第21話 入学 10

(世間一般の常識って何だろう・・・)


 魔術コースの皆から距離を取り、演習場の端っこに移動してカリンとジーアに魔力制御について説明した反応を見て、僕は遠い目をしながら心の中でそう呟いた。


どうやら一般的に魔力というのは、魔術杖や個人証に注ぐ程度の制御しか出来ないと言われており、魔力自体を自在に操ることなんて聞いたことがないらしい。


そもそも魔術の発動は、自らの魔力を適正のある属性に変換し放出することだ。その為、魔力を適切に制御して変換しなければ効率が落ちるし、適切な魔力量を注がなければ威力が大き過ぎたり小さ過ぎたりしてしまう。それを制御するために魔力を自在に操るというのは必要不可欠のはずだ。


そう力説する僕に、2人は困惑した様子で「そんな事は魔導媒体である杖が、全部代わりにやってくれる」と言われてしまったのだ。13歳になるまで魔術杖を持たせて貰えなかった僕にとっては、確かに初めて使用した際の使い勝手の良さに驚いた。しかし、2人の問題点は、最初から杖頼りになってしまっていたのが原因だと考えた。


 そうして、僕から一通りの話を聞き終わった2人は、驚きの表情を崩すことなくこちらの顔をじっと見つめている。


「エイダに魔術を教えた親って何者なの?」


「母さん?別に普通の細工師だって言ってたよ?」


「信じられへんわぁ!魔術をここまで詳しく理解してはるなんて・・・お名前は何て言うん?」


「サーシャ・ファンネルだけど・・・」


「・・・聞いたことないわ。ジーアは?」


「ウチも聞き覚えないわぁ。ここまで理論的に理解してはるなら、相当な有名人かと思うてんけど・・・」


「そんなに驚くことだったのか・・・母さんはどこにでも居る普通の生産職って言ってたけど?」


「「全然普通じゃない!!」」


2人は興奮しながら僕の言葉を否定してくるが、あくまで母さんが言っていたことなので、僕に詰め寄られても困ってしまう。しかし、それだけでは終わらず、更にジーアは僕の持つ杖を指差しながら興奮を隠さずに質問してきた。


「それに、何なんその杖は!?ウチの店でも魔術杖は商品として扱うてるけど、見たことあらへんよ!?全属性を1つの魔石で発動できるて、画期的過ぎやんか!!ウチにお母様紹介したってや!!!」


興奮して紅潮した顔がくっ付きそうになるほどグイグイと詰め寄られ、タジタジになってしまった僕は、少しずつ後退りしていた。杖に取り付ける魔石は本来採取されたままの形、すなわち球体をしているのが普通だ。僕の母さんは「可愛くないから」という理由だけで形状の加工をしただけだ。しかし、魔石は破壊してしまったり、必要以上に傷付けたりするとただの石になってしまう。その為、魔導媒体としての性能を失わずに形状を加工するのは相当高度な技術だと母さんから聞いたことがある。


そして、その副産物として加工した魔石を一つに組み合わせ、別々の属性魔術を魔石の交換無く発動出来るようになったのだと母さんは自慢していた。一般的に一つの魔石に記述できる属性魔術は一つだけだ。その為、複数属性の適正を持つ魔術師は、複数の魔石を持ち歩き、戦闘時には最適な魔石に交換して魔術を放つ必要がある。


特に母さんは全属性持ちだったため、当時は魔石だけでも相当嵩張っていたらしい。そういった全ての面倒事を解決したのが、母さんが考案したこの魔石加工だ。ちなみに僕が渡された全属性対応魔術杖はこの世に2つしかない。製作があまりにも難しく面倒な為、自分と僕の分を作って力尽きたと母さんは言っていた。


「き、聞いてはみるけど、確約はできないよ?」


「もちろん、それでええよ!よっしゃ!上手く行けばウチが商会を牛耳るのも時間の問題やな!!」


いつもはおっとりした口調で落ち着きのあるジーアが、子供みたいにはしゃいでいる姿は何だか可愛らしかった。



 そうして気付くと、いつしか授業の時間は終わりを迎え、先生に挨拶をして演習場を離れた。相変わらず魔術コースの人達には冷たい目を向けられているのだが、カリンとジーアはそんな視線を意にも介さず、楽しげにな表情で一緒に寮へと戻った。



