第108話 遺跡調査 3

 エイミーさんは、依頼に関する確認事項はこれで終わりとばかりにさっさと退出し、部屋に残された僕はそこそこの時間を掛けて、なんとかアーメイ先輩の誤解を必死に解いたのだった。


一番困ったのは、怒っている気配がしているのに表情は笑顔のままで、「別に何も怒ってないぞ?」と言い切っている事だ。そんな先輩の態度に、まだ実家に居る時に目にした両親の事を思い出す。


あれは父さんが町の酒場で散々お酒を飲み、遅くなったことを心配して母さんと一緒に迎えに行き、そこで見たことのない綺麗な女の人から密着されながらお酌され、デレデレしている父さんを見た時の事だった。


父さんは母さんの姿を見た瞬間に表情が凍りつき、母さんは不機嫌オーラ全開で父さんの座るテーブルへ歩み寄っていくと、笑顔のまま何の前置きもなくこう言ったのだ。「私は別に怒っていないわよ?」と。


その刹那、テーブルに座っていた父さんの姿が掻き消えたかと思うと、轟音と共に床に完璧な土下座姿を披露している父さんの姿があった。余談ではあるが後日、父さんのこの土下座がジャンピング土下座と言われていることを、町にある商店のお姉さんから聞いた。


そして父さんは、「違うんだ!誤解だ!」と弁解していたが、母さんは後ろにいる僕に振り返って、「良いことエイダ?女性には常に誠実に向き合いなさい」と言って僕の手を引いて酒場を出ていった。それから3日間、父さんは母さんと口を利いてもらえなかった。


そして、3日目の夜にリビングでメソメソしている父さんの背中にため息を吐きながら、母さんがその隣に座って何か声を掛けると、号泣した父さんが母さんに抱きついていた。抱きつく父さんの頭を呆れた顔で撫でている母さんは、どこか嬉しそうだった。ただ、子供心に父さんの様にはなりたくはないなと思ったのは言うまでもない。



 あの時の情景と、アーメイ先輩の様子が一致した僕は、とにかく誠実に誤解を解くことに全力を注いだ。エイミーさんといつ、何処で、何を話し、どうして僕があんなことを言ったのかを、僕の心情も併せて事細かに説明すると、なんとか先輩の険のある笑顔を、安心したような笑顔に変えることが出来たのだった。


先輩の機嫌の変化を敏感に感じ取った僕は、先程王女から貰った支度金の話をして、「必要な物を準備しに行きませんか?」と買い物に誘う事で話題を逸らした。先輩は少し逡巡する仕草を見せたが、少し呆れたような表情をしながら買い物に行くことに了承してくれたのだった。


その時見せた先輩の表情はどことなく嬉しそうで、いつか見た母さんが父さんに向けていた表情に似ていたのは、はたして良いことなのか悪いことなのか、僕には分からなかった。



 そして、買い物に行くことになった僕らは、エイミーさんを迎えるために制服を着ていたので、一度寮に戻って着替えてから行くことになった。ついでに、昼食も外で食べようということで決まった。


私服に着替えた僕は、待ち合わせの為に正門前でアーメイ先輩を待っていると、先輩はゆったりとした艶のある黒のロングスカートに、白いインナーとベージュのケープを羽織った私服姿で現れた。


しかも、先程までポニーテールにしていた綺麗な黒髪が今は解かれており、風に靡くその様子につい見入ってしまうほど魅力的だった。


「すまない、待たせたか?」


小走りでこちらに来た先輩は、少し息を切らしながら申し訳なさそうにしてきた。その様子に、慌てて否定する。


「い、いえ、全然待ってないです!今来たところですから!」


「そうか、それは良かった」


ほっとした表情を見せた先輩に、疑問に思ったことを聞いてみた。


「・・・あの、ところでアーメイ先輩?」


「ん?どうした?」


「その、髪を束ねなくても大丈夫ですか?」


「あぁ、ヘアゴムが切れてしまってね。・・・その・・・変だろうか?」


先輩は頬を赤らめながら顔に掛かる艶やかな黒髪を耳に掛けると、僕を覗き込むようにそう聞いてきた。


「っ!ぜ、全然変じゃないです!その・・・私服とも合っていて、とても綺麗です!」


そんな先輩の仕草がとても魅力的に見えてしまい、一瞬我を忘れてしまっていた。


「っ!!そ、そうか?その・・・ありがとう」


「い、いえ・・・」


お互いに何とも言えない雰囲気にモジモジとしてしまうが、先輩は咳払いをしてから、街へ出掛けようと笑顔を、向けてくれた。


「で、では、行こうか!エイダ君!」


「はい!アーメイ先輩!」




 この都市の中において一番品揃えの良い商店といえばジーアの実家のフレメン商会だろう。先輩もそのことについては異論無いらしく、買い物はフレメン商会ですることになった。


