第98話 決勝 8

 観客席に佇む一人の男の言葉が耳に届くと同時に、今まで王女に対して仕掛けられていた猛攻がピタリと止んだ。どうやらこの状況は、予め決まっていた段取りのようだ。


そして、何故かその声に釣られるように、今まで逃げ惑っていた人達が動きを止め、観客席の男の方を注目していた。


そこに居るのは年の頃40代半ばの男性で、純白のローブを身に付け、男性にしては長めの、肩まで掛かる紺色の髪を風に靡かせている。容姿は整っているようだが、頬が痩せこけていて不健康な印象を抱かせていた。ただ、逆に瞳は爛々としており、それが異様な雰囲気となっている。



(革命組織?【救済の光】って何だ?)


 今まで聞いたこともない組織の名を聞いて多少困惑してしまうが、攻撃の手が止まっている今のうちに、この襲撃者達の主導的な立場にありそうな、あの純白ローブ男を拘束しようと動き出そうとしたのだが、その気勢を制するように王女から待ったが掛かった。


「エイダ様!お待ちください!この状況で迂闊に動かれるのは、危険です!」


「えっ?それはどういう・・・」


王女の言わんとしている事が理解できなかった僕は、疑問を口にしたのだが、それを遮るように白ローブの男が声を上げた。


『ふっ!さすが王女殿下!我々の組織についてよくご存じのようだ!そう!別に私は同志達の指揮官ではない!私が殺されようとも、別の者が我らの目的を遂行するだけだ!』


男は風魔術を利用して、この場に居る人達に言い聞かせるように自分の組織について語っていた。正直それがどうしたという思いで、さっさと彼らを拘束してしまえば良いと思ったのだが、いつでも動けるように先程認識していた黒ローブの襲撃者を確認しておこうとして違和感に気づいた。


(っ!!視線が他に向けられない?)


周囲を警戒しようと頭では考えているのだが、何故か僕の視線は観客席に居る白ローブの男に引き付けられてしまい、他に視線を向けられなくなっていた。


「これは・・・魔道具か!?」


自分の視線が不自然に1つの方向に向いてしまっていることに、先程の認識阻害の魔道具と正反対の性質を持つものを使用しているのだろうと考えた。おそらく混乱していた人達が不自然なまでにその動きを止めて、あの男に注目したのはそのせいだろう。


(くそっ!確かにこの状況で僕が勝手に動くと、視線を向けられない他の襲撃者が一斉に何かしでかす可能性があるか・・・最悪、間に合わずに被害がでるかもしれない)


そんな考察をしていると、白ローブの男は芝居がかった仕草で言葉を続けた。


『ふふふ。我々の崇高なる目的は、この世界の浄化である!この世界は争いに満ち過ぎている!各国は争うことを止めず、数年毎に大規模な戦争を繰り返し、多くの尊い人命を失っている状況だ!それは国を導いている者達の愚かさゆえ・・・我々はその愚かな国の主導者達に鉄槌を下すと共に、この汚れた世界を浄化し、平和と安寧に満ちた世界を創造するのだ!』


拳を振り上げながら力説する白ローブ男の演説に、それを見ていた多くの貴族達が声を上げた。


「何を勝手なことを言っておる!このテロリスト共めが!」


「そうだ!そのような偽善者の戯言に、我らを巻き込むでない!!」


「まったくですわ!あたくし達は無関係ではないですか!!」


口々に沸き上がる貴族達からの文句に、男は口許を吊り上げながら狂気に満ちた表情で言葉を続ける。


『はっ!はっ!はっ!さすが、この世界を汚している張本人達は自覚がないようだな!貴様らのような権力と金に固執する肥えた豚共こそが元凶なのだ!そして、その事に声を上げぬ愚かで憐れな平民達・・・世界は一度、我らの手で創り直さねばならんのだ!!』


男の主張を聞くと、貴族も平民も関係なく処断し、自分達に都合の良い世界にしたいと喚いているように感じた。同時に疑問にも感じる。男の話を真に受ければ、この場に居る全ての人達を皆殺しにするような内容だったからだ。


(だったら何故執拗に王女を狙ってたんだ?最初から無差別に攻撃を仕掛けてきていれば、少なくない被害が出ていたのに・・・)