 自分の部屋に戻った僕はベッドに腰掛けて物思いに耽っていた。この2日間で、どうやら僕の常識と世間の常識には大きなズレがあるようだったので、確認のため、一般的な闘氣の制御についてアッシュに聞いてみようと決めた。


夕食の時間になり食堂へと移動すると、アッシュの姿を見つけることが出来た。僕は日替わりの夕食が乗ったトレーを持ちながら、彼の座る席へと足早に近づいた。


「やぁ、アッシュ!ここ、良いかな?」


「ん?エイダか?授業お疲れさん。もちろんいいぞ」


彼は少し疲れた表情をしながら席を勧めてくれた。彼の対面に腰を下ろした僕はため息を吐きながら食事する彼に話しかけた。


「元気無さそうだけど、どうかしたの?」


「・・・あぁ、まぁな・・・」


「???」


口ごもる彼に、僕は首を傾げながらも食事を食べ始めた。言いたくないことなら聞かない方がいいだろうと考えたからなのだが、元気付けるために何か楽しい話をしようと話題を探したが、何を話せば良いかすぐには思い付かなかった。しばらく無言が続いたが、彼は大きく息を吐き出すと、重々しく口を開いた。


「実は今日の実技は、闘氣の扱いだったんだ」


「まぁ、昨日は剣の素振りだけだったからね」


「俺は型だけなら自信はあるんだが、闘氣の扱いとなると・・・分かってはいたが、周りとの格差に愕然としてな・・・」


話の方向がちょうど僕の聞きたい内容だったので、これ幸いと闘氣の一般的な扱いについて聞いてみた。


「ちなみに、闘氣の鍛練ってどうやってやるの?」


「え?知らないのか?闘氣を展開して維持し続けるんだ。闘氣量が続く限り長時間維持し続けることで、闘氣の扱いを身体が覚えて制御しやすくなる。ただ、俺は制止した状態で30分が限界でな・・・実戦なら5分と持たないだろう」


「闘氣は、ただ維持するだけなのか?」


「だけって・・・それが難しいんだろ!なにせ闘氣はすぐ霧散するからな。常に闘氣を注ぎ続けるのが大変なんだよ!」


「っ!??」


またしても僕の闘氣の常識と異なる話に驚きを隠せない。確かに身体から少しでも離れた闘氣は霧散しようとするが、それを制御して定着させれば霧散は防げる。それに、戦闘中常に闘氣を注ぎ続けるなんてことをすれば、すぐに闘氣が枯渇してしまう。だからこそ、疑問に思って聞いてみた。


「闘氣を制御して、身体に定着させて、霧散を防げば良いんじゃないの?」


「エイダ・・・剣術については一目置くが、闘氣については知らないらしいな・・・闘氣の霧散を防ぐなんて、出来るわけ無いだろ!?」


「・・・えっ?」


「闘氣はどんなに制御しようとも、少なからず霧散していくものだ。失った分に適量を注ぎ込み続けるという技量が求められるんだ!霧散しないように制御できるなんて、それこそ達人の領域だぜ?」


 アッシュの話とカリン達の話を合わせて考えると、どうやら世間一般におけるそれぞれの能力の制御というものは、量を調節することに重点を置いているようだった。


(量の調節なんてしても、もっと根本的な制御を身に付けないと、意味ないと思うんだけどな・・・)


そう思うのだが、他の人の目や耳がある食堂で公然と今の鍛練方法を批判するのは不味いだろうと考えた。しかも、僕が普通だと思っていた闘氣を霧散しない制御は、どうやら達人の領域のようだし、ますます普通とのズレを感じる。


「明日は剣術の実技に出るから、僕に闘氣の扱いについて教えてくれない?」


「いいぜ!エイダには剣術の型の指摘で世話になったからな。それくらいお安いご用だ!」


「ありがとう!」


そうして雑談しながら夕食を終えると、僕らはそれぞれの部屋へと戻っていった。



 翌日、午後ーーー


「はぁぁぁぁぁぁ!」


「・・・・・・」


 僕は今、アッシュから闘氣の鍛練方法を教わっている。彼は僕に見本を見せると言って、自分の剣を正眼に構えながら闘氣を身体に纏わせて、気合いの入った声を出している。


(・・・昔の僕みたいだな)


