第132話 舞踏会 2

 2日後、特に何事もなく首都ダイスにあるアーメイ伯爵家の本邸へと到着した。


あれからティナさんは僕に睨みを効かすこともなく、といって何か話し掛けてくるでもなく、今まで通り先輩とだけ会話していた。


少しだけでも打ち解けた気がしたのは気のせいだったかなと思ったが、睨まれなくなっただけ良しとしようと考えた。先輩もそんな彼女の微妙な変化を感じ取ってか、安心したような表情を浮かべていた。



 僕達を乗せた馬車が停車すると、キースさんが客車の扉を開け、降りるように誘導してくれた。それに従い先輩達が先に降り、僕が最後に馬車から降りると、目の前には白を基調とした豪華な屋敷が聳え建っていた。


「・・・大きいなぁ」


5階建ての屋敷を見上げながら呟き、さらに周囲を見渡すと、塀に囲まれたこの屋敷の敷地内には、演習場のような広々とした場所まであった。


(アーメイ家は魔術騎士団の団長っていうことだし、敷地内に魔法を鍛練する場所もちゃんと用意されてるってことか)


僕は辺りをキョロキョロしながら先輩達の進む後を着いていく。屋敷の扉が開かれると、そこには左右にずらっと整列して並ぶ奉仕職の使用人さん達が出迎えてくれた。


「「「お帰りなさいませ、エレイン様!ティナ様!そして、ようこそお越しくださいました、エイダ・ファンネル様!」」」


その一糸乱れぬ動きでお辞儀しながら歓迎してくれている様子に、僕は驚きを隠せなかった。この対応にお礼を言った方が良いのか迷っているうちに、アーメイ先輩が先に動いてしまった。


「出迎えご苦労!お父様はいらっしゃるか?」


先輩の問い掛けに、近くにいた執事らしき壮年の男性が進み出てきた。


「御当主様は執務室にいらっしゃいます。お嬢様達が戻られたら、ファンネル様とご一緒に案内せよと申し付かっております」


「分かった。では、このまま執務室に向かおう」


「畏まりました」


先輩の言葉に恭しく頭を下げると、執事の男性が先頭に立ち、それに続くように先輩とティナさん、そして僕が続いた。また、僕の背後には3人のメイドさんが無言で付き従っていて、どう対応するのが正解なのかまるで分からない為、大人しく流れに任せた。



「御当主様、エレイン様とティナ様、そしてお客人であるエイダ・ファンネル様をお連れいたしました」


『分かった。通せ』


重厚な扉の前まで通され、執事の人が扉をノックしてお伺いを立てると、いつかの聞き覚えのある声が返ってきた。


「失礼いたします」


執事の人が扉を開けると、僕達3人は中に通された。部屋に備わっている応接用のソファーに促され、奥からアーメイ先輩、ティナさん、僕の順で着席した。チラリと僕の隣に座るティナさんの表情を伺うと、嫌な顔1つせずに平然としていることから、こういった席順にもマナーがあるのだろうと推察した。


そして、先輩のお父さんが執務机から離れて対面のソファーに座ると、部屋から使用人の人達を退出させた。


「よく帰ってきた2人共、疲れただろう?今日はゆっくりしなさい。そして、久しぶりだね、エイダ・ファンネル君」


先輩のお父さんはまず自分の娘達のことを労うと、次いで鋭い視線を僕に向けてきた。


「ご無沙汰しています、グレス・アーメイ様。本日はエレイン様のご招待に預かり、お伺いさせていただきましたこと、御礼申し上げます。また、乗車させていただきました馬車に、私特製のポーションをお持ち致しましたので、良ければお納めください」


僕は貴族に対しての最低限の礼儀作法でもって挨拶を返した。ちなみにこの口上は、先輩が馬車に不在の間にティナさんから教わっていたものだ。そんな僕の様子に先輩からの驚くような視線を感じるが、今は挨拶の最中なのでそちらを向くわけにはいかなかった。


