずの王国の情報収集速度は異常です。


(これは・・・よろしくありませんね・・・)


わたくしは共和国の使者として、王国の主張する開戦理由に対して誤解であると弁明に来ましたが、どうやら前提条件が間違っているのだと認識しました。


(報告では、【救済の光】が共和国の通信魔道具を所持していたとありました。そして王国の異常なまでの情報伝達の早さ・・・最悪を考えるならば、この宣戦布告は【救済の光】の差し金。いったい何が目的なの?いえ、更に最悪を考えるなら、公国も動くかもしれない!)


そこまで思い至ったとき、もはやこの会談に意味はないと痛感しました。言葉によって何とか戦争を止めようと意気込んできたものの、既に趨勢すうせいは決していたようでした。交渉すべきは彼らではなく【救済の光】だったのです。


そしておそらく、あの組織は一つの確固たる目的のために行動しています。そこに交渉の余地などはないでしょう。


「ご心配には及びません。多少の行き違いはあるようですが、彼の性格から考えて、我が国に反旗を翻すような事をされる人ではありません」


「ほぅ、随分な自信がおありのようで。まぁ、飼い犬に寝首をかかれないように気を付ける事ですね」


嫌みたっぷりに我が国を乏してくる宰相に、わたくしだけでなく、護衛として同行している近衛騎士の皆さんも、怒りを圧し殺して歯を喰い縛っているようでした。



 そうして結局、戦争を防ぐための会談は不調に終わり、不本意ではありましたが、数日掛けて開戦の日時や場所を決めることに終始してしまいました。


開戦はおよそ2ヶ月後の2の月初日。場所は今までも戦場として使用されていた、共和国の最南端にあるグレニールド平原となりました。


一応開戦までは考えていた以上の時間を稼ぐことができましたが、その交渉に王国側がすんなり応じたことに不信を抱かざるを得ませんでした。本来であれば相手の準備が整いきる前にさっさと開戦したいはずですが、怖いくらいにこちらの言う日時を呑んできたのです。


(これはもしかすると、これだけ期間を開けることに何か理由があるかもしれませんね・・・)


そこにどんな思惑が隠れているのかの調査を命じることを心に留め置き、わたくしは少しだけ肩を落として王国をあとにすることになりました。


しかし、そんなわたくしに追い討ちをかけるように、共和国から目を覆いたくなるような連絡がありました。


「なっ!公国が我が国に対して宣戦布告!?」


それは時期を同じくしての、オーラリアル公国からの宣戦布告を告げる知らせでした。

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