第82話 予選 7

 翌日ーーー


 僕はみんなと一緒に、アーメイ先輩の1次予選の観戦のために足を運んでいた。魔術演習場の周りは生徒達でごった返しており、その誰もが先輩の応援に駆け付けているだろう事を窺わせた。


何故なら、集まっている生徒達は口々に先輩の事を話しているからだ。


「ようやくエレインさんの出番か!」


「あぁ、待ちに待ってたぜ!」


「去年はローブが邪魔だからって動きやすい服装してたけど、今年もそうだといいな・・・」


「間違いない!あの神掛かったプロポーションを今年も目に焼き付けたいぜ!」


「あぁ・・・先輩!俺を踏みつけながら罵倒してくれないかな・・・」


「「「マジかよっ!!」」」



 至る所からアーメイ先輩についての話題が聞こえてくる。中には耳を疑うような内容もあったが、先輩に人気があるのは疑いようの無い事実だと分かった。


(僕の考えていた人気と微妙に違うような気もするけど、さすがはアーメイ先輩だ!)


先輩について今までの短い期間で分かった事といえば、面倒見が良いことや、人を差別して扱わない事。それに、自分自身の中に確固とした芯を持っているようで、自分の信じる物差しに従って物事を判断しているような気がする。


先輩に対してそう感じていた僕は、周りの人達の表面しか見ていないような発言に苛立ちを覚えていた。


「どうしたエイダ?そんなに眉間にシワ寄せて?」


そんな僕の様子に気がついたアッシュが、僕の眉間を指差しながら聞いてきた。


「えっ?そ、そうかな?」


無意識に表情に出ていたのか、アッシュに指摘された眉間を撫でながら取り繕う。


「は、は~ん、読めたで!」


「な、何が?」


今度はニヤケた表情をしたジーアが、身を乗り出すように割り込んできたので、つい身構えてしまう。


「エイダはん、周りが言うとるアーメイ先輩の外見の話し聞いて不機嫌なんやろ?」


まさにドンピシャな指摘に思わず口ごもる。


「そ、そんなこと無いよ・・・」


「隠さへんでもええて!エイダはんも男の子やね!先輩をそんなゲスな視線で見て欲しくない感情・・・分かるで!!」


「へ~、エイダって結構独占欲強いのね?」


ジーアの話しに乗っかるように、カリンまで会話に加わってきた。


「い、いや、そんなんじゃないって!ただちょっと・・・嫌だなって・・・」


僕がそう呟くと、みんな一斉に口許を綻ばせて、満面の笑みを浮かべてきた。


「エイダ、お前ってやつは・・・純粋だなぁ!」


「エイダはん!あんた・・・メッチャ可愛いわぁ!」


「ウブなのね・・・エイダなら大丈夫よ!」


「ちょ、ちょっと、何だよみんな?止めてよ、その生暖かい視線!!」


皆からは僕をバカにしているとか、おちょくっているとか、そういう気配は全く感じないのだが、まるで子供を見守る母親のような視線に去らされて、居心地の悪さで逃げ出したくなってしまった。



 それから少しして始まったアーメイ先輩の予選はさすがの一言で、僕と同様に中央に位置取った先輩は、出現する的を次々と土魔術で正確に破壊していった。先輩が的を一つ破壊する度に歓声が上がり、出現する的を見つけるために振り向く姿にも黄色い声が上がっていた。どうやら先輩は、女性生徒からの人気も高いようだ。


あっという間に10個の的を破壊した先輩は、杖を掲げながらみんなの声援に応えているようだったが、その顔は落ち着き無くキョロキョロしていて、勘違いかもしれないが僕と目が合うと、一際笑顔になったような気がした。


残念ながら先輩とはその後に話す機会がなく、クラスの友人らしき女性陣達に揉みくちゃにされるように消えていった。その友人らしき人達は、ニヤニヤと僕の方を見ながら何か言っているような気がしたが、距離が離れているため何を言っているか全く分からなかった。



 そうして対抗試合最初の一週間が過ぎ、1次予選が終わった。複合クラスの僕達は残念ながら、僕以外の全員が1次で敗退となってしまった。ただ、思いの外みんなはその結果を気にしていないようで、意気込んでいたアッシュも別に落ち込むようなことはなかった。


むしろこれからの対抗試合において、僕を全力で励ましてくれる。ただ、対抗試合についてだけの事であれば良いのだが、事ある毎にアーメイ先輩との事を揶揄してくるので、その部分だけはもう少し自重して欲しいとため息が出た。



 そして対抗試合は今日から2次予選となり、また寮の掲示板に個人個人の予選開始日時が貼り出されていた。


(・・・僕は明日の13時から魔術部門で、14時から剣武術部門か・・・)


掲示板を見ながら心の中で予定を反芻はんすうする。なにげに時間的な余裕が無いが、それほど心配しなくても良いだろう。2次予選は10分の持ち時間で、100個の的の内70個以上を破壊できれば突破らしいので、時間的に問題なさそうだった。


また、掲示板を確認するに、1次予選を突破した1年生の総数は約30人だった。1学年約100~150人居ることを考えれば、最初の予選でその7、8割をふるいに掛けているという事なので、結構狭き門のようだ。


