第27話 入学 16
ジーアの実家のお店にて、結構な時間を買い物で楽しんだ僕らは、この都市でも有名な食事処へと向かっていた。ちなみに、皆お店で何かしらを購入していた。カリンは可愛らしい小物、アッシュは防具を、僕は実地訓練用のリュックと数点の衣服を購入させてもらった。
武器や防具は、残念ながら僕の所持している父さんからのお下がりの方が圧倒的に優秀だったので、特に興味を引かれなかった。とはいえ、値引きをしてくれるとジーアに言われた以上、何か購入しておかないと勿体ないと考えて、実用的なものを物色した結果だった。皆も友人価格ということで、多少のサービスをしてもらって喜んでいた。
そんなこんなで買い物に満足した僕らは、次にお腹を満足させようとしているのだ。目的のお店に到着すると、水色の外壁をした2階建てのお店の看板には、『食事処:ミシュラン』と掲示されていた。
「ここがこの都市でも有名な食べ物屋か・・・何がお勧めなの?」
「この店はコースが有名なんよ?なんと、ランチ価格1000コルで前菜、メイン、デザートと付いてくるんやけど、値段のわりに美味しいって評判なんや!」
「そうそう!私も一度来てみたかったのよ!」
「へぇ~、1000コルなら安いもんだな。俺もこんな店があるなんて知らなかったぜ」
ジーアの言うこの店の価格設定に僕は少したじろいだ。何故なら、実家近くの町の定食屋さんの倍の値段をしているからだ。大きな都市だけあって物価が高いのだろうと思うのだが、1000コルという価格設定で皆は安いと言っていることにも驚きだった。
(皆って結構お金持ちなのか?まぁ、アッシュは侯爵家だし、ジーアは大商会の娘だもんな。ん?カリンはどうなんだろう・・・)
この友人達の中で、唯一僕と同じ身分だろうと思っているカリンも安いと言っていたので、ただの平民というわけではないのだろう。何よりアッシュと幼馴染みとも言っていた。平民なのに侯爵家の人間と幼馴染みということは、何かしらの事情があるのだろう。あまり踏み込んでしまうと、お家事情に巻き込まれるかもしれないと考え、深く考えるのはやめにした。
『カランコロン・・・』
「「いらっしゃいませ!!」」
お店に入り、ドアベルが鳴ると同時に店員さんの元気の良い声が聞こえてきた。入り口付近で待っていると、肩まで掛かる赤毛で癖っ毛が特徴的な女性の店員さんが来た。
「お客様は何名ですか?」
「4人ですけど、空いていますか?」
店員さんの質問にアッシュが代表して答えた。お店の中は見て分かるくらい混雑しているので、席が空いているかの確認をしていた。
「4名様ですね?少々お待ちください」
そう言うと店員さんはカウンターで何かを確認すると、すぐに顔を上げて笑顔で案内してくれた。
「ご案内します!こちらへどうぞ!」
案内された先は2階の個室だった。未成年の僕らをわざわざ個室に案内するなんて、と驚いていると、ジーアが訳を話してくれた。
「エイダはん、個室に驚いとるようやね。たぶんさっきの店員さんはウチらの顔を見て気を回してくれたんよ?」
「顔を見て?」
「なにせアッシュはんは、侯爵家の人間やからなぁ。下手な対応して店の評判を下げないように、という考えやろなぁ」
「なるほど・・・」
「それだけじゃないだろ?なにせ大商会の娘のジーアまでいるんだ、彼女の家と食品関係で取引でも有るのかもしれないぞ?」
「ふふふ。まぁ、そうかもしれへんねぇ」
普通のお店なのにそんな対応をされる2人は、やはり世間一般的に見て高い地位に居る存在なのだろう。こうして見ると、学院での同級生からの扱いの差に違和感を感じてしまうが、店員さんは僕らがノアということまでは知らないので、こういった接客をしてくれるのかもしれない。そう考えると、世間のノアへの言動というものを変えたいと考えてしまう。
(そうすればアッシュも高い地位の貴族として残れて、僕がそこで奉仕職として雇われれば安泰だもんな!)
