第109話 遺跡調査 4

 それから、フレメン商会で1時間程店内を物色して、必要なものを見繕って買い物を済ませた。最初にお願いした正装の方は、以前とまったく同じデザインのものと、若干デザインが異なるもので、黒を基調に赤いラインが入ったものと、白を基調とした赤色のラインが入ったものの3着を購入することになった。


その他、2ヶ月に及ぶ依頼中の着替えだったり、タオルや石鹸等の細々した物から装備に至るまで、必要と思われるものは全て購入することができた。装備については、僕には必要とするものがなかったので、アーメイ先輩の防具を中心に揃えることにした。


先輩は必要ないと固辞していたのだが、何が起こっても良いように、可能な限り強固な装備で身を固めて欲しかったので、僕が押しきる形でミスリル製の軽鎧を購入した。それもあってお会計は、今まで見たことがないくらいゼロが並ぶ数字だったが、友人価格と大量購入の割引と言うことで、550万コルを500万コルに値引きしてもらえた。


代金の9割はミスリルの軽鎧だが、支度金ピッタリに収まったのを見ると、「買い物上手だなぁ」と現実逃避気味な感想が浮かんできた。それは僕が、お金を稼いだり貯めたりするのは好きではあっても、こうして一気にお金を使ってしまうことに慣れていないからだろう。


服や鎧関係はサイズ直しもあるので、購入したものは全て学院の方へ後日送ってもらうことにしてもらった。そうして、ホクホク顔のセリアさんに見送られてお店を出た僕達は、少し街を見て回ってから、学院へと戻ったのだった。



 寮の自室へ戻ると、今日の出来事に想いを馳せた。主には先輩と街へ出掛けた事についてだ。


「アーメイ先輩と2人は楽しいんだけど、なんだか緊張しちゃうんだよな・・・」


ベッドに横たわりながらも、最近の自分の変化について考えた。


「前は2人っきりで話していても、そんなに緊張することはなかったけど、やっぱり先輩の顔を見て話すのが恥ずかしいんだよなぁ」


その事については、以前に少しだけジーアに相談したことがあった。彼女が言うには、僕のこれは自然な反応らしく、異性に対して良いところを見せようとするあまり、失敗して幻滅されないように気を張っているからだと指摘された。


だから、自分の一挙手一投足がどう感じられているのか気になって、相手の顔を見ることに抵抗を感じたりすることで緊張してしまうらしかった。


「まぁ、だからといって緊張を無くす解決方法もないんだよなぁ・・・」


ジーアは理由を指摘しただけで、解決方法までは教えてくれなかった。いや、解決方法が極論で、僕には出来ないといった内容だっただけだ。


「婚姻してしまえば全て解決って・・・その前段階では解決できないってことなのかな?」


僕がアーメイ先輩に対してどんな気持ちを抱いているかは、自分自身が一番理解しているつもりだったが、そこから生まれる感情や行動は、自分の事であってもままならないようだ。


「人を好きになるって、凄いことなんだな・・・」


僕は生まれて初めて抱いたこの感情に、感慨深くそう呟いていた。






side ザベク・アラバス



 学院都市フォルクの平民街のある屋敷で、私は同志からの報告を受けていた。


「では、彼らの目的地はサザビーク山脈の遺跡で間違いないのだな?」


「はい。協力者からの報告では、それで間違いないということです」


その言葉に少し思案すると、あることを同志に確認する。


「それで、例の実験はどうなった?」


「現在、Bランクまでの魔獣であれば、問題ないところまできております。」


「そうか、まだAランクは難しいか・・・」


同志の報告に、私は少し落胆した声を出した。その様子を見た同志が思案の後、ある提案を口にしてきた。


「正直、Aランクでは完全に制御出来ませんが、ある程度誘導することはできます。そこを利用してみてはいかがでしょうか?」


同志のその提案に、一考の余地ありと判断した私は、頭の中で様々な考えを巡らせる。


(あの状態の魔獣は狂暴性が抑えられんが、だからこそ利用価値がある。認識阻害の魔道具を使い、上手く奴らにぶつけられればそれでいいか。例え殺せなくても、情報は集められる)


そう考えた私は、同志に確認をとる。


「Aランクは何体まで使えそうだ?」


「申し訳ありません、現状では2体が限界だと考えます」


「そうか・・・よし、ではAランク魔獣2体を例の遺跡に誘導するように動いてくれ」


「了解しました」



 すると、一礼して部屋を退出する同志と入れ違うように扉がノックされた。


『コン!コン!』


「どうぞ?」


「失礼致します。今、お時間はよろしいでしょうか?」


入室してきたのは、最近我々の同志になったジョシュ・ロイドの世話をしている女性の同志だった。


年頃の少年である彼には、慣れない生活のサポートを見目麗しい女性がした方が色々な面で都合がいいだろうと考えてのものだった。


「構わない。報告を頼む」


彼女が胸に抱いている書類の束を見て、おそらく彼に行っている実験に関しての報告だろうと予想していた。


「ありがとうございます。同志、ジョシュ・ロイドに行っている実験に関しての経過報告をお持ち致しました」


「そうか、確認しよう」


そう言うと、彼女は持っていた書類を私に渡すと、続けて口頭で報告を行った。


「今まで魔獣や同志達に対して行ってきた実験結果を踏まえながら、彼には極少量づつの瘴気を取り込ませています。今のところ、体調に目立った変化は確認できておりません」


「まだ投与を始めて一週間だからな、それほど早く結果はでないだろう。それに、量を間違えば先の実験の犠牲となってしまった同志達と同じ運命を辿ってしまう。多少気長にやるべきだ」


