第56話 ギルド 11

 ギルドランクがDFランクとなり、武力系のランクが僅か2回の依頼達成で昇格したことに嬉しい反面、不安も感じていた。その主な理由としては、Dランク昇格時に起きたミリアスさんとの一件だ。


元々、ノアという存在の世間から見た立場というものは理解していたつもりだったが、今までは同じ学院生徒からのものだったので、成人して社会に出ればまた変わるだろうと、どこか気楽に考えていた部分があった。


僕の思惑としては、実力を示していく過程で周りの思いが少しづつ変わっていけばいいなぁくらいだった。しかし、どうやら現実はそう簡単にいかないらしい。常識外れの実力は、疑いの眼差しや畏怖の念を抱かせてしまうようだ。


更に、今回のミリアスさんとの事で、社会に出たとしてもノアである事が不利に働く様子をまざまざと見せつけられてしまった。


ただ、だからといって僕がどうにかしなければならないという考えも、今のところは持てていない。支部長さんの言うような世間の考え方を変える方法なんて分からないし、そこまで大それたことをしようと思っているわけでもない。


(う~ん、ノアに対する考え方を変えれたら良いとは思うけど、ノアに対してこう評価して欲しい、なんて事考えたこともないしなぁ・・・)


僕の中には、そんな明確な答えなんてなかった。だからこそ今まで深く考えないでいた事でもあったし、今すぐに答えの出るものでもない。なので僕はしばらく考えるの止めて、行動を変えることにした。


(武力系の依頼ばかり受けるから面倒に巻き込まれるんだよなぁ。だったら、しばらくは知力系の依頼を受けることにしよう!)



 既にギルドの依頼を2つ以上達成するという試験には合格しているので、少し方向性を変えることにした。それに、奉仕職を目指すのであれば知力のランクを上げることも不可欠なので、ちょうど良いだろう。




「ってことで、知力系の依頼を受けようと思うんだけど、どんな依頼が良いと思う?」


いつものメンバーで夕食を食べている最中、対面に座っているカリンとジーアにそう問いかけた。


「はぁ・・・本当にエイダって規格外ね」


「ほんまやで!まさか、たった2つの依頼を達成しただけで、もうDランクになってるなんて驚きや!」


「まぁ、エイダの実力なら納得だけどな!それにしても、あの秘書みたいなミリアスさんがそんな事を言うとはねぇ」


僕がギルドであった一連の出来事をかい摘んで話したことに、皆それぞれの感想を言ってきた。客観的に見ても、僕のDランク昇格は驚くべき事なのだろう。あとで聞いた話だが、ギルドはランクの昇格について個人の実力を調べるために独自の調査員を使っているらしい。


アッシュの見立てでは、おそらく僕がミノタウロスの依頼の際に契約したポーターのおじさん達が実はギルドの調査員で、その人達の報告が要因となって今回の昇格に繋がったのではないかということだった。


「支部長さんからは、人の思想は様々だから気を付けろって言われたよ・・・」


「なるほどな・・・」


アッシュは僕の言葉に何か思うところがあるのか、重々しく頷いていた。支部長さんから言われたことはそれだけではなかったが、世間の考えを変えるだなんだの話はしなくてもいいだろうと考え、皆には伏せておいた。



「それより知力系の依頼だけど、2人は何がいいと思うかな?」


脱線した会話を元に戻そうと、改めてカリンとジーアに質問を投げ掛けるた。すると、カリンが知力系の依頼についてざっと話してくれた。


「知力系で言えば、例えばFランクの常駐依頼は複写した本の検閲なんてのもあったわね。一日当たりの拘束時間は短いけど、5日間で500コルね」


「そ、それはちょっと破格の安さだね」


正直、武力系の依頼で一日6万コル以上稼いでしまったので、それと比較するとあまりにも報酬が見劣りしてしまった。


「他には商店での荷物の運搬とか掃除とかの雑務が大半で、報酬も似たり寄ったりね。Eランクで、私と同じように書籍の複写でもしてみる?それとも、ジーアみたいに商店での在庫管理とかかなぁ?」


カリンは説明しながら隣に座るジーアに視線を投げかけると、それを受けてジーアも口を開いた。


「そうやねぇ、忍耐もあって字も上手ければ複写でもええと思うし、商売の基礎を学びたければウチと一緒の在庫管理からするのもええと思うよ?せやけど、エイダはんならもっと良い依頼もあるで?」


「良い依頼?」


怪しく目を光らせながらニヤリと笑い掛けてくるジーアに、怪訝な表情をしながら聞き返した。


「せや!これはランク外依頼言うやつなんやけど、達成できる技術があるならランクを問わへんゆう、知力系依頼特有のものや」


「へぇ、そんな依頼があるんだね。どんな内容なの?」


「ふふふ、エイダはんに一番適してはるランク外依頼、それはな・・・」


「・・・それは?」


ジーアは妙に勿体ぶったような言い回しで、言葉を溜めながら話してくる。その話し方に他の皆も引き込まれているようで、カリンとアッシュも、じっとジーアの事を見つめていた。