そんな事を考えながら僕とジーアが隣同士に、アッシュとカリンが対面の席に着き、メニューを開いて見てみると、コースの種類が3つ記載されていた。その内の2つの大きな違いは、メインが魚か肉かということだ。そして、もう一つの違いは食後のデザートが豪華なタイプだった。値段は前者の2つが1000コルに対し、後者は1500コルもしている。500コルも違うので、どれほど豪華なデザートなんだろうと驚くほどだ。
「エイダ、ここは俺が奢るから好きなもの頼めよ!」
メニューと睨めっこをしていた僕に、アッシュからありがたい言葉が飛んできた。当初からの約束だったとは言え、1000コルを余裕で奢ってくれる彼には感謝しかない。しかし、僕が感謝を伝えようとすると、カリンとジーアがすかさず口を挟んできた。
「アッシュ!もちろん私達もよね!?」
「アッシュはん!ここは男の器量の見せ場やで!」
「ったくお前らは・・・分かったよ、お前らも好きなもの食べろ!」
アッシュは若干嫌そうな表情をしたが、すぐに笑顔に戻っていた。正直、その嫌そうだった表情は演技なのではないかと思えるくらいの変わり身だった。そんなアッシュは、彼の言葉に素直に喜んでいるカリンを見つめながら、柔らかな笑みを浮かべていた。
結局、皆して一番高いコースを注文して、運ばれてくる料理に舌鼓を打っていた。どの料理もとても美味しく、メインで選んだ肉料理は今まで食べたこともないソースが絶品で、恥ずかしながらお代わりをしたいと店員さんに聞いてしまった。残念ながらそういった事は出来ないらしくしょんぼりすると、食後のデザートが運ばれてきて、その思いが吹き飛んだ。
なにせそのデザートは、生クリームのたっぷり載った小さめのホールケーキだったのだ。メインをお代わりした場合、とてもではないが食べきれない大きさだ。
「凄いな・・・さすがプラス500コル分のデザートだ!」
デザートを見た僕の正直な感想に、ジーアは苦笑いしながら忠告をしてきた。
「せやね。けど、エイダはん?あまりこういった場では料金のことを口に出すのは不粋やで?」
「そ、そうなの?ごめん、知らなかったよ・・・」
「次から気を付ければええよ。特に女性とデートに行く際には、今の発言はタブーやから覚えとき?」
今まで女の子と出掛けるどころか、同年代の友人さえ居なかった僕にそんな心配は無用だと思うのだが、もしかしたら将来そんなことがあるかもしれないので、素直にお礼を言っておく。別に女性とそういう間柄になるということに、興味が無い訳ではなかったからだ。
「なるほど、ありがとうジーア!」
「ええで。感謝してくれるなら、将来ちゃんと形で返してな!」
「エイダ、商人に借りを作るのは気を付けろよ?俺ら貴族に借りを作るのとは次元が違うかからな」
僕とジーアのやり取りにアッシュが忠告してくれる。なんでも貴族の場合、費用対効果を考え、借りを回収しても手間ばかりで実入りが少なそうだと判断すれば放っておくが、商人は必ず取り立てて、どんな借りだろうが利益に結びつけて返させる、貪欲さがあるらしい。
「嫌やわアッシュはん、ウチはそんなにお金にがめつくないで?」
「今口に運んでるそのケーキは、誰の奢りだよ?」
「ふふふ、このケーキめっちゃ美味しいわ!ご馳走さん、アッシュはん」
アッシュの指摘にジーアは、とびきりの笑顔で「何の事かしら」とばかりに返していた。そんな僕らのやり取りに、カリンは我関せずとばかりに黙々とケーキを頬張っていた。余程甘いものが好きなのだろう、彼女は終始幸せな表情を浮かべていた。
「おい、カリン!口に付いてるぞ!」
そう言ってアッシュは、カリンの口の端に付いているクリームを指で掬うと、躊躇することなく自分の口へと持っていった。そのあまりにも自然な動作に、僕とジーアは虚を突かれて2人を見つめた。
「ん、ありがとう」
「甘い物が好きなのは分かるが、気を付けろよ?」
「分かってるけど、しょうがない!これはケーキのせい!」
「まったく・・・ん?お前らどうした?」
そこまでしてようやくアッシュは僕とジーアの視線に気づいたらしく、何故驚いたような視線を送っているのかと疑問を浮かべていた。
「ジーアさん、これが出来る男ってもんなんですかい?」
「そうやでエイダ君!君も見習わんと、女性とイチャラブ出来るんは遠い先やで!」
「なるほど!勉強になります!」
「っ!!お前ら!これはそんなんじゃないって!」
「嫌やわぁ、照れてもうて!大丈夫やって!ウチらは何も見とらんかったで?なぁ、エイダ君?」
「当たり前だよジーアさん!僕らは何も見てない!ただ、楽しく食事してただけさ!はっはっはっ!」
