第107話 遺跡調査 2
翌日の休息日には、エイミーさんが今回の依頼の詳細が書かれた書類を学院まで届けにきてくれた。
アーメイ先輩と2人で出迎えるために正門の前で待っていた時に、ゴタゴタして言い忘れていた、僕を庇ってくれた事への感謝の言葉を伝えた。
先輩は、「当然の事をしたまでだから、気にしなくて良い」と言ってくれたが、もう1つ気になっていた事を確認した。それは、貴族の爵位を賭けたことだ。
その事を聞いた途端、先輩はそっぽを向きながら顔を赤く染めると、「大したことじゃないから、知らなくて良い」と教えてくれなかった。気にはなるが、先輩の様子から無理矢理聞き出すのもどうかと思ったので、それ以上聞くことはしなかった。
しばらくすると、一台の馬車が正門前に横付けされ、エイミーさんが降りてきた。彼女を学院に招き入れ、2週間後の依頼の内容を確認するため、学院の応接室を使用させてもらい、出発するまでの詳細な打ち合わせをすることとなった。
「エイミー・ハワードです。依頼中は護衛と道案内等を行いますので、よろしくお願いします!」
「エレイン・アーメイです。こちらこそよろしくお願いします」
面識のないエイミーさんとアーメイ先輩が、まず最初に自己紹介を行った。応接室のテーブルには僕とアーメイ先輩が横並びで座り、対面にエイミーさんが一人で座っている。ちなみに、もう一人の同行者として男性の騎士がいるのだが、馬車や物資の調達等で手が離せないらしく、当日の顔合わせになるとのことだった。
話を聞く限り、どうやらもう一人の同行者はエイミーさんよりも階級が低いようで、所謂雑用係りのような扱いらしい。当日も、馬車の御者をしたり食事の準備をしたり、果ては野営の設営や見張りも行うということだった。
「えっと、この依頼書の内容を確認する限り、今回の調査は遺跡周辺だけで、実際に遺跡に入ったりはしないんですね?」
挨拶をして軽く雑談を終えると、僕は依頼書に記載されている内容の確認を行った。正直、遺跡調査というからには、内部に入って色々細かく確認してくるものだと思っていたので、周辺を見て回るだけで大丈夫なのかと心配したのだ。
「問題ありません。殿下からも遺跡には入らないように指示されています。なんでも、内部へ入るには神殿の聖女様に許可を頂かなければならないのですが、今回は許可を頂く時間が無いので、周辺の調査だけで良いということです」
「そ、そうなんですね・・・」
あまりに簡単な内容に拍子抜けしてしまうが、そもそも王女の思惑としては、僕の実力をその目にした貴族達が、僕を強制的に引き込むような強引な勧誘をするなどの短絡的な行動を起こさないように、一時的に身を隠すという意味合いが強いのでそういうものかと納得することにした。
(こんな内容で報酬が200万コルとギルトランクをBBに昇格させるなんて、本当に破格だな。そんなことが思い付きのように出来るなんて、王族様々なんだろうな・・・)
未だにアーメイ先輩のお父さんが、ドラゴンを討伐した際の報酬としてギルドの武力ランクをCに昇格させる話も滞っていたにも関わらず、ギルドの規約も我関せずという具合に話を進めることが出来る王族の権力に内心苦笑していた。
「質問してもよろしいでしょうか?」
王女の権力の事を考えていると、隣に座るアーメイ先輩が手を挙げながらエイミーさんに質問した。
「はい、何でしょうか?」
「この書類を見ると期日は最大2ヶ月とあるのですが、依頼の性質上、出来るだけ長く期間を使った方がよろしいでしょうか?」
「そうですね。特に不具合が無ければ丸二ヶ月をお願いしたいと考えています」
「周辺の地理を考えると、遺跡から一番近い村は馬車で1日とあるのですが、遺跡に到着してから期間終了まで野営を続けるということですか?」
「いえ、さすがに1ヶ月以上連続で野営するわけにはいきませんので、適宜最寄りの村へ戻り、物資を補給しつつ調査を行うように考えています」