「・・・あれから半年も経たないというのに、随分と変わったものだな。何が君をそうさせているのか・・・」


そう言いながらグレスさんは、先輩の方へと一瞬視線を向けていたが、すぐに僕に視線を戻した。


「君の活躍は私も聞き及んでいる。君という存在を知らなければ、荒唐無稽として一笑に付す内容だが、私は娘を信じているからな」


「・・・・・」


グレスさんの持って回ったような言葉に、どう返答すべきか言葉が浮かんでこなかった。何か僕を試しているような気はするのだが、それが何なのかが分からない。


「我が伯爵家は、現在微妙な情勢に身を置いていてね、重要な決断をしなければならないのだが、ここで誤った道に進んでしまうと我が家だけではなく、我が伯爵家に仕えている奉仕職の者達まで路頭に迷うことになってしまうのだ。だからこそ、その決断には確信が欲しいのだ」


グレスさんは厳しい表情で、僕の一挙手一投足も見逃すまいとするような視線を向けてきていた。確か先輩が以前、アーメイ家の事を中立に近い王子派閥だと表現していたので、それが関係しているのかもしれないと考えた。そして、僕を試すかのような言葉をしている事を考慮して口を開いた。


「その確信というのは、私が関わることでしょうか?」


「その通りだ。エイダ・ファンネル君、君の実力を私に、いや、この家に仕える全ての者達にも知らしめて欲しい」


「・・・分かりました。どのように確認しますか?」


少しの迷いもあったが、アーメイ伯爵家に関わる範囲での話だったので、自分の実力を誇示することにそれほど抵抗なく了承した。


「い、いいのか?エイダ君?」


すると、僕の決断を心配な表情をした先輩が問い掛けてきた。


「はい、大丈夫です。既に他の貴族にも僕の実力の一端は見られていますし、中途半端な伝聞で判断されるよりも、実際に見ていただいた方が良いでしょう」


「それは・・・そうなのだが、色々と君に面倒事が降ってくるかもしれないぞ?」


「そうかもしれません。ただ、今すぐでは無いと思いますので、それまでに僕も成長しようと考えています」


「エイダ君・・・」


先輩は僕の言葉に何も言い返さず、微かに笑みを浮かべていた。


救済の光の襲撃の折り、ある程度の貴族の当主は僕の力を目にしているが、それは僕の全力ではないし、あの時よりも今の方が実力的には成長している。そこから伝え聞く話では、評価もしにくいだろう。


それに、ジーアの話では、貴族の方は王女がうまく制しているが、王子の方は難しそうな事を言っていたので、そういった人達が動く前に、後ろ楯も必要だろうと考えた。


(まぁ、後ろ楯云々の話は、ティナさんから教えて貰ったんだけど・・・)


おそらくグレスさんは、派閥の鞍替えを検討しているのだろう。とはいえ、魔術騎士団団長の肩書きがあったとしても、新しい派閥では新参者扱いの微妙な立場になる可能性もある。


となれば、王女派閥から確固たる地位を提供されるに足るだけの、実績が必要となるのだろう。


(それが本当に僕かどうかは、断定できないけど・・・)


そんな考えていると、グレスさんが何かを思い付いたような表情で口を開いた。


「では、君の実力を測るのに、我が魔術騎士団で最も優れた者と試合をするのはどうかね?」


しかし、その提案に懸念を抱いた僕は、包み隠さず、直接的に伝えた。


「残念ですが、それだとかなり僕の力を制限しないと勝負にならないでしょう」


「・・・ほう、それほど自信があるということかね?」


「はい。最低でも第五楷悌の魔術師でなければ、一撃ももたないでしょう」


僕の言葉にグレスさんは、面白いものを見るような顔を向けてきた。隣に座るティナさんからは、信じられないものを見るような視線を感じる。


「よし。では、一度君の全力を見せてくれ。その上で試合をするかどうかは決めよう」


「ご考慮頂き感謝いたします」


「構わん。日時は明日の午後2時、我が家の演習場にて執り行う。それで良いかね?」


「承りました」


「では、体調を整えておいてくれ。話は以上だ」


「失礼いたします」


僕は一礼すると、アーメイ先輩達と共に静かに執務室をあとにした。



 その後、部屋の外で待機していたメイドさんが客室に案内してくれた。アーメイ先輩は何か言いたそうな表情をしていたが、廊下で騒がしくするわけにもいかないらしく、とりあえず着替えてから話そうと言うことになって一旦別れた。そんな先輩の様子とは対照的に、ティナさんはあまり興味なさそうな表情をしていて、メイドさんの一人と共に、先にこの場をあとにしていた。