「お前ら・・・そのわざとらしいやり取りは止めてくれ・・・」
「ん?どうしたのアッシュ?」
カリンはケーキに夢中のため、僕らのやり取りに気づいておらず、変な雰囲気になっていることに首を傾げていた。
「いや、何でもないよ。ケーキが美味しいなって話だ!」
「うん!ここのケーキは絶品だった!ありがとう、アッシュ!」
「っ!!べ、別についでだからな。お前が喜んでくれたなら良かったよ・・・」
2人の様子に、僕とジーアは顔を見合わせてニヤつた。さっきはではアッシュのカリンに対する思いはどうかなとも思っていたのだが、実際は相思相愛だったと分かったからだ。それに、普段は冷淡な口調のカリンが、甘いものを食べると素直になっていたので、その事に驚きつつも隣のジーアに耳打ちをする。
「(ジーアさん、これは面白くなってきましたね!)」
「(エイダ君、ウチらは優しく見守ってあげよな?でも、必要なら手助けはしとこか?)」
ジーアの『手助け』という部分を微妙に強調した物言いに、僕らは悪い笑みを浮かべるのだった。
「お前ら・・・小声で話していても、表情を見ればまる分かりだからな」
呆れ声でそう言うアッシュの事を意にも介さず、2人の今後をどうしていこうかと目で語るのだった。
食事を終え、腹ごなしがてら中央公園を散策しようという話しになった。さりげなくカリンとアッシュを2人にさせようとするのだが、先ほどの事もあってか、アッシュがこちらの思惑を躱わしてしまうので、今は4人固まって移動している。
公園に向かってしばらく歩いていると、僕は敵意の籠った複数の視線を感じた。それらの視線の先はアッシュに向いており、彼と何か関係があるのかと、その視線の主に気付かれないように静かにアッシュに確認する。
「アッシュ、君に敵意の籠った視線が複数向けられてるけど、何か心当たりはある?」
「なにっ!?」
「しっ!静かに。こちらが気づいてないと思わせたいから、なるべく普通に会話してね」
「わ、分かった。・・・心当たりと言ってもなぁ、俺は侯爵家の人間だがノアだ。俺を人質にして金銭を要求しても、切り捨てられるのがオチだ。まぁ、侯爵家という立場上、その力を削ぎたいと考える奴もいるだろうが、俺を殺したところで家には大した実害なんて出ないんだがな・・・」
「でも、実際に敵意を向けられるとなると、何か理由があるはずだ。・・・そう言えば、アッシュのお兄さんって、アッシュと少し似てたよね?」
「兄貴とか?まぁ兄弟なんだから多少似ているかもしれないが・・・まさか兄貴と間違えてってことか?だとすれば、視線を向けている奴らは大したこと無いだろうな」
アッシュの指摘に、それはそうだろうと頷いた。侯爵家の人間を狙う以上、余程周到に準備をしているような大組織のはずだ。そんな組織が、ターゲットを間違えるなんて愚を犯すはずがない。となれば、こちらに敵意を向けているのは、場当たり的で情報収集能力もない小物の犯罪者といったところだろう。
「さすがにここは人目があるから襲ってこないだろうね。仕掛けるとすれば僕らの目的地の中央公園かな?あそこは広いから人目につかない場所もあるだろうしね」
「だろうな。ただ、俺らで迎撃できるかと言われれば、無理じゃないか?このまま騎士団の詰め所へ駆け込むか?」
アッシュはまだ自信がないのだろう、敵を自分達だけで迎撃するのには消極的だった。気丈に振る舞ってはいるが、腰に差している剣の柄を握る手が小刻みに震えていた。
「まだ実際に攻撃を受けた訳じゃないけど、騎士団は動いてくれそう?」
どの程度の状況で騎士が動いてくれるか知らない僕は、確認のためにアッシュへ質問した。
「あぁ・・・難しいかもしれないな。あまり軍務大臣の息子という立場を傘に着ると、反発してくる奴もいるし・・・どうしたもんか」
さすがに実害が出てからでは遅いが、敵意を向けられているからと言っても、相手がしらを切ればそれまでだ。言い掛かりだと反論されて終わりだろう。逆に僕達が無用な騒ぎを起こしたとして注意されかねない。となるとーーー
「アッシュ、正直相手の実力は大したこと無い。気配の隠し方はお粗末だし、遅れを取る事はないと思う。だから、公園で誘い込みをかける」
「だ、大丈夫なのか?」
「勿論!でも、万が一を考えて、僕が合図をしたらカリンとジーアを守れるように準備しててね」
「わ、分かった。気を付けろよ?」
彼の不安げな表情に、僕は笑って応えた。
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