第131話 舞踏会 1

 12の月の最終週、学院は約一ヶ月の長期休暇に入った。ほとんど全ての生徒達はこの期間実家へと戻り、家族と共に新年を迎えるのだという。ただ、伯爵までの爵位の貴族は、年が明けた1の月の2日に、この国の首都、ダイスの王城にて“新賀の義”という集まりに出席し、国王陛下に新年の挨拶を行うのが習わしなのだという。


ちなみに参列するのは現当主とその正妻、そして次期当主だけらしい。つまりはアーメイ先輩も、その新賀の義に参列する必要があるということだ。そして翌日の3日、首都にあるアーメイ伯爵家の本邸において、舞踏会を執り行う予定となっている。


皆には僕がアーメイ伯爵家の舞踏会に招かれた話をしたが、アッシュとカリンは興味深そうな表情をしながら、僕のダンスの腕前についてなじられ、ジーアからは長期休暇に僕が実家に戻らないことを嘆かれた。


元々、僕が所持している魔術杖について母さんと交渉をしたいということだったのだが、そもそも両親が今不在にしているということと、母さん自身が制作にあまり乗り気ではない旨を伝えて、今回については何とか諦めてもらった。


僕の懇願にジーアは唇を尖らせていたが、交渉すべき本人がいないのではしょうがないと、肩を落として諦めていた。



 そして、3人は長期休暇初日には実家に帰るために学院を出発した。実は3人共実家は、この都市から馬車で2日の距離にある首都だということで、もしかしたら向こうで会うこともあるかもしれないねと言って別れていた。


僕はといえば明日、アーメイ先輩の迎えの馬車に同乗して首都ダイスにあるアーメイ伯爵家の本邸に向かうことになっている。実は、少なくともアーメイ家には2週間近くお世話になってしまうということでかなり恐縮したのだが、先輩からはダンスの練習が必要だからと押しきられてしまったのだった。


それならば、何か手土産を持参した方が良いのではないかと悩んだが、先輩は「そんな物は必要ない」と言われてしまった。ただ、ジーアからは相手の印象を良くするために何か持っていった方が良いだろうという助言をもらっていた。


しかし、伯爵家の当主が好むような物など全く分からないので、アッシュの知恵も借りると、魔術騎士団の団長という立場上、戦場に立つ機会もあるだろうということで、僕特製のポーションを持って行くことにした。


ついでに2ヶ月以上顔を出していなかった、サンドルフ商会のカーリーさんにも、作りたてのポーション片手にお邪魔していた。すると、彼女は神妙な面持ちをしながら、「これからは無理して作らなくても大丈夫だからね?」と僕を心配するような事を言い出してきたので、何事かと探りを入れると、どうやら僕がBBランクに昇格したことを知ったようで、今後も友好的に取引を行いたいからという理由だった。


僕としては急に態度を変えられると対応に困ってしまうので、「今まで通りで良いですよ」と伝えると、「じゃあこれからも定期的によろしく!」と、直前までの腰の低い態度を一変してきた。ただ、なんだかその方がカーリーさんらしかったので、僕は笑いながら了承した。



 そして、ついに首都にあるアーメイ家の本邸に向かう日がやって来た。さっそく購入しておいた正装が役に立つのはいいのだが、3着とも全て持っていった方が良いとアーメイ先輩に言われていたので、そんなに正装を披露する事などあるのだろうかと、半信半疑になりながらも荷造りをしていた。


僕の想像ではダンスの練習をして、息抜きに首都を観光するくらいの緩い時間の流れを想像しているのだが、以前エイミーさん達からされた話もあったので、どんな状況になっても良いように心の準備だけはしておこうと思った。


僕は一応正装である黒のナポレオンジャケットを着込み、アーメイ先輩達と学院の正門で待っていると、艶やかな漆黒の客車が目を惹く2頭引きの馬車が現れた。御者席には老紳士の執事が乗っており、目に掛けるモノクルが陽の光を反射していた。


「お待たせ致しましたエレインお嬢様、ティナお嬢様。そして初めまして、エイダ・ファンネル様。わたくしはアーメイ家に仕えるキース・メイソンと申します。キースとお呼びください」


僕らの目の前で馬車が停まると、御者席から降りてきた老紳士は恭しい仕草で頭を下げ、キースと名乗った。


「初めまして、エイダ・ファンネルと申します。道中よろしくお願いします、キースさん」


「久しぶりだな、キース爺。元気にしていたか?」


僕はキースさんに倣って丁寧に挨拶を返すと、先輩は昔からの付き合いなのか、親しげな言葉を投げ掛けていた。


「1年振りでございますね。爺はこの通り、元気にしておりました。エレインお嬢様も少し見ない内に成長なされたようだ。それに、ティナお嬢様も相変わらず可愛らしい」


「私が可愛いのはいつものことよ!それよりお姉さま、早く乗りましょう!」


そう言うとティナさんは、僕を押し退けるようにアーメイ先輩の腕を取って馬車へ乗り込んでいってしまった。足元に置いていた荷物はそのままで、それは誰かが荷物を運んで当然という行動だった。


