第81話 予選 6

 午後ーーー


 魔術部門の予選が始まった。午前中の剣武術部門同様に、演習場の周りには多くの生徒達が詰めかけていたが、午前との違いは魔術師が大半を占めているという事だろう。


(午前中の方は剣術師が多かったけど、午後はその反対・・・予選の部門を考えれば当然か)


ぼんやりとそんなことを考えながら、もう一つの違いにも考えを巡らせる。それは、僕を注目している人達から午前のような罵詈雑言があまり飛んでこないことだ。


おそらく、剣武術部門での僕の予選内容の話が出回っているのだろう。それを踏まえて観戦に来ている人達が多いのかもしれない。


そうして、僕に割り当てられた区画の中央に陣取りながら周囲の様子を観察していた。ちなみに、今回の予選担当の先生は、2年生の魔術コースの女性教諭らしい。


顔を合わせた時に挨拶をしたのだが、予想通りと言うか何と言うか、不快げな眼差しで言葉少なく返された。その瞳からは、「私はあの人のように手加減しないぞ」とでも言いたげな意思を感じた。



 魔術部門では、使用する魔術杖は自前のものとなっている。これは使いなれた杖の方が扱いやすいのはもちろんの事、万が一にでも使いなれない杖で魔術の制御を誤れば、それは事故を発生させてしまう要因になってしまうからだ。


僕の自前の杖を見た先生の反応は、今までのジーアやアーメイ先輩と同様に、目を見開いて驚いていたようだったが、先生は一言「大層なものを持っているようね」と苛立たしげに呟いていた。



「始めます!」


 先生の短い言葉と同時に魔力の高まりを感じ、地面に接触した杖の先端から広がる魔力を知覚する。


(おや?僕の前後に離れた位置で同時に2つ・・・しかも、強度は最初から第四楷悌か・・・)


瞬時に認識した情報をもとに魔術を構築する。僕の攻撃魔術は火属性しかないのだが、魔力を杖に流すと同時に、いつもとは違う感触に気づく。


(やっぱり、闘氣同様に扱いが楽になってるな。これなら!)


今まで試したことは無いが、自分の感覚を信じて魔力を操作する。杖には属性を与えずに集束する群青色の魔力が輝く。


(よし!いける!)


確信と共に魔力の塊に向けて、自然界の飽和した2つの魔術を取り込ませる。すると、火属性と風属性の2つの魔術が完成した。次いで形状変化を施し、弾丸のように形造る。


(くっ!まだ精密な形状は難しいか・・・でも、今はこれで十分だ!)


先生が出現させた的に向かって、自然界に飽和する属性を組み込んだ2属性魔術を同時に逆方向へ放つ。


「いけっ!!」


『『ドガンッ!!』』


僕の掛け声と共に放たれた魔術は、瞬きする間にほぼ同時に的へ殺到し、ステレオの様に聞こえる轟音と共に的を完全に破壊した。


「・・・・・・・」


 2つの的が同時に破壊されてからしばらく、辺りを静寂が包んだ。誰もが言葉を失っている中、一人の声がはっきりと僕の耳に届いた。


「す、凄い!さすがだ、エイダ君!」


そこには、驚きながらも笑顔を浮かべるアーメイ先輩の姿があった。予選開始時には姿を見かけなかったので、きっと途中から駆けつけてくれたのだろう。先輩の声を聞いて、つい口許が緩むが、まだ予選は終わっていないので続きの的を先生にお願いする。


「あの~、先生?次の的が現れないんですけど?」


「っ!!ふ、ふん!分かっています!」


僕の声に正気に気を取り戻した先生は憎々しげに返答すると、今度は正面に的を一つだけ出現させたが、その大きさは今までの的の倍以上あり、込められた魔力量も平均的な第四楷悌の限界まで注ぎ込んでいるようだった。まるで僕を挑発するように、壊せるものなら壊してみろとでも言うように。


