第148話 変化 8
エレインとの情報交換を行い、各国の諜報員から勧誘のような話をされ、国家機密の塊のような魔道具を押し付けられることになった休息日から少し経った頃だった。
僕は授業時間も終わった夕暮れ時に、いつもの演習場で公国と王国から渡されたブレスレットの効果を確かめていた。ちなみに今年の新入生にはノアは居らず、去年自分達の手で作ったこの小さい演習場は、今も僕達の専用のようになっている。
ブレスレットなのだが、思った以上に魔力や闘氣の制御がしやすくなるようで、両腕に嵌めて白銀のオーラを展開するときも、大した集中力を要せずして展開することができていた。
便利ではあるが、この魔道具に頼りきった状態になってしまうのも不味いと考え、あくまでも不測の事態や、あの“害悪の欠片”を取り込んだ異常な魔獣の相手以外には使わないようにした方が良いだろうと思った。
そんなことを考えながら検証を終えた僕は、2つのブレスレットを着けたまま、夕食にしようと寮へ戻ることにした。
◆
side カイル・クルーガー
「あ~、くそっ!!何で俺が怒られなきゃならないんだ!!」
学院の寮の自室にて、俺は実家から送られてきた手紙を読んでいた。そこには、今最も王族から注目を浴びている存在であるエイダ・ファンネルについての、俺の報告の返答が記されていた。
長期休暇で実家に帰った際に、父上から平民のノアと友好関係を結べと命じられた時には唖然としたが、その理由を聞かされて俺は更に驚愕した。なんと平民ごときに王族が、国賓級の対応を行ったというのだ。しかも、この国では最強と称される国王直属の近衛騎士が奴の実力にお墨付きを与え、国の最重要戦力としての扱いを提案しているというのだ。
奴の噂は聞いていたが、まさかそこまで大事になっているとは思わず、父上からの言葉も半信半疑だった。しかし、話が本当なら奴を我が家で取り込んでおいて損はないだろうと判断した。国がそれほどの待遇で扱おうとしている人物を傘下に収めれば、次期伯爵として箔が付くだろうと考えたのだ。
しかし、あろうことか奴は、俺が友好的に声を掛けたというのにおざなりな態度を取るばかりか、それ以上話すことはないと無視したのだ。この次期伯爵である俺を前に、許されざる無礼だった。
だからこそ、そんな失礼な態度をとった奴に目にもの見せてやろうと、実家に奴を糾弾するように報告書を送ったのだが、返ってきた返答は俺の言動に呆れ、罵倒するものだった。
「ふざけんなよ!俺は貴族で奴は平民なんだぞ!何で俺の方が叱責を受けるんだよ!貴族に無礼を働いた奴こそ処罰されるべきだろ!!」
言い様のない苛立ちを物にぶつけていると、部屋の扉がノックされた。誰かが騒音の苦情でも言いに来たのかと舌打ちしながら扉を開けると、そこには何故かニヤついた表情をしている同級生がいた。彼は確か子爵家の跡取りだったはずだ。
「ずいぶん荒れているようだね?外まで聞こえてきたけど、例の憎たらしいノアのことかい?」
部屋に招き入れると、彼は開口一番にそんなことを指摘してきた。
「あ?あぁそうだよ。平民の癖に貴族に対する敬いの心も無い屑野郎だよ」
「ふふふ、やはり君も奴からぞんざいな態度をとられた仲間か」
「はぁ?何だよ仲間って?それに、何でニヤニヤしてんだ?君もってことは、お前も実家から奴に近づけって話があったんじゃないのか?」
彼の態度に怪訝な表情を浮かべて聞いてみるも、そのニヤついた笑顔を崩すことはなかった。
「当然うちの実家からも言われたさ。でも、結果は君と一緒。そして、同じような思いをしている人は結構居てね、これから皆で集まって策を考えることになっているんだけど、君も参加しないかい?」
そう言ってくる彼に、俺は疑問の言葉を口にする。
「策って言ったって、何するんだよ?金でも渡してご機嫌取ろうっていうのか?」
「まさか!平民相手に、そんな金の無駄遣いなんてしないさ!もっと効率良く、実家からの評価も得られる方法さ!」
「・・・そんな方法が本当にあるのか?」
俺は疑問に思いながらも、彼の言葉に興味を引かれた。そんな方法があるのなら、是非俺も仲間に加わりたいと考えたからだ。そして、父上の俺に対する評価を、正当なものへと戻したいとも考えていた。
「おっと!これ以上の内容は、僕らの仲間になってから教えるよ。あまり話を広めて奴の耳に入ってしまうと面倒だからね」
もっともな彼の言葉に、俺は少しだけ瞬巡したが、結論は既に出ていた。
「分かった。俺も仲間に入れてくれ!あのスカした野郎に吠え面かかせてやる!!」
「君ならそう言ってくれると思ったよ。じゃあ、仲間の元へ案内するから付いてきてくれ」
彼の後について行くと、そこは学院の裏門近くだった。既に陽は沈み、辺りは夜の帳が落ちていて、この時間になると誰も近寄らない場所だ。そこには既に10人程の人達が集まっていて、見たことがある顔も多かった。
(これは・・・みんな実家を継ぐ予定の者達ばかりじゃないか!3年生も居るし・・・あれは、アーメイ家の妹の取り巻き連中もいるな。あっ!あの3年達は確か、スタンピード討伐作戦の集会で、奴に気絶させられて失禁した連中だ!)