僕が案内された部屋はとても豪華で、学院の寮の部屋の3倍位の広さがあった。落ち着いた茶系等の家具で統一され、ベッドやクローゼットは学院で使っているものの倍くらいの大きさだ。部屋の中央には4人が余裕をもって座れる円形のテーブルが備えられており、広すぎて逆に落ち着かない感覚になってしまう。


「あっ、荷物は先に持ってきてくれてたんだ」


クローゼットの前には今回準備した2つの大きな鞄が既に置かれており、持ってきた正装がシワにならないように掛けておこうとクローゼットを開けると、既に2つともハンガーに掛けられていた。伯爵家の使用人の有能さに目を見開いていると、扉をノックする音が聞こえた。


「はい!どうぞ!」


僕が返答すると静かに扉が開かれ、一人のメイドさんが深々とお辞儀をしながら入室してきた。


「失礼いたします。エレインお嬢様よりご伝言を預かって参りました。準備が出来ましたら、ティールームへお越しいただきたいとのことです」


「分かりました。特段着替えることもないので、このままで良いですよ?」


「お嬢様より、気軽な服装でも構わないとのことでしたが?」


僕の服装を見てメイドさんが助言してくれるが、正直、伯爵家の中を歩き回れるくらいの気軽な服装の基準が分からない。


「大丈夫です、このままで」


「畏まりました。では、ご案内致しますのでこちらへお願い致します」


メイドさんは服装についてそれ以上言うことはなく、少し頭を下げながら扉の方を指し示し、同行を促してきた。それに従って部屋を出ると、メイドさんが先頭に立って歩き始めた。先程からこのメイドさんは一切表情を動かさないので、これが奉仕職のプロ意識というものなのかと感心してあとを付いていった。


 案内された先はガラス張りのテラスのようになっており、暖かなティールームは色とりどりの花が咲き誇っていた。4人掛けの丸テーブルにはまだ誰もおらず、一先ず僕はメイドさんから座って待っているように促された。


しばらくすると、水色のワンピースに着替えたアーメイ先輩がティールームへとやって来た。


「何だ?エイダ君は着替えてないのか?」


僕の服装を見た先輩は、不思議そうな顔をして尋ねてきた。


「いえ、着替えようとも思ったのですが、どんな服装が良いのか分からなかったので、無難に正装のままにしたんです」


「そうか。別に気を遣わなくても良いんだぞ?」


そう微笑みながら先輩はテーブルに着くと、メイドさんが見計らったようなタイミングで紅茶とお菓子をテーブルに置いて、壁際へと下がった。その無駄の無い一連の動きに、僕は感心していた。そんな僕の視線が気になったのか、先輩は口を尖らせていた。


「エイダ君は、ああいった女性が好みなのか?」


「えっ?いえ、そうではないですが、無駄の無い動きに感心してたんですよ。そもそも僕は、安定した奉仕職を目指していましたから」


先輩が何か勘違いしているようだったので、僕は無実を主張するようにそう伝えた。


「そういえば、そうだったな。しかし、先程のお父様との話で、君の実力を公にするということは、君の目指していた安定した生活から遠ざかる可能性が高いぞ?それは分かっているのか?」


心配した表情で先輩は僕を見つめてきた。先程、廊下では言えなかったのはこの事だろう。


「はい、分かってます。こう言うと傲慢かもしれませんが、父さんと母さんの話もあって、僕は今後、この世界で起こることに無関係ではいられないようです。無視を決め込むことも出来るかもしれませんが、そのせいで僕の大切な人に万が一の事があったら後悔してもしきれません」


「・・・・・・」


僕の言葉に、先輩は固唾を呑んで話に聞き入っていた。


「なのでいっそのこと、積極的に関わっていこうかと考えています。それで大切なものが守れるなら、これから起こりうる面倒事なんて安いものです」


「・・・エイダ君、これからどう転ぶかは分からないが、状況によっては君は無理矢理貴族になることも無いとは言えないんだぞ?」


「分かっています。なので、僕はこれから知識や経験、様々な種類の情報等を学べるだけ学んで、必要なら貴族の爵位も利用するだけです」


「・・・そうか。君がそこまで考えての事なら、私から言うことは何もない。知識や情報なら私もある程度協力は出来るだろうから、遠慮無く言ってくれ!」


納得したような表情をする先輩に、僕は感謝を伝えた。


「ありがとうございます!」


それから僕らは紅茶を飲みながら、ダンスの練習について話した。

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