第48話 ギルド 3

「お待たせしました」


 しばらくしてミリアスさんが戻ってくると、皆が預けた個人証をそれぞれ手渡しで返却してくれた。渡された個人証を確認すると、新しくギルドランクが表示されている。


(説明された通り、ランクはFFか・・・)


登録したばかりなので、当然の事ながら武力も知力も最低ランクからのスタートだ。皆も同じように個人証を見つめていると、再度壇上に立ったミリアスさんが口を開いた。



「説明と手続きは以上となります。皆さんの受注は明日から可能となりますので、後の時間はどの様な依頼があるか見ていかれるのが良いでしょう。何か質問はありますか?」



ミリアスさんは、僕達からの質問がないか見渡しながら確認してくるが、特に皆は聞くことがなかったのか、誰も声は上がらなかった。



「では、これにて終了となります。お疲れさまでした」



彼女はそう言うと、そそくさと部屋を出ていった。残された僕達は先生の先導の元、一階にある依頼が貼り出されている掲示板へと向かった。



「ふんふん・・・武力系だと、魔獣の討伐に素材の採取は勿論だけど、護衛依頼なんかもあるのか!」



 掲示板の依頼内容を眺めながらポツリと呟く。今の時刻は15時位なのだが、ギルド内は人気が少なく掲示板も余裕を持って眺めることが出来ていた。


「おっ、商会での会計補佐や経理補佐もあるなぁ。これはウチにぴったりの依頼やね!」


「へぇ~、国立図書館での書籍の模写もあるのね」


カリンとジーアは知力系の依頼を眺めていた。どうやら自分に合った依頼があるらしく、2人は目を輝かせるようにして掲示板を見ていた。


「う~ん、やっぱ最初は無理せずにゴブリンの討伐とかが良いか・・・」


僕の隣で同じく武力系の依頼を見ながら、アッシュは難しい顔をしている。ゴブリン等のFランク魔獣の討伐は常駐依頼として貼り出されているので、報酬は極めて少ない。何せゴブリン10匹以上の討伐確認で達成となっており、報酬は500コルだ。刃こぼれの心配等を考えれば、薬草の採取の方が割りが良いような気がする。


ちなみに、ゴブリンやスライムに利用可能な素材はないので、討伐後はそのまま処分が推奨されている。


皆がウンウン唸りながら掲示板を見ていると、「あっ!」と何かを思い出したかのように先生が声を上げた。


「ん?先生、どないしたん?」


ジーアが先生の声に反応して質問すると、バツの悪そうな顔をした先生が口を開いた。


「すまん、言い忘れてたが、これから2ヶ月でギルドの依頼を2つ以上達成する事が試験になっているんだが、その中に常駐依頼は含まれないから気を付けてくれ」



その言葉に、常駐依頼を見ていたアッシュは一瞬固まり、顔を引きつらせて先生に振り返った。


「フレック先生、そう言うことは早く言ってもらえますか!?」


「す、すまんすまん。まぁ、その、頑張ってくれ!」


アッシュの言葉に先生は、片手を上げてまったく悪びれない様子で答えていた。その返答にアッシュはため息を吐いてから、改めて掲示板へと向き直って、都度依頼を探しだした。先程よりも肩を落としているように見えるアッシュに、僕は近づいて耳打ちする。


「(やっぱり2人でチームを組んで依頼を受けようか?ほら、2人の方が素材の荷物が多くなっても何とかなりそうだし!)」


「(サンキュー、エイダ!取り合えず最初は一人で頑張ってみるよ。Eランクくらい一人で達成しないと、ロイド家としては恥だからな・・・ただ、困ったらお願いするかもしれないから、その時は頼むよ!)」


「(了解!遠慮無く言ってね)」



そうして今後、どのような依頼を受けて2つ以上の依頼を達成して試験を突破するか、各自見通しを立ててから学院へと戻ったのだった。



 翌日早朝ーーー


 僕は皆と共にギルドへと赴いていた。ギルド内は昨日とは打って変わって喧騒渦巻く巣窟へと変貌を遂げていた。


依頼が貼り出されている掲示板の前は人で溢れ返り、多数ある受付窓口も長蛇の列が出来ていた。僕達は営業開始の7時を少し過ぎた位に到着したのだが、甘く見ていたようだ。


「どうする?」


あまりの状況の為、どうしたら良いか判断がつかなかったので皆に聞いてみると、皆も同じように人混みを呆然と見つめていた。ただ、ジーアはこういった場所になれているのか、僕の誰に向けたとも言えない質問に即座に返答してくれた。