どうやらここに集まった面々は、奴におざなりな対応をされたというだけでなく、奴と少なからず因縁があるような人物が集合しているようだった。
奴と友好的な関係を構築するどころか、逆に恨みや妬み嫉みを抱いていそうな人達が集まって、いったいどうするのだろうと疑問に考えていると、集まっている中の一人が声を上げた。
「皆、集まってくれてありがとう!ここに集う者達は、ある人物に対して同じ思いを抱いている者達だ!みんな平民であるにもかかわらず、自分の立場も弁えないあの男に煮え湯を飲まされた事だろう・・・更には当主から不当な罵声を浴びせられた者も居るんじゃないか?」
声高に叫ぶ彼は、奴に気絶させられた3年生の内の一人だ。彼は悔しさを滲ませるような表情で、感情的に演説をしているが、その言葉にはとても共感できた。それは集まっている皆も一緒のようで、一様に深く頷いていた。
「そこで私は考えた!奴さえ居なければ良いのではないかと!!そうすればこの様な理不尽な状況に苦悩することなど無いのだ!」
「そうだ!そうだ!」
「あんな奴消してしまえ!!」
「平民が居なくなったところで、何も問題になんてならないはずだ!」
彼の演説に呼応するように、皆が声を上げていた。
「それにだ、国が実力を認めている奴を仕留めることが出来れば、それはそのまま仕留めた人物の実力も評価されることになると思わないか!?」
「その通りだ!!」
「ノアよりも下に見られるなんて我慢できない!俺達の方が上のはずだ!」
「そうよ!あいつはちょっと幸運が味方しただけの、ただの平民のノアよ!!」
興奮する皆の様子に、もっともな考えだと俺も共感した。奴を消してしまえば自分の実力も評価されるし、この苦悩も理不尽な当主の怒りも無くなるのなら最高な事だった。
「そこでだ!俺達は完璧な作戦を考えて、奴を亡き者にしようと準備している。皆にはその協力をお願いしたい!ここにいる我々12人の力を集結させ、1人の巨悪と立ち向かおうではないか!!」
「「「お~~~!!!」」」
彼が拳を突き上げながら皆を鼓舞すると、俺も釣られて拳を突き上げながら叫んでいた。
その後、数回に渡って奴を消す為の会議に参加した俺は、絶対の自信と輝かしい未来を確信していた。
そして、奴が一人で小さな演習場のような場所に居ることを確認すると、ついに仲間達に作戦決行の号令が出された。辺りは既に夕暮れ時の薄暗い中で、視界は昼間と比べ確実に悪いだろう。
そんな中、辺りを涼やかな鈴の音が響いた。
(・・・っ!!合図だっ!全員配置についたんだな!)
奴を強襲する作戦はいたって単純だ。単独で居るということ、周りに俺達以外の目がないこと、そして、視界の悪い日没後という条件が揃った上で、奴の死角になる物陰に潜み、8人が一斉に即効性の猛毒が塗られたナイフを投げ、残りの4人が同じ毒を塗った吹き矢で仕留めにかかる。
慎重を期して魔力も闘氣も使わず、しかも気配を遮断する魔道具の外套まで使用するのだ、攻撃が当たるまで気づかれるわけもない。
最初のナイフで片がつけばそれで良し。避けられたり弾かれたりしても、奴の視線が大きなナイフに注意を向けている内に、極細の吹き矢で射掛けるという二段構えだ。
毒の効果も折り紙付きで、Aランクの魔獣でさえ微量の毒が体内に入ると、数分は身体が硬直して動けなくなるらしい。それほどの威力のある猛毒を人間に使えば、動けなくなるどころか永遠に目覚めなくなる事は明白だ。死に至らなかったとしても、動けない内に止めを刺せばいいだけなので、いくら奴に実力があると言われているとはいえ、殺すことは容易のはずだ。
(ナイフの数は十分ある。吹き矢の矢もかなり準備したんだ、これだけの物量で一斉に仕掛ければ、いくら王族から認められる実力があるといっても一本くらいは当たるはず!いや、当たらないなんてあり得ない!!)
俺は確信を込めて手に持つナイフを握りしめ、足元に置いている大量のナイフが詰め込まれた鞄をチラリと確認した。
(ふぅ~・・・大丈夫だ。絶対上手くいく!実家からも称賛され、王子派閥の連中も王女に傾いていた邪魔者を排除したとして、きっと俺達の事を褒め称えるはずだ!!)