その前に、ちょうどお昼時ということもあって、僕達は昼食を摂るために手頃なお店を探していた。


「エイダ君、何か食べたいものはあるか?」


「そうですね・・・以前クラスの皆でミシュランという食事処に行ったのですが、値段もお手頃で美味しかったですよ?」


「あぁ!あのデザートの美味しいお店か!」


「先輩もよく行くんですか?」


「ま、まぁ、これでも女だからな。その、甘いものは人並みに好きなんだぞ?」


何か恥ずかしいことでもあるのか、先輩はそっぽを向きながらそう呟いていた。


「???先輩は魅力的な女性ですよ?甘いものが好きなことも、別に恥ずかしいことではないと思いますよ?」


「っ!!エ、エイダ君・・・君は、その・・・そう言うことを他の女性にも言っているのか?」


「そう言うこと・・・ですか?」


先輩が僕の発言のどの部分を指摘しているのか分からず首を捻ってしまった。


「そ、その・・・女性に対して魅力的(だとかなんとか・・・)」


先輩の言葉の後半は、小声のあまり何を言っているのか聞き取れなかったが、そう言われてみると、単に素直な感想を口にしただけなのに、凄い恥ずかしい言葉を口走っていたことに今更ながら気づいた。


「あっ、いや、それはその・・・誰にもって訳じゃ無いですよ?その・・・先輩だからそう思ったというか・・・」


僕のしどろもどろな返答に、先輩は顔を赤くして俯いてしまう。言っている僕も更に恥ずかしさが込み上げてしまったので、雰囲気を変えるために大袈裟な素振そぶりで口を開いた。


「じゃ、じゃあ、ミシュランで昼食にしましょう!先輩もデザートが美味しいって言ってましたし!」


「そ、そうだな。そこにしよう」



 お昼時ということもあって店内は混雑していたが、それほど待たされることもなく個室のテーブルに案内された。注文は、前回来たとき同様に1500コルのコースを選択し、今回のメインは魚料理を選択することにした。


運ばれてくる料理に舌鼓を打ちながら、アーメイ先輩にこの後の買い物について何を購入しようかという話をしていた。野営に必要なあれこれは準備する必要がないので、主には着替えと生活雑貨や消耗品を買っておこうという事と、武器・防具等も良いものがあれば準備しようということになった。


そんな話をしているとメインの魚料理がテーブルに乗り、その見た目にまず驚かされた。掌サイズの大きな切り身の上には、色鮮やかな緑色のソースが掛けられている。鼻孔をくすぐる香りは、柑橘類を思わせる爽やかなもので、とても食欲を掻き立てるものだった。


一口サイズに切り分けて口へ運ぶと、濃厚な旨味がガツンと襲ってくる。どうやら相当に脂が乗っているようだが、緑色のソースがその脂を中和して、後味は驚くほどサッパリしており、いくらでも食べられそうな美味しさだった。


食後のデザートはフルーツのタルトで、色とりどりの季節の果物がタップリと盛られており、濃厚なカスタードクリームと甘酸っぱい果物が抜群に合い、その美味しさに先輩の表情は終始蕩けるようだった。そんな先輩の表情に、僕は見ているだけで幸せな気持ちになれた。



 食事を終えた僕らは、当初の予定通りにフレメン商会へと足を運んだ。


「いらっしゃいませ!・・・あら?」


お店のドアを開けると、この支店の店長でもあるセリアさんと目が合った。


「こんにちは」


「こんにちは。お久しぶりです」


「アーメイ様、エイダ様、いつもご利用いただきありがとうございます」


軽く挨拶を交わすと、セリアさんは深々と頭を下げて出迎えてくれた。店内を見渡すと、そこそこ人の姿が見られ、繁盛している様子が伺えた。入り口からも見える様々な服が目に入ったことで、以前ここで購入した正装がダメになってしまっていたことを思い出した。