「分かりました。もう一つ、依頼の達成条件は、遺跡の周辺についての報告書とありますが、正直どのような状態がこの遺跡周辺にとっての正常な状態かの判断がつけられないのですが・・・」
先輩の質問を聞きつつ、僕は隣で確かにそうだなと頷く。調査するからには報告書に、「よく分からないけど、何もないと思います」では済まないだろう。異常なしとするにも、遺跡の正常と異常の区別もつかないのでは、調査の報告のしようがなかった。
「現在、過去に遺跡の調査を行った際の報告書を取り寄せています。次の休息日には届くと思いますので、出発までに一読いただければと考えています」
エイミーさんの返答に、意外としっかりした準備をしているんだなと感心するが、そういった手配はもう一人の同行する騎士が頑張っていそうだと、根拠はないがそう考えた。今はまだボロが出ていないが、あの残念騎士のエイミーさんの性格が、そんなにすぐに矯正されているとは到底考えられなかったからだ。
「分かりました。その報告書が届き次第、目を通しておきます」
「ありがとうございます。他には何かありますか?」
エイミーさんが質問を投げ掛けてきたので、僕も気になる部分を確認しておく。
「あの、この依頼書を見る限り、自分の着替えと装備以外は騎士の方が準備するとありますが、こんなに至れり尽くせりで良いんですか?」
「それについては、王女殿下よりお手紙を預かっておりますので、そちらをお読み下さい」
そう言いながらエイミーさんは、懐から蝋封のなされた手紙を取り出して僕に差し出してきた。受けとると、この場で中身を読むようにエイミーさんが訴えてくるので、まずは確認することにした。
王女からの手紙には、季節の挨拶や先日の騒動に対する謝罪とお礼等から始まり、騒動の顛末や背後関係についても書き記されていた。正直、僕みたいな部外者が知って良いことなのかと疑問に思う内容もあったが、王女の手紙には僕の疑問に答えるように、王族の権力争いに巻き込んでしまった謝罪の証として、せめてもの誠意と記されていた。
(つまり今回の王女からの依頼については、僕に対する貴族の目を逸らすための時間稼ぎと、権力争いに巻き込んでしまった事へ自責の念もあるということか・・・)
更に、僕を囲い込んでいるような印象を周囲に与えることが出来れば、王女自身にとってもメリットはあるだろうし、お互いにとって悪いことはないだろうと納得した。
手紙の最後には、僕が見せた紫のオーラについて興味があるような文言が遠回しに書かれていたが、伝えるべきかどうか今もって悩んでいるところだ。
(既にクラスの皆からは人外みたいな言われようだったし、これ以上、人の常識から外れてると思われるのも嫌なんだよなぁ・・・)
実際のところアーメイ先輩にも話すべきか迷っており、僕としては一度、父さんと母さんに相談してからの方が良いのではないかと考えているほどだった。
最後まで手紙を読んで顔を上げると、隣からアーメイ先輩が、正面からはエイミーさんが僕の様子をじっと見つめていた。2人からずっと見られていたことに少し恥ずかしさを感じながらも、手紙を封筒に戻してから口を開いた。
「お手紙を拝見させていただいて、今回の依頼がこれほど僕達に配慮されている理由は理解しました。王女殿下からのお気遣いということで、素直に受け取らせていただきます」
「ありがとうございます。では、当日は朝の8時頃に学院の正門前に迎えにあがりますので、ご準備をよろしくお願いします」
「分かりました。こちらこそよろしくお願いします」
そうして、依頼についての詳細をある程度確認させてもらい、これ以上の質問も無くなったところで、エイミーさんが個人証を取り出しながら前回の騒動についての褒賞金を授与すると言ってきた。
僕も懐から自分の個人証を取り出して、魔力を流してから彼女に渡すと、個人証を重ねて数秒でお金の授与が終わり、彼女はホッと息を吐き出して、やりきったというか安心した表情をしながら個人証を僕に返してきた。
