第80話 予選 5
4つに区画された剣武術演習場の一つに進み出ると、僕は木剣を無造作に下げながら力を抜いた状態で開始の合図を待っていた。演習場の周りを見渡すと、数人の生徒達がこちらを窺うような視線を向けている事に気づく。
(僕の実力がどれ程のものか、見定めようとしてるんだろうな・・・)
だからといって特に気負いはしないが、視線の中には単に興味を向けるものから、憎しみのようなやっかみを含んだものまで様々だ。上級生の中には苛立ちを隠そうともせずに、罵声を飛ばす者もいた。
「おいおい、あれが噂のノアらしいぜ?」
「あぁ、なんでも不正な手段で騎士団に取り入ったっていう奴か!」
「どうせ大したこと無いんだろ?すぐにバレるのに、平民って奴はバカだよなぁ!」
僕に向けて言いたい放題の罵詈雑言が飛んでくる中、アッシュ達の声も耳に届いた。
「頑張れよエイダ!!」
「あんたの実力みんなに見せちゃって!!」
「こんな声、実力で黙らしたり~!!」
声援を送ってくれる友人達に笑顔を返すと、アッシュ達は周りの先輩から苛立たしげな視線に晒されていた。
(皆のためにも、ここはアッ!と周りを驚かせてやるか!!)
左手で懐のハンカチの感触を確かめつつ、右手に持つ木刀を握り直すと、小さく息を吐き出して集中する。以前に比べると、この集中状態に入るのが格段にスムーズになった。周りの雑音は消え、今必要な情報だけが鮮明に意識できる。
「では、始めます!最初の的が出現してから5分以内に10個の的を破壊できなければ、1次予選は敗退です!」
キャロライン先生が、さも敗退するのが当然とでも言うような前置きしながら、腰の杖を抜いて魔力を込め、杖の先端を地面に突き刺すと、土魔術が発動した。
その瞬間、自分の知覚している景色の流れがいやに遅く感じた。その影響か、自分が認識できる情報量が格段に増している。先生の杖の先端から、地面に広がる魔力の流れが知覚できる程に。
(最初の的は僕から100m位の場所。1.5m程の大きさ、強度は第三楷悌程度!)
瞬時に情報を把握した僕は、必要最低限の闘氣を纏うと、意図せず木剣まで闘氣が覆っていることに気づく。
(無意識に人剣一体の状態に到れるなんて・・・やっぱり今日は絶好調だな!)
地面が捲れるほどの踏み込みで、一足飛びに最初の的の場所へ飛び込むと、ようやく的が出現したタイミングだった。
(発動まで時間が掛かりすぎだよ、先生!)
心の中でそう毒づきながら突きを放つが・・・
『バゴンッ!!』
「しまった!!」
いつも以上に好調だった為か、木剣だけでなく、勢い余って自分の身体ごと体当たりするように的を破壊してしまった。
(身体が軽すぎるな・・・それに闘氣の扱いも息をするように自在に出来る・・・今なら父さんみたく、呼吸するように闘氣の吸収も出来るかも!)
試したい衝動に駆られるが、今は予選の真っ最中なので、意識を切り替えて次の的を狙おうとするのだが、待てど暮らせど次の的が出現しない。どうしたのだろうと先生の方を見ると、目を点にしながら信じられないものを見る視線を僕に向けていた。
「・・・先生!?早く次の的を出してくれませんか?」
「・・・えっ?あっ?な、なん?」
「いや、的を出してくれないと、予選が進められなくて困るんですけど?」
混乱の極致にあるような先生の表情が、徐々に落ち着きを取り戻すと、一転して憤怒の表情へと変化していた。
「ノアごときが、調子に乗るなよ!!」
何故先生が怒っているのかは分からないが、今度は大量の魔力が練られた的が50m先に出現することを察知すると、さっきと同様に必要量の闘氣を纏って消えるように移動する。的に激突しないよう今度は勢いを調整しているのだが、僕の移動速度に先生の魔術の発動速度が間に合っておらず、出現するまでその場で少し待たされてしまう。
「シッ!」
『バコンッ!』
ようやく出現した的を難なく突き込んで破壊して見せるが、今回の的の強度は第四楷悌相当のものだった。本来は、第二階層の闘氣量とある程度の技量の剣術によって破壊できるだけの強度であるはずの的が、今や第四階層でなければ傷一つ付けることが出来ない強度になってしまっている。僕に怒っていたようだったので、その意趣返しだったのだろうが、僕にとっては脆すぎて手応えが無いくらいだった。
「なんなのよあいつ!!くそっ!!」
先生らしからぬ罵り声が聞こえてくるが、それを無視してどんどんと出現してくる的を現れると同時に破壊していく。4つ目5つ目と破壊していくなかで、周りから先程のような罵詈雑言が消えていた。その代わり、畏怖の籠ったような声がヒソヒソと囁かれ始めていた。