そう、今回アーメイ先輩の本邸に行くのは、僕と先輩だけではない。当然ながら先輩の妹であるティナさんも一緒に馬車に同行するのだ。


あの対抗試合の決勝戦以来顔を会わすこともなかったが、正直彼女とはあまり友好的な関係が築けていないし、なんなら嫌われているだろうとも思っている。その証拠に、馬車を待つ時に挨拶をしたのだが、無言でこちらを睨み付けてくるだけで一言も発せず、先輩の執り成しで微妙に頭だけ下げてきただけだった。


更に今の態度といい、これから首都までの2日間の事を思うと不安しかない。


(ティナさんはかなり先輩になついているようだし、余計な事して反感を買わないように存在感を消していこう・・・)


これからの旅路についてそう考え、僕は重いため息と共に馬車へと乗り込むのだった。そんな僕の様子に、キースさんは表情一つ変えることなく、素早い動作で僕から荷物を預かって積み込むと、ゆっくりと馬車を走らせ始めた。



 首都までの道中の馬車内は、微妙な空気が流れていた。ティナさんはお姉さんであるアーメイ先輩としか喋ろうとせず、先輩は僕に話を振ってくるがそれをティナさんが阻止するという、何ともどうしたらいいのか困る雰囲気だった。


ただ、座席の対面に座っている2人の様子を見るに、本当に仲が良い姉妹のようで、ティナさんは単に僕が嫌いというよりかは、自分の大切なお姉さんを取られたくないといったような雰囲気だった。


そんなティナさんを先輩も無下には出来ないようで、苦笑いを浮かべながら接していた。時折僕に向けて申し訳なさそうな表情をしてくるので、僕は気にしてませんよという意味を込めて笑顔を返すのだが、それにティナさんが気付くと頬を膨らませて抗議してくるので、失礼だとは思いつつも、いっその事寝てしまった方が双方にとって穏やかな旅路になるんじゃないかと考え、僕は目を閉じたのだった。



 しばらくして、いつの間にか本当に眠っていた僕は、突然おでこに痛みが走って目を覚ました。


「っ!!?な、何だ?」


「・・・ふん!本当に寝てたのね?」


驚いて目を開けるとそこには、指を僕の額の辺りで伸ばしているティナさんの姿があった。どうやら僕は彼女にデコピンされたらしい。


「・・・あれ?アーメイ先輩は?」


馬車内を見渡しても先輩の姿が無く、今がどういった状況なのかを聞くために彼女に確認した。


「姉さまならこの街で、キース爺と一緒に昼食の買い出しに行ったわ」


どうやら僕が寝ていた間に、次の街に到着していたようだった。ただ、先輩が昼食の買い出しに行ったというのなら、彼女がこの場に残っている理由がわからなかった。


「ティナさんは一緒に行かなかったの?」


「・・・ちょっと、あんたに話があったのよ」


そう言うと、彼女は真剣な表情をしながら僕を見つめてきた。


「あんた、姉さまの事どう思ってるの?」


何だか最近も同じような質問をされた記憶があるが、あの時は両親からだったなぁと遠い目をしそうになるが、ここではぐらかしたり口ごもったりするのも良くないだろうと考えて、正直に伝えることにした。


「一人の女性として、魅力的だと思っているよ」


「ふ、ふ~ん、随分はっきり言うわね。もっと慌てるかと思っていたわ」


彼女は僕の答えにたじろいだ様子だったが、すぐに元の表情に戻った。そして、彼女はもう少し踏み込んだ質問をしてきた。


「で、あんたに姉さまを支えていく覚悟はあるわけ?」


「正直に言えば、僕には覚悟以前に足りないものが多すぎると考えてるんだ。世間の常識だったり、知識だったり、それこそ貴族におけるしきたりやマナー、もっと言えば社交界の事なんてまったく分からない。そう言ったものを全部知った上でないと、きっと覚悟なんて出来ないと思うんだ」


「・・・・・・」


僕の言葉に、彼女は真剣な表情で聞き入っていた。最初は僕の考えを否定するかもしれないと思っていたのだが、彼女は何か考え込むように俯いてしまった。


そのまま少し時間が過ぎ、おもむろに彼女は口を開いた。


「姉さまから聞いたあんたの話・・・全部本当なの?」


「えっと、どんな話か分からないんだけど?」


「ドラゴンを単独で討伐したとか、この世界でも最高峰の実力を保有しているとか、そんな突拍子もない話よ!」


彼女の問い掛けに何と答えようか一瞬迷った。ただ、これからは人にもよるが、出来るだけ自分の実力を正確に伝えた方が良いと考えているので、隠さず返答することにした。


「あぁ、まぁ、うん、信じられないだろうけど、本当だね」


「はぁ・・・そうなのね。分かったわ、あんたウチの本邸に着いたら私の部屋に来なさい!」


彼女の突然の申し出に、僕は目を見開いて驚く。


「えぇ?ど、どうして?」


「あんたに貴族のなんたるかを教えてあげるわ!私だって幼い頃から、そういったことは勉強させられてきたのよ!教本なら読みきれないほどあるから、感謝なさい!」


胸を張りながらどや顔でそう言ってくる彼女を見て、同じ教育をされてきたはずなのに、何故こうもアーメイ先輩と性格が違うのだろうかと心の中で疑問に感じてしまう。ただ、彼女の好意は素直に受け取った。


「ありがとう。よろしくお願いするよ」


彼女にどんな心境の変化があったかは分からないが、先程までの刺々しい雰囲気は、少しだけ鳴りを潜めたようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る