(きっとエイミーさんにとっても、1000万コルなんて大金が自分の個人証に入っていることが気が気じゃなかったんだろうな。襲われて奪われたなんて事になれば一大事だろうし・・・いや、この人の場合、自分のお金と勘違いして使っちゃいそうな気もするな)
少し失礼な事を考えつつも、褒賞金が振り込まれた個人証を確認した。最近はポーション納入の依頼も対抗試合の関係で出来なかったので残高を確認することも無くなっていたのだが、2週間後の依頼に向けて着替えなども準備しておきたかったので、自分の今の残高から捻出できそうな予算を計算したかったのだ。
「・・・ん?」
「どうした?エイダ君?」
個人証を見ながら首を傾げた僕に、先輩が心配した様子で聞いてきた。
「あっ、いや、その、思ったよりも残高が多かったと思って。今回の褒賞金の1000万コルを足しても計算が合わなかったものですから・・・」
そうなのだ。元々僕の個人証の残高は、ポーションの納品で稼いだり、以前討伐したドラゴンの素材を売却したお金をアーメイ先輩から少しずつ渡されていたこともあり、500万コルを超えていたが、今の残高はなんと2000万コルを越えているのだ。
この都市の平民街であれば、そこそこの一軒家が変えてしまいそうな金額に驚いていると、エイミーさんが理由を教えてくれた。
「1000万コルは褒賞金としてですが、今回の依頼について、期間を考えると色々と準備しなければならない物もあります。その為、殿下から支度金として渡すようにと言付かっております」
「・・・僕らが準備するものは、精々が着替えくらいだと思うのですが・・・」
「いえ、その他にも装備の充実にも使ってもらって構わないと聞いておりますので、どうぞお好きにお使いください」
「えぇ・・・」
王女はどれほど僕の事を買っているのだろうかと思えるぐらいの破格の待遇に、逆に恐縮してしまう。
(今のところ剣も杖も防具も買う必要ないんだけどな・・・あっ!アーメイ先輩に使ってもらおう!500万コルもあれば、結構良い装備が準備できるぞ!)
エイミーさんの話を聞いて、自分には使い道がないお金を先輩の為に使うことにした。この話し合いが終わったら、先輩の都合を確認して買い物に出掛けようと心に留めておく。
「もう質問が無けれ依頼の確認は以上となりますが、よろしいですか?」
聞くことも無くなり、場が落ち着いたところでエイミーさんがそう言ってきたので、僕は1つだけ確認することにした。
「あの、エイミーさん?」
「はい、何でしょう?」
「これから2ヶ月程行動を共にするんですから、そんなに畏まった口調じゃなくても良いですよ?いつも通りの口調で良いですよ?」
「・・・・・・」
「っ!!」
僕の指摘にエイミーさんは渋い表情をしていたが、隣のアーメイ先輩は目を見開いて驚いていた。
「殿下からは失礼の無いように気を付けなさいと命令されているので、このままでお願いします」
「そうなんですか。まぁ、僕は気にしないので話しやすい方で良いんですけど、先輩はどう思います?」
そう言って先輩に視線を向けると、笑顔で僕の肩を掴んで逆に質問されてしまう。
「エイダ君?この女性とそんなに親密な関係なのかい?」
「えっ?い、いえ、そんなことないですよ?僕の監視をしてたから顔見知りなだけで」
「ふ~ん・・・顔見知りなだけなのに、彼女の口調まで覚えているの?」
「えっ?そ、その、特徴的な話し方だったので・・・」
「ふ~ん・・・」
まるで何か僕にやましいことがあるような疑いの眼差しを向けられて、必死に否定していると、エイミーさんが呆れた口調で呟いた。
「はぁ・・・痴話喧嘩なら、私の居ないところでやって欲しいんですけど」
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