しかしーーー


『ドゴンッ!!』


「っ!!くっ!くそっ!」


出現と同時に一瞬で僕に破壊された的を見ながら先生が毒づくと、ムキになったように巨大な的を生成していくが・・・


『ドゴンッ!』


『ドカンッ!』


どこに配置しても、どれ程の強度を持たせても、僕にとっては単なる作業のように的を破壊していくと、先生は怒声を上げながら最後の的を出現させる。


「何なのよ!ノアの分際で、ふざけんじゃないわよ!」


「っ!!」


最後の的は僕の足元から身体を貫くように先端が鋭い的が出現することを察知したので、瞬時に後ろに飛び退くと同時に杖を構える。僕だって先生の言動に思うところがあり、意趣返しとばかりに、最初は別方向に放った火と風の魔術を、今度は合わせて合成魔術を発動する。


さすがに合成魔術は制御が難しいが、離れようとする2つの魔術を押さえつけて、なんとか発動させる。


「これで最後!!」


『ドーーーーーーン!!』


「きゃっ!!」


完全に過剰威力のそれは、僕の思惑通りに勢い余って担当の先生を爆風で転倒させた。距離があったこともあり、怪我もなく、尻餅を着いた格好になっただけの先生だったが、驚きのあまり固まっているようなので、僕もやり過ぎたかなと頭を掻いた。


倒れている先生を立ち上がらせた方が良いだろうと考え、ゆっくり近づいて手を伸ばした。


「先生?大丈夫ですか?」


「っ!ひっ!」


手を伸ばす僕の顔を見た先生は、真っ青になって短い悲鳴と共に身体を縮こませてしまった。そこまで怖がらなくても良いのにと思いながらも、先生の反応に苦笑いを浮かべる。正直言って、先生の方から僕に危害を加えてこようとしたのに、少しやり返されたくらいでこんなに怯えるなら、最初から何もしなければ良いのにとため息が出る。


少しして正気を取り戻した先生は、自分で立ち上がると衣服に着いた土を払い、震える声で口を開いた。


「い、1次予選は合格です。では、し、失礼します」


そう言い残して先生は足早に演習場を去っていった。この後も予選は続くのにどこに行くのだろうと思うのだが、僕の近くから早く離れたいと考えたのかもしれない。



 演習場から離れると、アーメイ先輩が僕のところに駆け寄ってきてくれた。


「お疲れ、エイダ君!」


「アーメイ先輩!」


先輩は最近のように目を逸らすのではなく、この時ばかりは僕の目をしっかり見据えて話してくれた。


「君の事は凄い凄いと思ってはいたが、まさかこれほどとは思わなかったよ!一人で別属性の魔術を同時発動するなんて聞いたことがない!」


先輩は顔を近づけながら、興奮して捲し立てるように、自分の興味を惹いたことを話してきた。


「あれですか?最近なんだか調子が良くて、出来そうかなと思って試してみたんですよ!」


「なっ!今までやったことが無いものをぶっつけ本番で?」


「う~ん、まったく試したことが無い訳じゃないんですが、それでも今までの自分では出来なかった技術ですね」


「ははは!まったく、君は本当に私を驚かせてくれるな!」



 先輩は満面の笑みを見せながら、我が事のように喜んでいた。そもそも僕が自分の持つ属性以外の魔術を扱えたのは、母さんから教わった神魔融合の副次的な効果だった。


神魔融合を教わった際に、自分の属性以外の魔術を、自身の魔力を使って発動することが出来るのなら、単体としても発動できないかと母さんに確認したのだ。


答えはあっさりしたもので、「当然、出来るに決まっているでしょう!」と言われた。じゃあ試してみようと言うことで実際に鍛練をしたのだが、これが全く上手くいかなかった。


神魔融合は、自然界の飽和した魔術を一気に集めて、そこから必要なものを選別しているイメージなのだが、個別の魔術となると、最初から選別して集めるとでも表現するような、気が遠くなるほど大変で繊細なものだったのだ。