彼は全身を闘氣で纏っているが、薄い赤色の闘氣は不定形にユラユラとして、まるでお湯から立ち昇る湯気のようだった。これではどんどんと闘氣が霧散していってしまう事も頷けるが、彼が一際ひときわ制御に劣っているというわけでもなく、周りの生徒も似たようなものだ。


(単一の能力の人は込めている闘氣量は多いけど、霧散を防げているわけではないか・・・)


周りの生徒は赤い闘氣を纏っているが、やはり不定形な形をしており、少なからず霧散してしまっている。アッシュとの違いは、込められる量と霧散する量が多いか少ないかの違いだけだった。


(監督している先生も何も言わないし、やっぱりこれが世間一般の鍛練方法なのか・・・)


闘氣を注ぐ量を調節することなんて、扱いを完全にするための一端でしかない。やっぱり父さんと母さんは、普通と比べると異常な程の実力の持ち主なのではないかと段々認識が改まってきた。


「ふぅ・・・どうだ?少しは闘氣の扱いについて分かったか?」


僕の中の常識と、世間の常識の違いについて考えていると、額に汗を浮かべながら爽やかな笑顔でアッシュが声を掛けてきた。


「ああ、ありがとう!僕の知識と少し違っていたからとても参考になったよ!」


「そうかそうか!じゃあ、エイダもやってみろよ?」


「う、うん・・・」


アッシュからそう言われて、僕は少し悩む。僕の闘氣の扱いは、世間の常識から考えれば異質だ。霧散することのない制御はみんなと比べると、おそらく高い技術のはずだ。そんな制御を見せれば当然目立ってしまうだろうが、問題は目立ち方だ。


(僕の技術を披露したことで、奉仕職への声が掛かるような目立ち方なら良いんだけど、実力的に最下層と思われている僕が、高度な技術を見せた時の貴族の反応って・・・面倒なことになるかもしれないんだよなぁ・・・)


両親は言っていた、「貴族は平民を下に見ているものだ」と。そして、「下にいるはずの人物が、自分の得意とする領域で上を行かれることは、我慢ならない事だろうから気を付けろ」とも。


こと学園内において、僕の実力を見るのは同じ学生だ。成人して社会の中で生活している大人にとっては、自分の足りない部分を認識し、他者によって補うことに対して抵抗感はそれほど無いという。それは、社会という広い世界において、相対的に自分の立ち位置や実力というものを冷静に測る事が出来るからだ。


しかし、学生の内は測る尺度は学院の中だけという狭い世界になってしまう。その為、相手よりも自分の方が優れていると感じたとき、全ての物事について優れていなければ気が済まないという短絡的な考えに子供の内は陥りがちなのだという。


(そう言えば母さんが、他の学生より実力があったからといって自慢したり、見せびらかすようなことは慎みなさいって言ってたっけ・・・きっと、貴族の子弟から良い目では見られないからって事なんだろうな。さて、どうしようか・・・)


僕が中々闘氣の鍛練を始めないことに、アッシュが申し訳なさそうな表情で口を開いた。


「も、もしかして、闘氣の扱い方が全然分からないのか?だとしたら、ちゃんと先生に教えてもらった方が良いだろうけど・・・ノアの俺達に懇切丁寧な説明は期待できないしな・・・」


本来そういったことを生徒に教えるのが先生の役目だと思うのだが、ノアというだけでそれ程差別的な扱いをされている事にため息が出る。ただ、だからこそ同じ境遇のクラスの皆は、最初から仲間意識が強いのだろうとも感じた。


(アッシュなんて侯爵家の人間なのに、平民の僕と気軽に話してくれているし、それほどまでにノアというのは冷遇されてるんだな・・・)


そう考えると、せっかく出会った同じノアなのだから、少しでも僕の技術を皆に教えて、周りからの評価を覆すことは出来ないかと考えた。その為には、余計な横やりは入れたくない。


「アッシュ!闘氣の鍛練だけど、他の皆からは離れてやっても良いかな?」


「・・・まぁ、その気持ちはよく分かるよ!ちょっと先生に伝えてくるわ!」


アッシュは僕が無様を晒したくないと考えてくれたのだろう、他の生徒達を監督している先生に事情を話し、笑顔で戻ってくると、2人で演習場の端へと移動した。

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