「さすがにこの喧騒の中、人混みを縫って掲示板から依頼を取るんは難しいやろ!昨日確認した依頼は言わば残り物やし、もう少し人が空いてからでも良さそうやな?」


確かに昨日確認した依頼は、15時を過ぎてても貼られていたので、比較的人気の無いものなのだろう。となればジーアの言う通り、依頼受注初心者の僕達は、もう少し混雑が空いてから動いた方が良いかもしれないと納得した。



 それから30分ほど過ぎると、人混みは徐々に緩和されていき、掲示板も普通に見えるようになった。


「さて、俺達でも受注出来そうな依頼は残ってるか?」


アッシュはそう言いながら掲示板の前へと移動していき、それに倣ってカリンとジーアも知力系の依頼が並ぶ方へと歩いていった。


僕も掲示板の前まで移動して物色すると、残っている依頼の多くはAランクかEランクが大半だった。


(・・・なるほど、ちょうど良い難易度のものはすぐ無くなるのか。残るは難し過ぎるか、簡単過ぎるかってことか)


当然、難易度の高いものは報酬も良いが、僕らではランクが足らずに受注出来ない。となれば、僕ら学生にとって残っているEランク依頼はちょうど良いだろう。報酬が微々たるものだという事を気にしなければ。


Eランクで残っている依頼にざっと目を通して、オークの素材納入依頼を受けることにした。内容は、食用となるオーク肉を20㎏以上の納入で、報酬は800コルだった。ただ、肉の量が10㎏増す毎に300コルが加算されると言うものだ。ちなみに期限は受注から5日以内となっている。


(オークか・・・図体はでかいけど可食部分は4割位だから、成体を一匹討伐すれば80㎏は肉が取れるはずだ!つまり、一度で2600コルは稼げそうだな!)


オークは豚のような見た目の魔獣で、でっぷりと太った体格からは想像し難い速度で襲ってくる。力もあり、無警戒で攻撃を受けると確実に骨は折れてしまうだろう。また、腹部の脂肪で剣戟の勢いを殺して、手痛い反撃を受ける事もあると聞く。


「アッシュはどれにするか決まった?」


早々に依頼を決めると、未だ隣でウンウン唸っているアッシュに問いかけた。


「いや、まだだ。う~ん、無難なのはナーガの表皮の納入か、グレート・ボアの肉の納入ってとこか・・・」


中々決まりそうになかったので、僕は一言アッシュに伝えて先に受付を済ませることにした。カリンとジーアは既にお目当ての依頼を見つけていたようで、受付を行っていた。僕も空いている受付へと、依頼票片手に足早に移動した。



「すみません、お願いします!」


「はいは~い!え~と・・・Eランク、オークの食材納入依頼ですね?では、個人証の提示をお願いします」


対応してくれたのは、20代半ば位の女性だった。茶髪の髪は短めに切り揃えられており、明るい印象を抱かせる女性だ。僕は彼女の指示通り個人証を出すと、魔力を流してから手渡した。


「あら?あなた学院の1年生なのね?」


僕の年齢の部分を見て気づいたのだろう、手渡した個人証を見ながらそう言われた。


「はい、今日から受注が出来るようになりましたので、これからよろしくお願いします!」


「うんうん!素直な少年だね!頑張りなさいよ!」


「ありがとうございます!」


「えっと、依頼はEランク魔獣のオークだけど、あなた単独で?それともチームで?」


少し心配したような表情で確認してきたので、僕は自信たっぷりな顔をして答えた。


「単独です!オーク程度であれば、問題ありませんから」


「へ~、随分な自信ね?まぁ、危険と判断すれば先生が止めるから大丈夫ね」


そう言いながら受付の彼女は、『受理』と表記された印鑑を依頼票に押して、余白に僕の名前を記入して手渡してきた。


「はい、これで受注完了よ!5日以内に達成できないと失敗とされて違約金の支払いが発生するから注意してね!素材の納入の場合は、隣の買い取り所に先に持ち込んで、確認の署名をもらう必要があるから、それまでこの依頼票は無くしちゃダメよ?」


