第66話 ギルド 21

 12匹いた魔獣達は、魔術師の攻撃の成果もあって動きが鈍っていたため、騎士やオジさん達の手によって瞬く間に殲滅されていった。


やはり冒険職の人達は腕に覚えがあるのだろう、Bランクのオーガに対してもまったく怯むことなく突撃していった。ただ、さすがに1対1では荷が重いらしく、数人で囲うようにして討伐していた。


戦闘開始から15分も過ぎる頃には、魔獣は討伐し終え、辺りには弛緩した雰囲気が漂っていた。



「ガハハハ!どうだガキ共?お前らの出番なんて無かっただろうが!もう帰ってもいいんだぜ?」


「・・・・・・」


僕らに突っかかってきていたオジさんが、嫌らしい笑みを浮かべながら見下すように言ってきたが、その状況に騎士の一人が苛立ちながら近づいてきた。


「おいっ!あんた!何故作戦を無視した!?」


「あ?」


「作戦ではもっと魔術で弱らせ、防御壁に魔獣を引き付けてから攻撃に移る手筈だっただろう!?」


「そんなことか?俺は十分弱らせたと判断しただけだ!それに、問題なく討伐できたんだから、そう目くじら立てることもないだろ?」


オジさんは自分の判断は間違ってなかったと、得意気に騎士に語っていた。その態度に騎士の人は、ますます怒りを募らせているようだった。


「勝手なことはするな!これは集団戦なんだぞ!?一人の勝手な判断が、全体を危険に曝すこともあるんだ!」


「だ~か~ら、誰もやられずに上手くいっただろ?」


苦言の理由をまるで理解していないオジさんの言動に、騎士の人は血管が破裂しそうな程の形相で睨み付けているが、オジさん本人はどこ吹く風とばかりに飄々とした態度を崩すことはなかった。


「チッ!これだから冒険職の奴らは・・・」


騎士の人は捨て台詞を吐きながらこの場をあとにし、オジさんはそんな騎士を鼻で笑いながら去っていった。取り残されたような僕とアッシュは、互いに顔を見合わせながら苦笑するしかなかったのだった。



 それから数回、魔獣がこの防御壁まで来ることもあったが、その都度問題なく討伐できていた。それは連携がとれているからかと言えば、決してそうではなかった。いや、むしろバラバラと言っていいだろう。もはや、それぞれが個人の力で迎撃している状況だ。


それが出来てしまうのも、冒険職の人達が武力ランクで言えばBランク程度の実力があるのと、討ち漏らされて襲ってくる魔獣がCランク以下が数十匹づつといった、個人の力で押しきることが出来てしまう戦力差だからだろう。


その結果、騎士団と冒険職の人達との溝は、魔獣との攻防を重ねる毎に深くなっていき、もしこの状況でAランクの強力な魔獣が複数襲って来たとすれば、とても協力など望めないような雰囲気になっていた。


その様子をアーメイ先輩はうれいているようで、防御壁上に佇む先輩の表情は、不安を圧し殺したなんとも言えない顔をしていた。先輩は学院の生徒ではあるが、騎士団長に就く家柄から言って、この場において責任が全く無いと言うことはないのだろう。


(そういえば、ちょくちょく伝令の人とも話してるようだし、この拠点の責任者だろう騎士ともよく言葉を交わしているようだった。次期伯爵ともなると色々と大変なんだろうな・・・)


先輩は忙しいようで、この拠点に来てからはまったく言葉を交わす暇がなかった。それでも先輩の心労を考えて、なんとか声を掛けたいとは考えたのだが、残念ながら僕やアッシュも討伐した魔獣を解体して、使えそうな素材や魔石を回収するのに忙しかった。



 状況が一変したのは、交代で昼食を終えた昼過ぎの事だったーーー


散発的に襲い来る魔獣達を、まるで処理するかのごとく防御壁で待ち構えて対処していた時、急に大森林の方から地鳴りを伴った轟音と、天まで届きそうな火柱が立ち昇る様子が見えた。


「な・・・なんだ、ありゃ・・・」


その光景に、誰が呟いたとも分からない声が、いやにはっきりと耳に届いた。それはこの場にいる皆もそうだったようで、その現実離れしたような圧倒的な光景に呆然と立ち尽くしているようだった。


(魔術?って訳でもなさそうかな・・・周りの反応から考えて、とても人の力では出来ないような事らしい。となると・・・)


目の前の光景を再現できそうな人物に心当たりはあるが、皆の反応を考えると、かなり高ランクの魔獣の仕業だろうと予想した。



 静寂が漂うなか、しばらくすると大森林から空に向かって一筋の光と共に、大空を赤い閃光が覆った。その閃光を見た騎士達からは動揺が走っているようで、近くの騎士を見ると、恐怖に染まった表情で震えていた。


「ど、どうしたんですか?」


誰も何も言わない状況にしびれを切らした僕は、近くで恐怖に震えている騎士に近づいて話しかけた。


「う、嘘だろ・・・な、なんでこの森に居るんだよ・・・」


僕の問い掛けに、彼は答えになっていない言葉を漏らすだけだった。困惑する僕は、どうしたものか頭を掻きながらアッシュの元へと歩み寄った。


「ねぇ?アッシュはあの閃光が何なのか知ってる?」


「・・・・・・」


「アッシュ?」


「っ!!わっ、悪い!聞いてなかった・・・」


「だから、今見た赤い閃光が何なのか知ってるかって聞いたんだけど?」


アッシュは呆然と空を見上げ、僕の声にも気づいていなかったが、青い顔をしながらあの閃光の意味について口を開いた。


「ああ・・・ヤバイぞ、エイダ・・・すぐにこの場から離れないとーーー」


『カン!カン!カン!カン!!』


アッシュが続きを話そうとした瞬間、防御壁上からけたたましい鐘の音が鳴り響き、皆の注意をそちらへと引き付けた。頭上を見上げると、厳しい表情をした騎士がこちらを見渡して、みんなが注意を向けていることを確認してから声をあげた。