言動不一致の彼らに首を傾げながらも、次にどのような手段に打って出てくるか身構える。今は王女から早計に動くなと釘を刺されている状態なので、そちらを気にしつつも、何があっても動けるようにはしておく。


『しかし!我々【救済の光】は、ただ無慈悲に浄化を行っているわけではない!今までの自らの行いを悔い改め、我らの教義に賛同する者には救いの手を差しのべている!』


大仰な言葉を吐く男に、それを見つめる人達はザワザワとし出したが、聞こえてくる声のほとんどは、この騒ぎに憤慨している声だった。それを気にすることなく、男の主張は更に続く。


『ただし、本当に我らの考えに従じてくれたかを測るためには、踏み絵が必要だ!・・・その舞台の上に居る王女は、この国を腐敗させた筆頭の一族!あの者を亡き者にせよ!!それが踏み絵だ!!!』


両腕を広げて高らかに宣言する男の様子に、人々は静まり返った。王族をその手に掛けろと言っているので、この反応も当然だろう。なにせ、この国の最高権力者の娘なのだ。そんな人物をどうこうしようなどと、権力欲の強い貴族がする訳がない。


(最初の奇襲で王女を害せなかったから、協力者を現地調達しようっていう考えか?やっぱり、早くこいつらを排除した方が良いんじゃないかな?)


そう考えつつ王女の方を見るが、彼女はエリスさんに何事か指示を出しているようだった。そして、指示を確認したであろうエリスさんから僕に声が掛かる。


「申し訳ないエイダ殿。もう少し待ってくれないか?」


まるで何かを待っているようなその言葉に、この事態を打開する策があるのだろうと考え、素直に頷く。


「分かりました。手伝うことがあれば言ってください」


「ありがとう。感謝する」


もし、こういった状況を想定して作戦が用意されているのだとしたら、その内容を知らない僕が勝手に動くことで作戦を破綻させかねない。ここは大人しく様子見に徹しようと考えた。



ーーーそして、事態は動く。



『ふふふ、どうも我らの力を知らないために、判断に迷っているようだな?ならば、我らの力を知るがいい!!』


芝居がかった男の言動が少し鼻につくが、王女達の出方を窺うために、僕は防御に専念する。


すると、男は自らの白ローブを翻したかと思うと、裏表を反転させてローブを着直した。その瞬間、視線が吸い付けられるような感覚が消え去る。どうやらあの魔道具の効果が消えたようだ。それと同時、側面からの魔力の高まりを感じる。


(5・・・いや、6人の魔力の流れを感じる。融合魔術か?)


認識できる魔力の流れから、大掛かりな魔術の発動を予感させる。その状況に周りの近衛騎士達も息をのみ、迎撃に備えているようだ。僕はアーメイ先輩に近づき、いざという時にはすぐに助けられるような位置をとる。が、そんな僕の動きに先輩は気づかず、これから何が起こるかを固唾を飲んで見守っていた。



 そして、発動した魔術は、火・風・土の3属性の融合魔術だった。


「「「キャーーー!!!」」」


「「「うわーーー!!!」」」


発動した巨大な規模の魔術に、足が止まっていた人達が再び混乱して逃げ惑う。その融合魔術は、さながら炎の竜巻だ。しかもその竜巻の中からは、熱せられた拳ほどの石が射出されており、少なくない被害が出始めている。


(3属性の融合か・・・かなりの技量を求められるはずなのに、苦もなく発動しているところを見ると、相当な実力者達の集まりだな・・・)


個々人の技量もさることながら、魔術の融合は全体としての連携が最も重要になる。それを考えると、組織としての連携も十分訓練していることが窺えた。微妙な組織かと思っていたが、実力は本物のようだ。


「迎撃開始!!」


しかし、近衛騎士達も黙って見ている訳ではない。一斉に杖を掲げて風と水の魔術を融合させていた。それはさながら水の竜巻のようで、敵の魔術に接触して「ジュウ・・・」と水が蒸発する音が聞こえた。


そして、相手の竜巻を呑み込むように接触し、飛び出してくる加熱された石も、水の竜巻がうまく絡め取って被害を最小限に収めている。その間にも、止んでいた王女を狙った弓矢や魔術の狙撃が再度放たれて来るのだが、騎士達の盾が上手く捌いていた。


今の様子から、反転攻勢を掛けられるほどの余裕はないが、瓦解する状況でもなさそうだ。貴族達の方も、多少怪我人は出ているが、死者は出ていない。それに、怪我人は隅の方に移され、そこでメアリーちゃん達が治療に当たっているようだ。


(状況が膠着してきたな・・・王女達は何を待っているんだ?)