彼女は僕が初めての受注と言うせいもあるのか、とても丁寧に説明してくれた。


「色々ご指導いただき、ありがとうございます!」


「うんうん、頑張ってね!」


そう言って彼女は受付から離れる僕に向かって、手を降ってエールを送ってくれた。最近は学院の図書館で目上に対する言葉遣いも勉強しているので、受付の彼女の対応は、それが功を奏しているのかもしれなかった。



 受付から離れると、既にカリンとジーアは受注を済ませたようで、僕が戻ってくると手招きをして呼ばれた。


「エイダはんは、どんな依頼を受けたん?」


開口一番、ジーアが僕が受けた依頼を興味津々な様子で聞いてきた。


「オーク肉の納入の依頼だよ!量に応じて割り増しもあったからね」


「ほうほう、なるほどね!小塚い稼ぎにもなるし、ええ選択やね!」


「ジーアとカリンは何にしたの?」


2人は知力系の依頼を見ていたので、どんな依頼を選択したのか、内容を聞いてみた。


「ウチは目を付けてた商会の物品管理にしたわ。5日間の依頼やけど、少しでも他商会の内情を見れるのはありがたいことやで!」


そう言いながらジーアは怪しい笑顔を浮かべていた。その様は、まさに商人といった風格が漂っている。


「な、なるほど。カリンは?」


「私は国立図書館での本の複製よ。3日以内に1冊の模写だから、結構頑張らないといけないわね」


「そうなんだ、大変そうだね」


「その分危険はないけど、確かに一日中ずっと字を書き続けるのは、それはそれで大変よね」


「ははは、確かに!ウチやったらすぐに肩が凝って動かんようになりそうやわ!」


ジーアはカリンに視線を向けて、肩を手で押さえながら肩凝りを強調していたが、僕はジーアの胸へチラッと視線を送り、肩が凝る最大の原因はそれじゃないのかと、ひっそり心の中で呟いた。



 少ししてアッシュも受注を済ましたようで、僕らの話し合いの輪の中に合流した。


「アッシュはどんな依頼にしたの?」


アッシュに真っ先に声を掛けたのはカリンだった。


「ん?俺は近くの町のキラー・ビーの巣の駆除だよ」


「へ~、大丈夫そうなの?」


カリンは心配そうにアッシュに確認していた。


「まぁ、相手はEランク魔獣だし、巣の駆除方法は既に確立しているから、よっぽどの事がない限りは大丈夫だろ!」


キラー・ビーは蜂型の昆虫魔獣だ。体長は20cm程の黄色と黒の縞模様をしている。空中を素早く飛び回り、強力な顎と、毒のある針に気を付ける必要があるが、討伐はそれほど難しくない。


麻痺効果のある煙を巣に向かって燻して、動けなくなったところで討伐していけば良いのだ。気を付けるべきは、巣に居なかった個体が襲撃をしてくる可能性があるので、周囲への警戒を欠かさないことくらいだ。


「確か、キラー・ビーの巣から取れる蜜は結構高値が付いとったけど、それも含めての依頼なん?」


ジーアがどこか商人目線での疑問を聞くと、アッシュが乾いた笑いと共に答えた。


「いや、討伐後の巣については町の所有になるらしい。あくまで魔獣の駆除だけやってくれってさ」


「なるほど。そりゃ人気がなくて残っとるはずやわ」


ジーア曰く、巣から採れる蜜や幼虫は高値が付くが、それは依頼者の町の物にされるため、こちら側にとっては旨味の無い依頼だと言うことらしい。


「じゃあこれで依頼の受注も終わったことだし、学院へ戻ろうか!」


僕達は朝食も食べずにギルドへと来ていたので、早く戻ってご飯を食べようと皆を急かしたのだった。

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