「そうですね。結果を焦ってしまったばかりに、同志達には悪いことをしてしまいました」


「君が気にすることではない。彼らも力を望んでいたのだ、自己責任だったさ」


「お気遣い、ありがとうございます」


「それで、この報告書には肉体的な変化は見られないが、精神的な変化については大丈夫か?」


私は報告書を流し読みしながらも、気になった部分について、実際に彼の側で様子を見ている彼女の意見を聞くことにした。


「はい。残念ながら今までの同志達と同様に、精神が不安定になってきています。ただ、今の段階ではまだ彼自身が抑え込めているようです」


「そうか・・・2、3人、女の準備をしておく」


「そうですね、それが良いと思います。出来れば、長持ちしそうな健康な子でお願いします」


「分かっている。数日の内には準備させておこう」


これまでの実験で、瘴気を取り込んだものは力を得る代わりに、精神の抑制が効かなくなってしまう事が分かっている。


それは、常に人としての欲求を欲しているという状態と言っても良い。つまりは人間の三大欲求とされる、食欲、睡眠欲、そして性欲だ。普通、理性ある人間ならば、空腹を感じたとしてもある程度我慢できる。それは睡眠欲にしても性欲にしてもそうだろう。


しかし、瘴気によって精神が蝕まれると、欲求に対する我慢が効かなくなってしまう。食べたい時に食べ、眠りたい時に眠り、ヤりたい時にヤる。人間の原始的な本能を抑えられないのだ。


しかも、瘴気の取り込んだ量が増えてくると、その者達は睡眠を必要としなくなってくる。体力が飛躍的に向上しているためか、常に食欲と性欲に思考が埋め尽くされているようで、最終的には異性を犯しながら、そのまま目の前の異性を貪り食っていたほどだった。


そこまで至ってしまうと、もはや魔獣と変わらず、意志疎通も不可能になってしまう。ただし、どんなに実力の劣っていた者でも、その実力はギルドランクAに匹敵するものとなるので、相手の軍勢を混乱させる駒にはなるが、使い所が非常に限定されてしまう。


だからこそ我々は、瘴気を取り込みつつも、人としての理性を残した強大な存在を産み出すことを目標としているのだ。



「では、失礼致します」


 報告を終えた彼女が居なくなると、一人になった部屋で、私は座っている椅子の背もたれに体重を預けながら天井を見上げた。


「ふぅ・・・色々と予定外のことも起こっているが、概ねは計画通りの進捗だな。とはいえ、が神殿の聖女と接触し、遺跡の1つに向かったと報告があったな・・・」


私は報告された情報を整理するため、現状で最も脅威と推定される人物への対処をどうすべきか考えていた。


「せめて、ワイバーンやヒュドラ等のSランク魔獣を従わせなければ難しいか・・・しかし、それにはまだ時間が必要だ」


我らの組織のあるじを復活させるためには、まだまだ多くの血が流れなければならない。既に同志達は各国に紛れ込み、争いの火種を準備している。その全てが上手く行っていると言うわけではないが、今回の王女の行動をそれに利用できないかと考えた。


「あの遺跡は隣国との国境付近だ。そこで騒ぎを起こし、その情報を上手く脚色してグルドリア王国へ流せばあるいは・・・」


そこまで考えが纏まったところで、私は視線を机上に戻してペンを取った。どのような伝え方がより効果的に争いへ導くことが出来るか確認するためだ。



 しばらくペンを走らせると、気付けば私の机の側にあるゴミ箱は、書き損じた用紙で溢れていたが、机の上には一枚の書類が出来上がっていた。


『チリン!チリン!』


呼び鈴を鳴らすと、少しして同志が部屋へやってきた。


「お呼びでしょうか?」


「次の作戦についての指示書だ。情報を共有しておいてくれ」


そう言いながら、私は先ほど書き終えた書類を同志へ渡した。


「畏まりました。すぐに周知徹底しておきます」


「頼んだ」


「では、失礼します」


最低限の会話で部屋をあとにした同志を見送り、私は再度背もたれに体重を預けて天井を仰いだ。


「・・・これで少し、動きが加速できそうだ」


私は暗い笑みを浮かべながら、これから自分達が引き起こすことになる騒動について思いを馳せるのだった。

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