 この場には、優に1000人を越える人々が集まっている状況だ。最初の襲撃では、皆が一斉に出口を目指していたために過密した状態になっていたが、今では広い演習場に三々五々散っていて、それぞれ周りの様子を伺いつつも護身用の剣や杖を取り出して、自分の身を守るようにしている。


【救済の光】と名乗った襲撃者達も、散発的にそういった貴族に向けた攻撃を行ってはいるが、やはり一番密度の濃い攻撃に晒されているのは王女だ。


(あっちの組織もあっちの組織で、何か思惑有っての動きなんだろう。王女を排除する事が、向こうにとっては何か利益になる。こちらはこちらで、この襲撃を耐えることで何か利益に繋がるってことか・・・)


こういった知略、謀略の類いを考えるのは苦手だ。とはいえ、何も考えずに脳筋のように行動するのも不味い。結果として僕は、このまま静観するという状況になってしまっていた。



 そして、事態はまた少し変化する。


「キャーーー!!」


「っ!?」


突然の耳をつんざくような悲鳴に視線を向けると、そこには血溜まりの中に倒れ伏すドレス姿の貴婦人が目に入った。


「う、うわー!逃げろ!」


「こ、こっちに来るな!!後ろからも来てるんだ!!」


「じゃ、邪魔だ!!私が逃げるのに道を塞ぐんじゃない!」



演習場は、さらに混乱を極めてきた。


その原因はーーー



「殿下!敵の前衛部隊が出てきました!我らも動き出します!許可を!!」


事態が動いたことで、エリスさんが王女に行動を起こす許可を求めていた。


「分かりました!可能な限り皆さんに犠牲者を出さないようにお願いします!」


「はっ!5番以下の隊員はこの演習場の人達を保護するように動け!ただし、には注意せよ!」


「「「はっ!!!」」」


エリスさんがそう指示を出すと、舞台下にいた近衛騎士達が一斉に動き出した。聞きなれない単語もあったが、予めこういった状況を想定して訓練をしていたのだろう。その動きに迷いはなかった。


「ダリア殿とエレイン殿は、この場で我々と共に殿下の守護のサポートをお願いできませんか?」


「勿論です!」


エリスさんのお願いに、アーメイ先輩は二つ返事で頷いた。僕としても否はないので 、その願いに頷く。


「分かりました」


すると、こちらが動き出したからか、襲撃者達の剣術師が数名、背を低く保ちながら、猛烈な勢いで駆けてきている。


どうやら、こちらの守りが手薄になったのを好機と捉えたようだ。認識阻害で視認し難いが、それでもこれほどの目立つ行動をすれば、なんとか視界に捉えることが出来る。それは王女を囲む4人の騎士も同じようで、前方の2人が盾を構えつつ迎え撃とうと動きだし、残り2人は遠距離攻撃に備えている。


アーメイ先輩も詠唱を始め、剣術師の迎撃のサポートをするようだ。僕は全体の打ち漏らしが無いように、この周囲全てに意識を向けていた。


「牽制で火魔術を放ちます!」


「頼む!」


詠唱が完了した先輩が、注意を促すように騎士達に伝え、それに短い返事でエリスさんが了承した。


「喰らいなさい!!」


掛け声と共に放たれた先輩の火魔術は、数十の火球に分裂して、襲い来る襲撃者達に向かっていく。同時に発動していることから、第四楷悌の“複製”を使っていることが分かった。


(さすがアーメイ先輩!既に第四楷悌に至っているなんて!)


心の中で称賛するが、先輩の魔術は残念ながら敵魔術師の迎撃に阻まれ、欠き消されてしまった。しかも、お返しとばかりに先輩の手数の倍以上の火球がこちらに向かって飛んでくる。


しかし、その攻撃は近衛騎士の魔術が相殺して事なきを得た。ただ、その隙に敵の剣術師達が舞台下まで殺到してしまっていた。



そうして事態は、総力戦へと移行していった。

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