そんなことを考えながらぼんやりと掲示板を眺めていると、アッシュが声をかけてきた。


「おっ、エイダは明日の午後か!って、随分余裕の無い組み方されてるな・・・大丈夫か?」


「う~ん、大丈夫じゃないかな?でも、100個の的を作ろうと思うと結構大変な作業なのに、2次予選も先生一人で頑張るのかな?」


予選の突破については心配していないので、予選を担当する先生の方に興味が向いてしまっている。


「ははは、余裕だな!2次予選では外部の魔術師を雇うんだよ。3人がかりで次々に的を出現させていくらしいから、7割壊すのも大変だって聞いたことあるぜ?」


「なるほどね・・・状況としては、多数の敵に囲まれた場合を想定してるのかな?攻撃の正確性、威力に加えて持久力も見られるわけか」


「まぁ、そんなところだろうな。持久力に関しちゃ、俺はからっきしだから10分も闘氣を継続できる奴が羨ましいよ・・・」


アッシュはため息と共に自虐しているが、別に彼も上手く節約して立ち回れば10分くらいの闘氣の維持は可能になっている。ただし、それは攻撃をせずにという条件が付くので、10分で100個の的を常に攻撃し続けるという状況だとかなり厳しくなってしまう。


「もう少し闘氣の精密な制御が出来てくれば、アッシュだって10分以上維持する程度は問題なくなるよ!」


「まぁ、最近少しずつ維持できる時間も延びてきているしな。色々ありがとうなエイダ!」


彼はにこやかな笑顔をしながら、日々の鍛練の指導について感謝を告げてくれた。


「少なくとも来年は、クラス皆で1次予選を突破できるようになろうか!」


「おう!よろしく頼むぜ!」



 その後ジーア達とも合流したが、彼女達は怪しい笑みを浮かべながらアーメイ先輩の予選の日時を伝えてくれた。どうやら朝からその情報を収集するために動いていたらしく、「感謝してね」と言わんばかりの表情で話を聞かされた。


「それにしても、思っていた以上にアーメイ先輩って人気あるのよね~」


カリンが物憂げな表情で、3年生の寮にある掲示板を見てきた時の話しを始めた。


「せやったなぁ。ある程度人気があるとは知っとったけど、結構あの先輩は自分にも他人にも厳しそうやし、もっと近づき難い存在になってるん違うかなと思っとったんやけどなぁ」


「そうそう!周りから聞こえてくるのは、最近は対応が柔らかくて、付き合いやすくなったって話が多かったわね」


「へぇ~。まぁ、確かに最近エイダの前だと、入学式で見たような凛々しい表情なんて皆無だからな。それだけでも壁が無くなった感じはするぜ」


ジーアとカリンの話しに、アッシュは腕を組みながら「うんうん」と頷いていた。


「ま、まぁ、先輩の人望が広がったんなら良い事じゃないかな?」


「ふふふ、せやね。人望が広がるやったらね~」


「そうね。実際には人望以外のものも広がってそうだけどね~」


そう言いながら、ジーアとカリンは僕を挑発するような視線を流してきた。


「うっ!な、何が言いたいんだよ?」


「別に何でもないで?ただ・・・」


「た、ただ?」


「今まで以上に競争率が激化しそうやね?」


「・・・・・・」


「成績優秀で家柄も良し!美人でプロポーションも文句無し!その上、人当たりも良いとなると・・・ねぇ?」


「・・・・・・」


ジーアとカリンは悪い顔をしながら、これ見よがしに僕を焦らせてくる。そんな彼女達の視線から顔を逸らしながらも、内心の焦りを押さえきれないでいた。


(や、やっぱり学院の対抗試合で優勝する程度じゃ足りないか?でも、貴族になるなんて僕には・・・あ~!!どうすればっ!!)


内心の葛藤を表に出さないように必死に平静を装っているが、アッシュから慈愛の籠ったような笑顔で肩を叩かれた。


「エイダ、素直になれよ?」



 アッシュの一言に自分がアーメイ先輩に対して抱いている想いを今一度考える。


確かに先輩は、人格者で綺麗な人だ。最近の僕に対する態度を見ると、年上とは思えぬほどに可愛らしい一面もあって、とても次期伯爵の身分の人とは思えない。


そんな先輩を僕は尊敬しているし、人として好意すら持っている。しかし、その好意が女性としての好意であるのかと言われると、言葉に詰まるところではある。


(女性を好きになるなんて、今まで経験したことないんだよ!でも、確かに先輩に対するこの気持ちは、他の人達に向けていた好きとは違う気もするし・・・あ~!!もう!!)


家族としての好き、友人としての好き、異性としての好き。同じ『好き』という言葉でもその意味はまるで違ってくる。その為、僕は今だかつて経験したことがないこの感情に、戸惑いを隠せないでいた。


そしてーーー


(確かめてみよう!僕のこの想いがどういう種類のものなのか!)


それはアーメイ先輩に対して、今まで学院の先輩として見ていた僕の視線が、一人の女性を見る視線に変わった瞬間だった。



ちなみに、アーメイ先輩の2次予選の日時は、予選最終日の10時からだった。

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