その為、実家に居たときには一度も成功できたことはなく、母さんからも「気長に鍛練しなさい」と、半ば諦めていたものだった。


しかし、今日の予選では諦めていた技術を成功させることが出来た。残念ながら元々の保有している属性と比べると、威力と制御が一段劣ってしまうが、全属性使えるというアドバンテージは大きい。



 そんなことを考えていると、目の前のアーメイ先輩が急にハッとした顔になったかと思うと、顔を赤らめて距離を取られてしまった。


「す、すまない!ちょっと興奮してしまって・・・い、嫌じゃなかったか?」


「え?そんな、嫌なことなんて全然無いですよ!それに、わざわざ僕の予選を見に来てくれて、ありがとうございます!」


「と、当然だ!両方の部門の対抗試合に出るというのでな、君が無理をしていないか確認したかったのだ」


先輩は俯きながらもチラチラと僕の顔を窺ってくる。なんだかその仕草が年上の女性とは思えないほど可愛らしく、ついつい見惚れてしまった。


「エ、エイダ君?」


僕がボーッとしていたので、先輩が心配そうに問いかけてきた。


「す、すみません!何でもないです!予選自体それほど疲れることはなかったので大丈夫ですよ?」


「そ、そうか?それなら良いんだが・・・」


「そういえば、アーメイ先輩の予選はいつなんですか?」


「わ、私か?私は明日の13時だったな」


予選の日時を伝えてくれる先輩は、僕の様子を確認しつつ、何かを期待するような眼差しをしていた。


「その・・・観戦しに行っても良いですか?」


「も、勿論良いに決まっている!せっかく君が見に来てくれるなら、気合いを入れないといけないな!」


「あ、いや、無理はしないで下さいね?」


「大丈夫だ!分かっているよ!」



 先輩の予選を見に行くことになった僕は、笑顔で去っていく先輩を見送ってからアッシュ達の元に移動すると、みんなニヤニヤしながら僕を迎えた。


「見てたで~!なんや、メチャメチャええ雰囲気やんか!」


「本当ね!こんな大衆の面前で完全に2人の世界だったわよ!」


「エイダ・・・時と場所を考えないと、嫉妬した男に襲撃されるぜ?」


どうやら3人とも僕が先輩と話している様子を見ていたようで、その事に茶々を入れてくる。アッシュに至っては皆と少し違う観点だったが、あながち有り得そうな指摘だった。


「・・・アーメイ先輩って、やっぱり人気あるよね?」


アッシュの指摘を確認するようにみんなに問いかけると、ため息を吐きながら答えてくれた。


「いや、そりゃそうじゃないか?才色兼備で人格者だし、家柄も申し分ないだろう?家柄が釣り合う奴らは狙ってるんじゃないか?」


「せやね!あの見た目に魔術の実力も兼ね揃えてはるし、アーメイ家と婚姻を結ぼうと、結構な人数の婚姻の申し込みがある言う噂もあるで?」


「まぁ、あの人ならそれも当然じゃないかしら?ノアである私達にも気さくに接してくれるし、あの人なら信頼できそうだものね」


「だ、だよね~」


みんなの話を聞いて、今さらながら僕とは住む世界が違う人なんじゃないかと実感してしまう。僕が先輩に惹かれているのは事実なのだが、僕なんかが先輩の近くに居ても良いのだろうかと悩んでしまう。


「エイダ!早くしないとアーメイ先輩を誰かに取られちまうぞ?」


アッシュの急かすような言葉に僕は苦笑いを浮かべつつ、色々な事に想いを巡らせていた。先輩とは知り合ってまだ数ヵ月で、それほどお互いの事を知っているわけではないし、先輩のお父さんからは釘を刺されている。


それに何より、僕の先輩へのこの想いが関係性をどう変えてしまうのかが不安で、どうしても行動を起こすことに二の脚を踏んでしまうのだ。


「そ、そうだね。肝に命じておくよ」


そう答えるのが、今の僕の精一杯だった。

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