「緊急報告!大森林へ向かった部隊より、ドラゴンを確認した際に打ち上げられる閃光弾を確認!その色からファイヤー・ドラゴンと推定!脅威ランクはSS!よって、学院生はただちに都市へと避難しろ!残りの者はドラゴンが都市に行かぬよう、この場で迎え撃つぞ!!」


もたらされた情報に、騎士を除く全員が混乱したように騒ぎだした。


「なっ!?今、ドラゴンって言ったか!?嘘だろっ!?」


「おいおい、ドラゴンなんて勝てるわけ無いだろ!」


「こんな所に居たら俺達までドラゴンの餌になっちまう!とっとと逃げるぞ!」


冒険職であろうオジさん達は及び腰な声をあげながら、この場から逃げるような素振りを見せ始めている。僕達に対してはあれだけ大口叩いていたはずなのに、自分達が敵わない相手とみるやあっさりと前言を翻している。そんな様子の冒険者に対して、騎士は顔を青くしながらも毅然と忠告していた。


「待て!ここで逃げて何処に行こうと言うのだ?もしかしたらドラゴンは、都市にまで被害を及ぼす可能性もあるんだぞ!ここで食い止めねば、帰る家すら無くなるやもしれんぞ!?」


「うるせぇ!俺達はただ金の為に働いてるだけだ!死にたいわけじゃねえ!それに、都市を守るのは騎士団の仕事だろう!?俺達には関係ない!」


「そうだ、そうだ!こっちは高い税金も払ってんだ!お前らが責任もって討伐しろよ!」


「ああ!俺達は帰らしてもらうぜ!」


そう言いながら、防御壁の向こう側へぞろぞろと逃げて行こうとするオジさん達に、頭上の騎士から怒声が飛ぶ。


「待て!今この場を離れれば依頼の放棄とみなし、報酬はおろか、処罰も覚悟してもらうぞ!」


「ああそうかい、ご勝手にどうぞ!こんな所で死ねるか!命あっての物種だよ!」


「ぐっ・・・」


まるで自分達の意見を曲げようとしないオジさん達に、騎士の人は悔しげにほぞを噛んでいた。そんな様子を横目で見ながら、僕達学院生はというと、アーメイ先輩に集められてこれからの行動について説明を受けていた。


「いいか皆!これから2台の馬車に分けれて都市へと避難してもらう!到着後は君達からも大森林にてドラゴンが発見された旨を周知してくれ!そうすれば、都市に残っている騎士団が防衛体勢を敷くだろう!」


アーメイ先輩の話し方は、まるで自分はこの場に残るとでも言っているような指示に聞こえてしまう。その為、僕は意を決してその事を指摘した。


「まるで先輩は、ここに残るとでも言いたげな話し方ですね?」


「そうだ!私は騎士団長の娘として、ここに残って責任をまっとうする!」


「そんな、無茶ですよ!」


「そうです!相手はドラゴンと言うなら、もう学生の領分を越えてます!」


アーメイ先輩の返答に、他の2、3年生の先輩が口々に翻意を口にしたが、先輩が態度を崩すことはなかった。そんな混沌としている状況で、僕はアッシュにそっと近寄りつつ小声で話し掛けた。


「(アッシュ、君はどうする?)」


「(さすがに残ったところで無駄死にどころか、邪魔になるだけだろうからな・・)」


アッシュは自分の実力をよく理解しているようで、軍務大臣の息子として残ったとしても、誰かの足を引っ張って邪魔になるのはゴメンだとばかりに表情を暗くしていた。


(さすがにドラゴンが相手となると確実に守れると言えないし、それが安心か・・・でも、アーメイ先輩が心配だな。騎士の人達は連携も取れていてそこそこ強いと思うけど、ドラゴンに対してはどうなんだろう?)


僕は実際にドラゴンを見たことはない。父さん母さんから話としては聞いたことがあるし、学院の本で絵姿を見たことはあるが、実際にこの目で見ないとどの程度か計れないだろう。


もしかすると、アーメイ先輩はこの場所で命を落とす可能性だってある。僕はどう行動すべきか頭を悩ませていると、アッシュはその葛藤を察したかのように話してきた。


「(エイダ。俺は都市に避難するから心配するな!それよりも、自分のやりたいように動けよ?)」


「(アッシュ?)」


「(ふっ!お前、アーメイ先輩の為にこの場に残りたいんだろ?)」


「(っ!!どうしてそれを?)」


「(ははっ!顔に書いてあるぜ。心配でたまらないってな!男なら好きな女性くらい守ってやれよ?)」


「(っ!!い、いや、僕は別にアーメイ先輩の事は何とも・・・ただ、今まで良くしてくれたし、心配なだけだよ!)」


「(んじゃ、そういうことにしておいてやるから、ちゃんとアーメイ先輩にどうするか言っておけよ?)」


「(そういう事って何だよ?もぅ・・・分かったよ、ちょっと行ってくるよ)」


そう言ってニヤついた表情のアッシュをその場に残し、生徒に避難指示を出しているアーメイ先輩の元へ向かおうとすると、アッシュが声をあげてきた。


「エイダ!」


「ん?」


「死ぬなよ?」


「大丈夫!ちゃんと帰るから、例のレストラン予約しておいてってジーアに伝えといてね!」


「ははっ!分かったよ!」

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