「あっ!そうだセリアさん、ちょっと聞いてもいいですか?」


「はい、何でしょうかエイダ様?」


「実は以前ここで購入した正装がダメになっていしまいまして、買い直そうと思うのですが、またお願いできますか?」


「勿論でございます!エイダ様のサイズは以前測らしてもらっておりますので、デザインさえ仰って頂ければサイズ直しするだけですよ?」


「あ、それは助かりますね。じゃあ・・・前回と同じデザインの物がいいのですが、ええと、何て言うデザインだったか・・・」


服のイメージは頭の中に浮かんでいるのだが、それが何というデザイン名なのか服装に拘りのない僕には思い出せなかった。


「たしか、黒を基調としたナポレオンジャケットですね?」


「そ、そうです!そうです!確かそんな名前のデザインでした!」


僕が頭を捻っていると、セリアさんは4ヶ月近く前の事なのにスラスラと言い当ててくれた。さすがは3大商会に数えられる商会の一つで支店長を任されているだけの事はあると感心する。


「エイダ様?あのデザインが気に入られたのなら、色違いのものを数着ご購入されてはいかがですか?」


「えっ?でも、さすがに高価な服をそうポンポン購入するわけにもいきませんし・・・」


「ですが、前回購入してから僅か4ヶ月のうちに着られないようになっては、幾度も購入するのは大変ではないですか?」


「まぁそうなんですけど、今回の事は偶々ですから・・・」


「エイダ様のご活躍はよく伺っております。この先、正装を着用しなければならない場面が増える可能性も考慮すれば、一着しか持っていないというのも外聞が悪いですよ?」


複数の購入を渋る僕に、セリアさんが間髪入れずに売り込みをかけてくる。ただ、彼女の言うことは納得出来る部分もあるので、隣にいるアーメイ先輩にどうすべきかの視線を向けると、先輩は微笑みながら口を開いた。


「金銭的に余裕があるなら購入しても良いんじゃないか?というか、エイダ君はこの先絶対に社交界へ呼ばれる場面が増えるだろう。そんな時に毎回同じ服っていうわけにもいかないからな。幸い、支度金も必要以上に貰っている」


「社交界ですか・・・そういう場所はあまり気乗りしませんが、しょうがないですよね・・・」


残念ながら自分の思い描く未来と現在は乖離していて、安定した職業に就こうにも、下手に身動きが取れないのが現状だ。将来、偉い人からのそういった誘いを断りすぎても、余計面倒事が降ってくる気もするので、上手く切り抜ける技術が今後必要になりそうだ。


(そういった面で言えば、社交界に慣れているだろうアーメイ先輩やアッシュ、ジーアなんかは頼りになりそうな気がするな)


考え事をしていると、アーメイ先輩が僕の呟きに口ごもりながらも提案してきた。


「エイダ君の考え通り、社交界への誘いを全て断るのは不味いだろう。そこで、その・・・心配なら我が家のパーティーに出席してみて、まずは場の雰囲気を味わってみるのはどうだ?も、勿論私が君をサポートしよう」


僕の知識としては、そういったパーティーは男性が女性をエスコートするものだと記憶しているのだが、全く経験の無い僕は、およそ先輩をエスコートするなんてことは不可能だろう。


(これじゃあ逆に、女性にエスコートされるみたいじゃないか・・・知識も経験もないからしょうがないけど、情けないな・・・)


先輩に恥ずかしい姿は見せたくないし、僕の振る舞いのせいで先輩に恥をかかせる事もしたくない。そんな葛藤があり、どう返答したら良いのか分からずに考え込んでしまった。


「無理にとは言わないぞ?嫌なら断ってくれれば構わない・・・」


僕が何も返答をしなかったので、先輩は少し悲しそうな表情を浮かべながらそう言ってきた。すると、その様子を見ていたセリアさんがいつの間にか近づいてきて、僕に耳打ちをしてきた。


「(エイダ様、ここで断っては彼女に恥をかかすことになりますよ?)」


「っ!そ、その・・・パーティーがあるときは教えてくれますか?僕、頑張りますから!」


「無理してないか?」


「そんなことないですよ!いずれ通る道なら、アーメイ先輩に教えて欲しいです!」


「っ!そ、そうか。この依頼が終わったら予定を確認しておこう。その時はちゃんと招待状を出すから、その・・・よろしく頼む」


「はい!こちらこそ、よろしくお願いします!」


そんなやり取りをしていると、ニコニコした表情を浮かべたセリアさんが、「とても微笑ましいやり取りですが、周りの目も気にされた方がいいですよ?」と忠告をされた。


その言葉に周りに視線を向けると、店内にいる大半のお客さんからの注目を浴びていることに気づいた僕らは、お互いに真っ赤になってそそくさとお店の奥の方へと避難するのだった。

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