「ポーション製作や!」


「ポ、ポーション製作?」


「せや!ポーションは本来、神殿が供給量の8割を占めてはる。ただ、神殿からポーションを購入するのはちょっと厄介な手順を踏まなあかんねん」


「厄介な手順?ただ神殿に行って買ってくれば良いんじゃないの?」


「言葉で表現すれば、その通りなんやけどな。ちょっと違うねん!」


チッチッチッ、と指を振りながらしたり顔をするジーアの言葉に首を傾げる。


「確かに!ジーアの言う通り、ポーションの買付はちょっとアレだって聞いたことあるな!」


「そうね。私達は学院から購入しているから実際には知らないけど、神殿から必要量を買付けるのは大変だって聞いたことあるわ」


アッシュとカリンは事情を知っているようで、神殿での買付と言う言葉に少し忌避感を感じているような言い方だった。


「結局どういうことなの?」


「つまりやな・・・」


ジーアは神殿でのポーション購入についての詳細を教えてくれた。


曰く、購入の対価として金銭を支払うのではなく、あくまでも寄付と称してまずお金を寄進するのだ。そして、神殿はその寄付の金額に応じたポーションを、神からの施しとして分け与えるのだという。


ここで厄介なのが、同じ寄付の金額でも分けられるポーション数が毎回違うということだ。対応した神官によって数にバラつきがあり、中々必要量を調達できないことも多いのだという。


「ーーーってわけや。例えば下級のポーションを100個欲しいとして、20万コル近く寄付した結果90個しか貰えへんかったっちゅう事もあるんやで?」


「それは、確かに大変だね・・・」


下級ポーション一つの値段は大体2000コルが相場だ。本来20万コル払えば100個揃えられるというのに、それが90個では大赤字もいいところだ。


だからこそ神殿からのポーション購入の際には、多めの寄付をして必要量よりも多く分けて貰うのが一般的らしい。ただし、ポーションは経年劣化するので、3ヶ月もすれば効力は失われてしまう。そのため、商売でポーションを扱おうとすれば在庫管理が非常に難しいのだという。


「せやろ?神を敬う神殿やのに、アコギな商売やで?」


やれやれと言ったように肩を窄めるジーアに、僕とカリンは苦笑いをした。ただ、アッシュがジーアを諌めるように口を開いた。


「確かにジーアの言う通りなんだろうが、あまり大声で言わない方が良いぞ?もしこの食堂の中に信者が居れば、面倒なことになるからな」


「それもそうやね。ただ、商会の人間から見れば厄介な取引相手なんよ・・・」


実感が籠ったような呟きに、ジーアも神殿との関係で苦労した経験があることが窺えた。


「なるほどね。じゃあ、ポーションの製作依頼って言うのはつまり、新たな流通路の開拓ってこと?」


今までの話を聞いて、自分なりの解釈をジーアに聞いてみた。


「ほほぅ!エイダはん、中々に鋭い考察やね!それも理由の一つやけど、例えば神殿との関係がトラブってしもうて、寄付に比べて数が桁違いに少なくされた、なんてのも依頼者の理由にあるで?」


「な、なるほど。神殿ってもっと困っている人に無償で手を差し出すような所なのかって想像してたけど、意外に世俗的なんだね?」


「まぁ、善意だけで組織運営はできへんからな。どこの組織でも必要なのは人材と資金や!」


父さんも母さんも神殿の教えに興味がないって言っていたので、その影響もあってか僕も神殿に対しては興味がない。それに、ポーションはたまに町の人に頼まれて母さんが作っていたから、神殿がほとんど製作しているなんて事も知らなかった。



「でも、ポーションの製作依頼って、あまり見た記憶がないわね・・・」


 僕の中でジーアのポーション依頼の受注提案に傾きかけていたとき、カリンが「そういえば」と前置きして、そんなことを言い出した。


「えっ?その依頼って、そんなに希少なの?」


「まぁ、そもそも依頼なんて不定期なものやからね。狙った依頼が必要とするタイミングに掲示板にある方が稀やからな?」


「あぁ、それはそうだね」


「そもそも、個人ではどうしたって量が作れへんから、大量にポーションが必要なら、やっぱり神殿に頼るしかないからなぁ」


「ふ~ん、そんなに神殿には聖魔術の使い手が多いんだね?」


ジーアの言葉に僕が何気なく質問すると、今まで聞き役に回っていたアッシュも会話には言ってきた。


「そりゃ、神殿は聖魔術の使い手を探して、入信をお願いしているらしいからな!厚待遇を約束してるって話だ!」


「へぇ~。でも、わざわざ入信するのって、ちょっと考えちゃうよね?」


「別に、神殿に住み込みするわけでもないらしいぜ?定期的に顔を出して、祈りを捧げて、ポーションの製作に協力するんだ」


アッシュの細かい説明に、カリンが小首を傾げながら彼に問いかけた。


「あら?アッシュってそんなに神殿の内情に詳しかったのね?」


「こう見えても侯爵家の端くれだからな。家に居るだけで色々な情報に詳しくなれるんだよ」


誇ったことではないのか、アッシュは何とも言えない笑みを浮かべながら肩を窄めていた。


「まぁ、とにかく!エイダはんの聖魔術の腕やったらこの依頼がおすすめや!聖魔術の使い手は希少やから報酬もええしな!依頼が貼り出されるまで待ってみるのもいいんとちゃうか?」


「そうだね。ありがとうジーア!もう学院の試験は合格してるから、気長に依頼が出るまで待ってみるよ」


 せっかくのジーアの提案だったので、この場ではそう伝えておくが、実は僕自身ポーションを製作したことがなかったので、とりあえず作ることが可能かどうか、明日にも試してみようと考えていた。

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