「お、おい、あいつ何なんだよ・・・」
「あいつノアなんだろ?あの闘氣の色・・・第四階層じゃ・・・」
「バカ!そんなことより、あいつの木剣よく見ろよ!闘氣が・・・覆ってる・・・」
「あ、ありえねぇ・・・」
次々的を破壊していく僕に、周りは一種異様な雰囲気を放ち始めていた。先生の方をチラリと見やると、肩で息をしながら、額には玉のような汗をかいていて疲労困憊のようだ。
(魔力が枯渇気味になってきてるんだな。僕が気に入らないからって、無理して第四階層の魔術を連発するから・・・)
先生が繰り出す的の強度は、Aランク魔獣を容易く貫けるほどのものとなっているが、僕の前では崩れかけの朽ちた壁のように、ほとんど抵抗無く破壊されていく。それが気に入らないようで、先生は益々魔力を込めるのだが、どこまでやっても僕が一撃で破壊してしまうのだ。
10個目、最後の的を破壊し終えたときに先生は、魔力枯渇のためにその場に倒れ伏してしまっていた。その様子に慌てて他の先生が駆け寄り、意識を確認したのち、何処かへと担ぎ込まれていった。
その後、別の先生が僕のもとに来て、1次予選の突破を告げてくれたのだった。
皆のところに戻ると、僕の1次予選突破を笑顔で祝福してくれた。同時に先程まで僕に向かって罵詈雑言を吐き散らしていた生徒達は、蜘蛛の子を散らすようにこの場から去っていく。
「さすがエイダだな!圧巻だったぜ!!」
「本当ね!凄いとは思っていたけど、私じゃ理解できないくらい凄すぎよ!」
「ほんまや!それに、周りで
皆の言葉に、照れ笑いを浮かべながら応援の感謝を告げる。
「ありがとう!皆からの応援の声はよく聞こえてたよ!それに今日は身体の調子が良くて、いつも以上の力が出せた気がするよ!」
「なるほどな!そういえば今朝、アーメイ先輩と何かやり取りしていたようだし、そのおかげか?」
アッシュからの指摘に、僕は目を見張って驚く。
「えっ?まさか見てたの?」
「ふふふ、偶々な!エイダもアーメイ先輩の事になると、結構隙だらけになるよな?」
「ふんふん。なるほど、興味深い話しやね!その時の様子を詳しく聞きたいわぁ」
「あ!あたしも興味ある!アーメイ先輩はどんな感じだったの?」
「あぁ、それがな・・・」
ジーアとカリンに促されるように話し始めようとするアッシュに、焦りながら待ったをかける。
「ちょ、ちょっと待って!そんな話、ここでしなくても良いだろ!?」
「じゃあ、昼飯食べながらゆっくり話そうか?」
ニヤニヤとした表情で楽しげに提案してくるアッシュに、僕は渾身の力で叫んだ。
「いや、そういう事じゃないって~~~!!」
◆
side ジョシュ・ロイド
「ふん!あの小僧が良い気になっていられるのも今のうちだ!!」
俺様は自分以外誰もいない自室にて、あいつの報告書を見ながら苛立ちを隠さず吐き捨てていた。今までの事を考えればあいつが1次予選を突破することは想定の範囲内だが、ここまで目立つような行動をしたのは想定外でもある。
「予選は最短時間で終え、教師を魔力枯渇で倒れさせ、しかも動きが早すぎて何をやっているか不明という内容か・・・」
この報告書を見る度に怒りが沸いてくる。今回の対抗試合において、まずはあいつに対するエレインからの評価を下げてやろうと、ノアに否定的な教師を担当に
無様に1次予選に落ちれば、それはそれで面白かったものを、逆に奴は周囲の評価を上げる形で終えている。まだ魔術部門での1次予選を控えてはいるが、結果は同じようなものになるだろう。
「まぁいい。2次予選はこうはいかんぞ!」
2次予選の担当試験官は、部外の者も招いて行うものだ。次々出現する総数100個の的を作り出すというのは、魔術師にも結構な負担になってしまうので、負担を分散するための対策として魔術騎士団に依頼をするのが毎年の恒例だ。
その部外の者に、俺様の息の掛かった人物を紛れ込ませることは造作もないことだった。そして、どんな優秀な魔術師と言えど、うっかり誤って出現する的の位置がズレるということが無いわけではない。
「ククク・・・精々今の状況を楽しむが良いさ、お前にエレインと共に歩むような未来など存在しないのだからな!」
暗い笑い声が響く俺様の部屋のゴミ箱には、アーメイ伯爵家からの一通の手紙がクシャクシャニなって捨てられていた。その手紙の内容を見た瞬間は、あの不届き者を絶対に亡き者にしなければならないと決意した瞬間でもあった。
「エイダ・ファンネル・・・貴様は生きていて良い存在ではないのだ!俺様とエレインの輝かしい未来のためにな・・・」
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