昂る心を落ち着かせ、十数m先をのんびり歩いている奴を睨み付けながらその時を待つ。
そしてーーー
『リーン・・・リーン・・・』
辺りを再び涼やかな鈴の音が包む。その音に奴は足を止め、訝しむように辺りを見回していた。
(今だっ!死ねっ!!!)
立ち止まった奴に向け、一斉に投げ込まれ始めるナイフの雨に、俺も遅れまいと投げつけた。
(やった!!)
奴を取り囲むように放たれたナイフや吹き矢は、無防備に佇む奴に向かって殺到していった。運が味方しているのか、今の奴は魔術杖も剣も装備していない手ぶらの状態だ。腕に奇妙なブレスレットを着けてはいるが、大方ファッションとしての物だろう。奴には急に大金が入ったと聞くし、金の使い方が分かっていないのだろう。奴が死ねばその金も、皆で山分けしようと決まっている。
そう、手ぶらで防具も装備せず、無防備な状態でいる奴が、この密度の攻撃をどうこう出来るわけがないと思っていた。
誰しもが・・・
『ガ、キキキキィィィィィン!!!!!』
「・・・・・・・は?」
奴にナイフが突き刺さろうとした瞬間、奴の全身を白銀色の闘氣のようなものが包んだかと思うと、殺到していたナイフや吹き矢が全て弾かれたのか、硬質な音と共に奴の足元に散らばっていた。
(なんだそりゃ!!?あり得るかよ!!?第四階層に至った闘氣だって、攻撃を完全に防ぐだけの力なんて無いのに!!何なんだよ、ありゃ!?)
俺は地団駄を踏みながら、奴の闘氣の様なものを凝視する。すぐに思い浮かぶのは、あれが第五階層の”昇華”に至った状態なのではないかという考えだが、第五階層は黄金に輝くと聞いている。では魔力かと言えば、あちらも第五楷梯は漆黒に艶めくと聞いているので、そのどちらでもないはずだ。
(くそっ!どうすれば・・・)
攻撃が躱されるのではなく、そもそも効かないとなると、当初の計画を大幅に修正する必要があるため、俺はその場に立ち尽くして動けなくなってしまった。しかし、他の仲間達はこの状況でも悲観することなく攻撃を続けていた。
『ガキキィィィィン!!!』
(・・・そうだ、あれだけの防御力を誇るんなら、奴の訳の分からんオーラもずっと展開し続けるのは無理なはずだ!なら、あれが消えるまで攻撃を続けりゃいい!!)
事ここに至り、皆はなりふり構わないようで、闘氣を使ってナイフを投げ込んだり魔術で攻撃したりしていた。火の矢が、水の矢が、風の刃が、土の槍が奴に殺到するも、揺らめく白銀のオーラはびくともしていないようだった。しかし、いつかは耐えられなくなるはずだ。
(上等だ!こうなりゃ根比べだ!いつまで耐えられるか見ものだぜ!!)
俺は闘氣を纏って、足元の鞄に大量に準備していたナイフをどんどん投げ込んだ。その攻撃がいつか奴に届くと信じて。
しかし、状況は思わぬ方向に転がり始めてしまった。
「もぉ~、何ですか?騒々しいですね~」
姿を見せたのは、寮母のメアリーちゃんだった。計画よりも時間が掛かってしまったことと、攻撃音がうるさかった為か、様子を見に来てしまったようだ。
(くそっ!あの若作りばばあ!!こんな場所にしゃしゃり出てきやがって!)
彼女の姿を見た俺は、貴族である寮母まで殺してしまうのはまずいと考え、一瞬手が止まってしまった。ただ、他の仲間は考えが違ったのか、攻撃の手を緩める事はなかった。
(はっ?マジかよ!?さすがに貴族のメアリーちゃんまで殺しちまうと、言い逃れ出来ないんじゃないか?)
今回の行動に際して、奴を始末した後に王女の方から物言いが来ることを想定していた俺達は、貴族が平民に対して発動できる裁決権を主張するつもりだった。
これは、貴族に対して平民が度を越える無礼や失礼、もしくは損害を与えた場合、それをされた貴族が平民を裁く権利の事だ。
今までの奴の数々の無礼でもって裁決権を発動したと言えば、王女といえど口を噤むしかないはずだが、さすがに裁決権は貴族同士には適応されない。
そんな俺の危惧が現実のものとなるかのごとく、奴に投げられたナイフの内の幾つかは、狙いが外れたのか、メアリーちゃんの方へと向かっていた。
「いったい何の騒・・キャーーー!!」
メアリーちゃんは自分に向かって飛んでくるナイフに気づいたのか、悲鳴を上げながらしゃがみこんでいた。
(やべっ!!)
俺はこの時、計画の破綻の足音が聞こえた気がした。もしかしたら、この計画自体最初から成立してさえいなかったかもしれないが、そんなことは今の俺にはどうでもよかった。
俺はメアリーちゃんにナイフが当たったかも確認するすることなく、怖くなってこの場から逃げ出したのだった。
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